56驕り故に
岩壁が揺れる通路を、なるべく静かに通り抜けて中央の大部屋へと擦り寄る。
中を覗けば、先刻まで戦っていた部屋の景観が一変していた。
乱雑に並べられていた実験道具らしき物が、今は全て片付けられている。
転移系の魔法で飛ばしたか、別のやり方かは知らないが、邪魔になると排除したらしい。
後ろで控えるモネに、軽く合図を送る。相手を見極める為に、先制攻撃を試みる。
思惑が聞こえているかのように、中央に陣取る男が口を開いた。
「いつまでそうしているつもりだ?さっさとかかって来い」
「なら、遠慮なく」
飛び出し、相手へと突っ込む。
「走り回るのは勝手だが、この辺りは地雷源だぞ?」
「関係ない」
こうすれば、意味を成さない。
踏みつける魔法陣、『フロストバイト』を浮かべる。地中深くまで凍てつき、冷気が一気に溢れる。
散りばめられた魔力源を覆うように固める。これで爆発は抑えられる。
広がる氷床が、サンショウウオの足を絡め取った。
男は辛うじて、魔力を察して飛び退いている。
まだ距離は完全には詰めず、しかし間髪は入れない。
足を引き剥がそうと動くサンショウウオ二体に対し、『冥王の火』を浴びせかける。
身体全体を黒炎が包み込み、呑み込む。その時初めて、サンショウウオの動き、その法則を垣間見た。
魔法を吸収するかのように、物ともしない一体目と、未だ足が固まり身動きが取れない二体目が、そこにはいたのだ。
更に試す為、黒魔術を使って出方を伺う。
岩壁が集まり、『巨岩兵の腕』となって男に放たれる。
「面白いが、遅い」
男が杖を振るい、薬液らしきものをぶち撒ける。そして氷床に張り付いたサンショウウオの足が剥がれ、男の前に躍り出た。
部屋を揺らしながら放たれた突きを、解き放たれたサンショウウオが受け流す。軌道がほんの僅か、男から逸れた。
影から再び杖を振る。黒い魔法陣を見て取り、障壁を立てる。
『亡の毒針』と呼ばれる、太い針が幾十と射出され、障壁に突き刺さる。
防戦へ転じ、視線をチラリと背後へ向ける。察してくれていれば、幸い。
あいつのサンショウウオ、そのゲルの特性を。
仕掛けは単純、それぞれに役割が違うのだ。
モネの守護霊と同じように、同一の個体が全ての役割を担ってはいない。
分担させることで、能力を飛躍的に上げている。
サンショウウオの能力は、攻撃の吸収。
片方は魔法を、もう片方は物理攻撃をそれぞれ吸収出来る。
氷の上を動けた個体と、物理攻撃を受け流した個体、その違いが証明。
黒魔術すらも吸い取れる程の吸収力には驚きだが、タネが割れれば仕掛けようはある。
障壁が破れる瞬間、針の雨を掻い潜り、岩の残骸へと飛び移って距離を詰める。
背に描いた魔法陣から、数多の緑火が浮かび上がる。
当たりをつけた、物理吸収側のサンショウウオに向け、『ウィスプ』の雨を撃ち込んだ。
火球を乱れ撃ち、サンショウウオを男から引き剥がす。
それを引き金として、背後へと声を張り上げた。
「モネさん!」
「任せろ!」
モネが杖を振るう。赤く燃えるような霊気が溢れ、守護霊を纏った。
「攻威を借せ『セツナ』!」
闘気に満ちた魔力に包まれ、猫のように身を低くした。浮かび上がる耳と尾、そして爪の輪郭は、まるでモネが獣人になったように見えた。
地を割り、壁を駆けてもう一匹の元へ。相手の舌をしなやかな動きで翻弄し、剣を抜き打つ。
身体を強化した一閃で相手をぶった斬り、相手に深く傷が入る。
「流石に気付いたか」
そうでなくてはつまらんと、男は笑った。
踏み込んだ瞬間、長刀が頭を掠める。剣を打ち上げ、弾かれを繰り返し、再び鍔迫り合いへ。
「魔術のキレは良い。だが特性が分かっていたなら、一撃で仕留めるべきだったな」
「どういう意味だ?」
長刀が視界の端で光ると、刃が押し返される。男の細い体の、どこからそんな怪力があるのか。
まともに受ければ、剣が折れてしまうのではないかと思える程の剣圧に、体が吹き飛ぶ。
「痛っ!!」
「吸収するなら当然、それを返す事も可能だ」
油断した。吸収だけに気を取られ過ぎて、そこまで頭が回らなかった。
頭を強く打ち付けた所為で、血が流れてくる。間髪入れず、サンショウウオがこちらに詰めて来た。無色の身体が様相を変え、鉛のような色をしている。
『ヒール』を掛けつつ、剣を構え直す。舌を先程とは段違いの速さで射出され、頭蓋を狙ってくる。『身体強化』をした状態で繰り出す剣でも、切断出来ぬ硬度。
打開策を探る為、懐に滑り込み、腹を狙って振り抜く。表面が硬く、切っ先すら刺さらない。
「それなら……」
相手を上回る硬度で擦り潰す。
敵の腹に魔法陣を描こうと手を翳した瞬間、殺気が伝わった。
ガラ空きに思えた腹が沸騰するようにゴボゴボと蠢き、衝撃波が放たれる。
転がり出し、相手から離れる。
自分の頭があった場所に亀裂が入る。弾丸のような強度。障壁を生み出す暇もなく、首元に一筋の閃光が疾る。
「ぐっ!!」
縦横無尽に剣が飛び交う。サンショウウオからも、背後から追撃が飛ぶ。
逃げ道がない。
足に力を込め、身を翻すが、猛攻を防ぎきれない。伸びてくる長刀に脇腹を抉られ、激痛が走った。
「ほら、さっさと奥の手を見せろ。死にたくないならな」
「……随分な自信だな。今から俺に負けるっていうのに」
ゼェゼェと、自分の口から息が漏れる。体力がすり減る中、魔力を練る事に集中する。
左目を晒し、魔力を秘める。それを男が愉快そうに眺め、口元を歪めた。
「そうだ、それを待っていた!さあ、俺に見せてくれ、お前の呪いを!!」
後ろで戦うモネを一瞥し、策を使う。男が興味を示し、視野が狭まった瞬間、氷の下に描いた魔法陣から石柱が突き出した。ゴリゴリと地中を抉る音が鳴り、土が球体に形を曲げて男を覆う。
地面の氷を自ら割る愚行、男にはそう見える。
「まだ出し惜しみをするか。檻に閉じ込めれば、剣を振れないとでも?」
事も無げに岩を蹴破った。まるで痛覚など無いように、あっさりと。
土塊が崩れ、目の前で広がる光景に、男の落胆は更に大きくなった。
一面に黒々と燃える炎に、サンショウウオが地面ごと覆われている。足元が燃える中に佇む俺を見て、隠そうともせず溜息をついた。
「馬鹿の一つ覚えだな。大した魔法だと褒めれば満足か?」
「そうやって舐めていると痛い目を見るぞ?」
「寝言は寝てから言え」
興醒めだ。そう口にし、男は足に向けて杖を振った。百合の刻印が呼応するように光を放つ。身体全体に巡る禍々しい魔力。剥き出しの殺意。
炎の海へ躊躇なく足を踏み入れ、こちらへと飛び込む。
『冥王の火』は、対象以外は燃やせない。俺が燃やしているのが実験体なら、男に攻撃は出来ない。
黒炎の中にいる俺が平然としているのだから、疑いようがない。
黒魔術に明るく、恐らく一人でも勝てると高を括っている男なら、そう考えてくれると思っていた。そして、その読みは当たってくれた。
その自信故に、男の顔は引き攣った。
蹴り殺そうと力を込めた足に、黒炎が移った。そしてたった今熱を取り戻したかの如く燃え盛り、男を灼く。
「何っ!?」
「貰った!」
蹌踉めく男の肩口に、赤剣を振り下ろす。鮮血が飛沫となって溢れる。致命の一撃の手応え。男の顔が苦痛に歪んだ。
「ぐああっ!!」
返り血が吹き出す。もう一撃を繰り出すが、相手の強靭な魔力が剣を弾く。
炎から飛び退いた男は、未だ理解が追いつかぬと、こちらを睨みつけている。
いや、理解はしているのだろうが、恐らく手口に納得が出来ないのだ。
『冥王の火』であれば、サンショウウオ以外は食らわない。それは、俺が立っているから間違いないと、聡い男ならばそう考える。
だが、もしもそれが、ただ変色させただけの豪炎であったとしたらーー。その思考に、男の顔は尚も分からないと告げる。
「……貴様、どういうつもりだ?」
「『感覚麻痺の霧』だ。冷気に紛れ込ませ、岩の檻で覆えば、流石にお前も喰らうだろう。遅効性だから時間はかかったけどな」
「麻痺だと?そんな事の為に、一手油断を生む為だけに、自らを燃やしたと言うのか!?」
「安いもんだ、足くらいなら」
ナイトミストとの一戦で痛感した。相手を舐めてかかると、どんな相手でも死にかねない。
そして格上に勝つ為なら、手段は選ばない。例えそれが、己が血を流す事であっても。
「まあ、麻痺してるだけで、痛くない訳じゃない。治療したいから、さっさと負けてくれよ」
「ふざけるな!この程度の猿知恵で、勝ったと思うなよ!」
男が杖を握り締める。今までモネが相手をしていたサンショウウオに向け、魔法陣を掲げている。
また変化を遂げようとし、色が変わって膨張していく。
だが、焦りはなかった。「任せろ」と言い放った魔術師は、そんな事で怯むような柄ではない。
「悪足掻きだ!」
獰猛に笑ったモネは地を大きく蹴り、守護霊を入れ替えた。
緑の光を放った猫を纏い、目にも留まらぬ速度で部屋中を駆け巡った。
サンショウウオの迎撃は、まるで追いつけてはいない。
「はああっ!!!」
壁を、地面を、そして敵を、次々と爪跡が抉っていく。
サンショウウオが細切れになるまで、さほど時間はかからなかった。
轟音が鳴り響き、眩い光に視界が奪われる。
光が収まる頃に残っていたのは、猫の守護霊を肩に乗せ、ゲルの残骸を払ったモネの姿。息が少し上がっているが、まだ戦えるであろうモネが、男を見据えた。
「案外、呆気なかったな。終わったなら、大人しく連行されてもらおうか?お前には、聞かなければいけない事があるからな」
「……勝手に終わらせるな」
苦悶の表情を浮かべていた男の顔が、狂気で歪む。
そして捻り出される、あの不快な魔力の感覚に、咄嗟に距離を詰めて急所を狙う。
振り抜こうとした剣は、首の皮一枚で止まった。剣が弾かれた時とは違う。溢れる魔力が噛み付いているように、俺の腕がビクともしない。明らかに異質だった。
「何だこの魔力」
「本当はこんな所で使いたくは無かったが、止めだ!!一人分の命なら、すぐに徴収出来る!」
「訳の分からないことを!」
力を込める。首元の刻印が強烈な光を帯び、放たれた魔力が俺に襲いかかった。
獣の唸り声のような音が耳をつんざき、体の自由が奪われる。
「っ!!」
ビリビリと痺れ、体が硬直する。瞬きすら許さぬ程に。
強張った視界の先で、男が杖を振るった事だけが分かった。
辺りを消し飛ばし、死滅させるような熱線が、こちらに向けて放たれる。




