51不穏な気配
「っだあもう、うざってえ!!なんなんだこいつら!?」
「これは流石に、きついね」
ジンの放つ暴言を聞き流しながら、盾を爆ぜさせて攻撃を防ぐ。どこからともなく現れたコカトリスが、見えているだけでニ、三匹。いや、木陰からの鳴き声を聞く限り、もっといる。
音が反響し、敵の正確な位置が分からない。仮に分かっていても、手負いの二人が怪鳥の群れを相手に出来るかと問われれば、答えるまでもない。
「飼い慣らしてたんじゃねえのか?暴れるくらいなら縄でもかけてろよ!」
「悪態吐く元気があるなら、障壁作るの変わってくれない?」
「悪かったな!盾は苦手なんだよ、俺は」
毒吐きながらも、ジンは杖を握った。岩壁を地中からせり上げ、盾の代わりを形成する。
だがその盾も、コカトリスの放つ溶解液を受け、徐々に削られていく。毒気が抜かれていたのは不幸中の幸いだったが、そう何度も防げはしないだろうと、ジンからは冷静な声が漏れた。
「チッ!大した時間稼ぎにはならねえな」
「へえ、意外」
「あ?何がだ?」
「いや、なんでも」
怪訝な顔をした友にはぐらかし、ただひたすらに防御に徹する。ほんの少し前まで、それは彼が最も嫌う事であった筈なのに。一匹の攻撃を弾き返しながら、ラインハルトは思う。
――こいつが、凌ぎ切れば勝ちだと思うなんて。
本人は絶対に口にしないだろうが、頭では理解しているのだろう。こうやって持ち堪えてさえいれば、この状況を打開する魔術師が駆けつける事を。
だが、その耐えるだけというのも、戦闘後の二人にとっては辛いもの。泣き言を言う間もなく、左前方に位置していたコカトリスが地面を離れた。滑る様に地を蹴り、爪をギラつかせた殺気に、直感する。
盾が割られる。
鬼気迫る形相に圧され、ラインハルトは目を瞑ってしまう。
しかし、攻撃が届くことは無かった。破砕音の代わりに聞こえたのは、甲高い金属音と、戦闘の真っ只中とは思えぬ気の抜けた声。
「いやあ、危ない危ない。間に合ってよかった」
引き抜いた剣で敵の爪を絡め取ったロヴロの背中が、開いた視界に飛び込んでくる。腕一本の腕力で、汗一つ掻かず。
「ごめん、シャルロット。攻撃しないとか言ったのに、咄嗟に剣を抜いてしまった。今のはノーカウントで」
「……ブラッドさん。あんまり揺らさないで下さいませんか……気持ち悪い、です……」
「本当、申し訳ない」
つい飛ばし過ぎたと詫びながら、剣を一振り。それだけで、コカトリスはバランスを崩し、一歩退いた。
出鱈目、という言葉が似合いそうな光景を目の当たりにし、ラインハルトは全身の力が抜けていくのを感じた。
自分たちの役目が終わったと告げるように押し寄せた疲労に、その場に座って天を仰いだ。
●
「二人共、無事か?」
少し遅れてやってきたモネが、二人の安否を確認する。うなだれたジンが力なく手を挙げるのを、視界の端で確認する。
ラインハルトもそれに倣いつつ、視線を前方へと戻した。何か言いたげな視線に、声を掛ける。
「結構消耗してるな。大丈夫か?」
「いや、大丈夫。わざわざ駆けつけた先にいたのが男じゃあ、格好がつかないなと思ってね」
「なんだそれ?」
軽口が叩けるのなら充分と判断し、脇に抱えたシャルロットを下ろしながら周囲を睥睨する。
コカトリスが数体、こちらを睨んでいるが、突っ込んでくる気は無さそうだ。箒から降りたモネを振り返り、一応の確認を取る。
「すみません、モネさん。手出しは無用でお願いします」
「どうせ、止めてもやるんだろう?」
「よくお分かりで」
「はあ……」
呆れたように一歩下がるのを、許可が下りたと解釈する。
「じゃあ、やってみようか。シャルロット」
「お願いします……」
目配せをして、一歩前へ出る。
要望通りかは分からないが、彼女の問いには、やはりこれが一番良い気がする。
一つの魔法陣を描き、周囲の空気が淀んで流れていく。
それがコカトリスの鼻先に届く。それだけで、一斉に騒ぎ始めた。
翼を広げ、のたうち回った怪鳥達は、魔法を忌避するかのように、範囲外へと飛び立っていく。
巻き起こった旋風が収まる頃には、今までの喧騒が嘘のように静かになっていた。
危機が去ったのを確認し、背後を振り返る。
「どうだ?手は出してないぞ」
「えっと、今のは一体?」
「簡単に言えば、威嚇だよ。まあ、恐怖心を煽るっていうのが一番近いかな」
『濁空』と呼ばれる、簡単な魔法。息の詰まる閉塞感に襲われるだけの、子供の悪戯紛いのものではあるが、それも強力な魔力を込めれば、首を絞められたような感覚に陥るだろう。
勿論、全ての相手に効くとは限らないが、要は使いようである。
そう説明をすれば、エミリーは困ったように微笑んだ。
「どうした?」
「すみません。なんだか、とても簡単にやってのけてしまわれたので」
「……悩んでいたのが馬鹿らしくなった?」
「ふふ、ええ。少しだけ」
これで彼女の問題が解決したとは思わない。自分でも、殺生での折り合いをつけるのには時間がかかった。
それでも、悩んでいるだけでは前に進まないのも事実。
「そんなもんだよ。悩みなんて、とんでもなく簡単なものが答えだったりするんだ」
「ブラッドさんも、悩んだりするんですね。意外です」
「シャルロット、俺をなんでも魔法で焼き払う奴だと思ってるだろ?」
「はい」
「今日一番良い返事をしたな」
冗談を言えるなら何より。きっといつか、思い詰めるほどの問題ではなかったと、笑える日が来るだろう。
「まあ、次に機会があれば、騙されたと思って使ってくれ。きっと気に入ると思う」
「……分かりました。一度、誑かされてみます」
「いや、言い方」
「ふふっ。冗談です」
「なにイチャイチャしてんの?」
「…………」
「ちょっと〜。無視しないでよ、傷つくなあ」
講釈が終わったと見るや、冷やかしが飛んできた。声の主は分かりきっているので無視をすれば、シグマが腕を絡めてくる。
「お前は平気そうだな。もう二、三匹、相手をしてきたらどうだ?」
「ロヴロ君、私にだけ酷くない?ていうか、今はそんな場合じゃないね……」
軽口を叩いてはみたが、シグマから発せられた声は、真剣そのもの。珍しく真面目な面持ちに、こちらも態度を改める。
「ここの魔獣って、学院の関係者が手懐けてるんでしょう?」
「そうらしいな」
「私、別に生物とか詳しくないけど、コカトリスってこんな風に凶暴化するものなの?」
言われてみれば違和感はある。コカトリスが好戦的なのは認めるが、群れを成して非力な子供を狙うような習性があるとは思えない。
「いや、それはない。というより、配合された個体が暴れ出したことなんて無かった筈だ」
シグマの問いに、モネがそう断言した。その声音に、嘘偽りはない様に思えた。
「試験で縄張りを動き回ったから、というのも無さそうですね。毎年行われている試験の筈ですし」
「…………」
思案するように、モネは顎に手を当てた。だが今、明確な事はなにもない。仮に不気味さを感じても、後は門から帰還するだけなのだから。
そう考えていたが、甘かった。
帰還用の門の前に立っても、門は只の石柱と化していた。肝心の魔力が流れていないのである。
隔絶された、とでも言えばいいのだろうか。モネの険しい表情から察するに、想定外の事態であることが伺える。
「おかしいな。途中で切れるような半端な魔力ではなかったと思うが……」
「こっちから発動させられないんですか?」
「さっきからやってるが、門と繋がらない。何かに阻まれている」
「何か、ていうのは?」
「分からん」
何か不具合があるのかもしれんと、神妙な顔でモネは呟いた。
だが門が使えないなら、別のものを作ればいいだけである。
学院にマーキングはつけている。転送は難しくはない。
新たにゲートを作ろうと手を前に翳した時。
不意に、それは目に飛び込んで来た。
門とは別方向の、森林の奥へと続く茂み。そこに居たものを、俺の目は確かに捉えたのだ。
元凶、若しくは始まりと言っても過言ではない、あの黒い兎を。
赤い瞳と視線が交わった途端、血の気を引き抜かれたような気がした。心臓を鷲掴みされたように、呼吸が苦しい。
「……ブラッドさん?」
気遣いはエミリーの声だっただろう。だが返事はしなかった。
後方の声を気に留める余裕もなく、俺は兎を追いかけていた。




