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57帰還の代償

 熱線が体を貫き、風穴が空く。そんな光景が脳裏を過ぎった。

 しかし凝縮された魔力は撃たれることなく一度眩い光を放った後に消滅した。


 その事実を、男が一番認められないようで、虚空に投げ出された自分の杖を怪訝そうに見つめている。


「どういうことだ?」

「言った筈ですよ。あまり勝手はしないで下さいと」


 殺伐とした空気に似つかわしくない程、のんびりとした声がする。そして熱線を消したであろう声の主が、男の影から躍り出た。


 いつの間に……いや、いつから?


 炎や斬撃の飛び交う戦場を、男の強力な魔力を搔き消せる距離まで肉迫するなんて。幾ら戦闘の最中とは言え、そんな気配を見逃すヘマなんてしない。


「ラミア、貴様っ……」

「そんな顔して良いんですか?私の邪魔立てがなかったら、貴重な生贄の魂を無駄にするところでしたよ?」

「チッ……」


 男の魔術が溶けるように消えていく。武装を解除したのだ。


 捕らえるなら、警戒を解いた今。後ろ手に魔法陣を浮かべようとしたところで、ラミアと呼ばれた女と視線が絡み合った。


「おいたは駄目ですよ、坊や。それ以上は、こちらも手加減は出来ませんから」

 手首に何かが巻きつき、魔法陣を掻き消される。

 振り返れば、影から伸びた異形の手に掴まれている。ギリギリと、肉を捻るような痛みに、魔力が乱れた。

 杖を振ったのか、ローブに隠れて見えなかった。


「……あら?あなた」

「……っ!!」


 痛みで膝をついた俺の至近距離に、ラミアが近づく。

 ほんの軽いステップで距離を詰められ、息が詰まる。


「ブラッド!」

 モネが杖を振るい、青い守護霊が俺を包み込んだ。盾となる筈だった猫の霊に、ラミアは一睨みして杖を振った。


「邪魔をしないで下さいね」

 ラミアの杖の先から出た光が、皮膚と守護霊の間を走る。嫌悪感を抱いた直後、守護霊が散り散りになった。


「ううっ!!」


 引き剥がされた反動でモネが頭を押さえた。よ 蹌踉めいた一瞬の隙に、ラミアはモネへと拘束術を掛けた。


「暴れられても面倒ですし、腕の一本くらいは折っておきましょうか」

「やめろ!」


 無理矢理に拘束を引き剥がし、拳を見舞う。こちらの抵抗を涼しい顔で避けると、ラミアが俺の顔を掴み、食い入るように瞳を覗き込んだ。


「この目……あらぁ、そういう事ですか。デヴォンさんの悪癖が出たんですねぇ」

「放せ!!」

「まあ、怖い」


 剣を振り抜こうとした手も、あっさりと止められる。自分を殺しかねない攻撃を繰り出した相手に、ラミアは尚も子供をあやすような口調を止めない。


「もう、暴れないで下さい。言う事を聞けない子はお仕置きしちゃいますよ」

「この……ふざけるのも大概に……」

「ああ、それにしても綺麗な目ですねえ。ホント、くり抜いて飾りたいくらい」


 狂気を隠す気もなく、うっとりとした目で左目を眺める。寒気がする程に無垢な狂気に、血の気が失せる。

 ラミアの指が、瞼に触れる。徐々に力を入っていくのを止められない。


 自身の内に沸き立つのは、恐怖なのか。それとも、拒絶だろうか。独りでにどす黒い魔力が溢れ、外敵の指を跳ね返した。

 ラミアは、なんとも言えない好奇の目を、押し退けられた自分自身の指へと向けている。


「ああ、愉しい。やはり罹患者は面白いですねぇ。まだまだ眠っているようですけど」

「揃いも揃って、好き勝手に言いやがって」


「あら、これは失礼しました。本当はずうっと語らいたいんですけど、どうやら時間切れのようです」

 ラミアとデヴォンが視線を交わす。すると音もなく、大きな亀裂が地面に走った。


 少なくとも亀裂に見えた。それが転移用の魔法であると気づいた時には、二人は既に背を向けていた。


「さ、デヴォンさん。帰還命令ですよ、荷物は……」

「ない。さっさとこの忌々しい火傷と肩を癒す」


 二人が割れた地面の先を見据えた。

 まるでこちらの事など見えていないように余裕をこいて。


 ーー行かせてはならない。


 何故かは分からない。だが、今使わなければならない気がする。あの狂気をまた、左目に宿らせる。

 魔力に押し出される勢いに任せ、茨が地面へと這い回り、咲いていく。

 それを感じ取ったデヴォンが、寸前で茨が突き刺さるのを防いだ。


 引っ込めたサンショウウオの残骸らしき物質で壁を作り、一瞬だけ動きを止める。

 だがその障害すらも糧にする勢いで、茨が圧をかけていく。


「うわあ、流石に凄い魔力量ですねぇ」

「喧しい。さっさと入れ、鈍間!」

「痛いっ!!」


 デヴォンがラミアを蹴落とし、悪態を吐く。そして置き土産の魔法陣を放ち、自分も裂け目へと飛び降りた。


「この傷の借りは返すぞ、ブラッド。ここから生きて出られれば、だがな」

 捨て台詞を最後に、二人の影が消えて裂け目が閉じていく。

 次いで、地下室の壁がボロボロと崩れていく。あれだけ激しい攻防があったせいか、何らかの証拠を抹消したかったか。

 いや、今はそれどころではない。


「モネさん、動けますか?」

「だ、大丈夫だ」

 振り返ったモネは、随分と消耗して見えた。術の反動もあるのかもしれないが、ひとまず大きな怪我はない。


「ここを出ましょう。『ワープ』で飛びます」


 あいつらも同じ手を使ったのだ、阻害はない。そう当たりをつけ、地面に魔法陣を描き出す。

 ふらつくモネの手を引き、転移しようと魔法陣を光らせた瞬間ーー。


 ボンッ!!と音が響き、手が弾かれる。

 血液が沸騰したような痛みが、腕に疾った。

 内側から焼け爛れるような激痛、毒物か劇薬でも食らったような痛みに、咄嗟にモネから離れた。


「どうした!?罠か!?」

「いえ、これは……」


 魔力阻害に似ているが違う。ナイトミストの時とは違い、相手は魔術師。あの魔法陣、それに充満するガス。これは確かーー。


「聖蛇の毒液ですかね。断定は出来ませんけど、迂闊でした」

「聖蛇……魔術師の魔力を啜る害獣か」

「ええ、恐らくさっきの魔法陣かと。苦し紛れに放った魔法とばかり思っていましたけど、何ともいやらしい手を使いますね」


 もっと良く確認すべきだった。乳白色の毒液が、足元で揮発している。


 聖蛇はその揮発した毒液で、魔術師の魔法に拒否反応を起こさせる。毒液がガスとなって充満すれば、満足に魔法が使えなくなる。

 だが立ち込める気体も、崩壊する壁も待ってはくれない。


 この状況下でできる事は、魔力を使わずに脱出を試みるか、毒液を無効化するくらいしかない。


 だがモネは体力を消耗している。魔術を使わずに出るには、少々不安が残る。

 ガスを飛ばすには爆薬でもあれば楽だが、壁も壊れかねない。吸った物を吐き出せる訳もないし、解毒用の魔法薬もない。


「あまり良い策ではないが、奥まで行くぞ。毒が届かなければ、何とか……」

「そう出来れば一番良かったんですけど、それは無理そうです」


 奥の通路を指差す。サンショウウオを叩き斬った時の衝撃で、入り口は塞がれていた。あれだけ暴れれば、崩壊しない方がおかしい。しかしそれを己のミスと感じたのか、モネは苦い顔を作って見せた。


「すまん。私も熱くなっていたようだ」

「いや、まあ部屋をめちゃくちゃにしたのは俺がやり過ぎたのもありますし、あまり気にしないでください」


 背後の天井が崩れ、石礫が落ちる。砂埃が舞い、目と口を塞ぐ。

 足を止めてはいられない。大人しく生き埋めにされてやる気もない。


 なら、精々いつも通りに好き勝手させてもらう。


「モネさん、ちょっと手を貸して下さい」

「なんだ?」


 モネの手を握る。その手の甲に、魔法陣を浮かべる。

 毒の反動は、勿論術者であるこちらに降りかかる。


「おい!一体何を……」

「すみませんが、手早く行きます」


 腕が、全身が熱い。既に毒を吸ってしまっている以上、当たり前だ。

 痛みに構わず、足元の魔法陣を踏みつける。


 全身を引き裂くような痛み、四肢が痛み、身体中を斬られたような熱を帯びる。暗闇が襲い、視界が暗転する。





 魔力が収まったタイミングで目を開くと、見慣れた門が目の前に現れた。洞穴にいたせいか、太陽が目に染みる。


 一先ず、学院への転移は成功。


 脅威がなくなり、手を離す。隣にいるモネには、新たに増えた傷はない。


「良かった。大丈夫そうですね」

「馬鹿!大丈夫な訳あるか!」


 青ざめて口調を荒げるモネ。その理由は、見る必要もない程に明らかだ。

 腕や首、服で隠れているだけで胴にも傷が付いているのだろう。

 遅れて血がドクドクと溢れ出す。


「……ああ、なんだか最近はボロボロになってばっかりですね」

「ブラッド、しっかりしろ!」


 モネの腕に抱かれたせいか、それとも戦闘の疲れか、緊張の糸が切れてしまった。駆け寄ってくる周りの足音も、呼び掛ける声も、遠くなっていく。


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