5獣の住処
明朝、ルルに起こされた俺は、杖を持って家を出た。
ルルはすでに準備をしていた。
「じゃあ、行くよ」
そう言ってルルは歩き出した」
「え?魔法は使わないの?」
そう言うと、ルルが振り向いた。顔がニヤついている。
「なあに?そんなに私に抱きつきたかったの?マセガキだなあ、ロヴロは」
「なっ、違うよ!」
慌てて訂正した。純粋に魔法を使うのかと思っていただけなのに、変な誤解は受けたくない。
ルルはからかう様に笑っている。
「冗談だよ。レッドキャップは魔力が少なくてね。ギリギリまで使いたくないんだ」
そういう種族もいるのか。魔法を教えてほしかったのに、そう上手くはいかないな。
俺は黙ってついて行ったが、途中で我慢が出来なくなった。
「ねえ、ルル。シルバーベアーって強い?」
「うーん、あんまり。でもボスは強いよ。シルバーベアーは実力主義の種族だからね。その代わり、ボスを倒せば駆除は簡単だよ」
「じゃあ、俺が魔法を使ってもいい?」
それがついてきた目的だ。森の奥の生き物と戦えるのは貴重だし、昨日何もできなかったのが悔しかった。
「ロヴロ、魔法使えるんだ?」
意外とでもいう様にルルが言った。
「白魔術なら一通り」
「ふーん、じゃあお願いしようかな。でも、無理しちゃ駄目だよ」
「やった。ありがとう」
そんなやり取りをしていると、昨日ルルと会った地点まで辿り着いた。
そこで俺は、昨日『エコー』を使った時の違和感を思い出した。
シルバーベアーは真横にいたのに、俺は気付けなかった。
もう一度『エコー』を使ったが、やはり何の反応もない。
「あっ、『エコー』なら使っても無駄だと思うよ」
「でも、いつもはこうやってるんだけど」
「それは相手が下級だったからよ。中級以上の種族なら、魔力を消すくらい出来るからね」
魔力を消す、考えたこともなかった。相手も考える生き物だという事を、認識し直さなければならない。
「じゃあ、どうやって探すの?」
「黒魔術を使えばいいのよ」
当然の様に、ルルは言った。
そして、地面に足で魔法陣を描いていく。そこから、一匹の黒い雀が出てきた。
召喚魔法か。黒魔術だろうけど、今度父さんに教えてもらおう。
「こいつは?」
「私のお気に入りの従魔のヒナちゃん。この子と私の視界をリンクさせるの」
そして、雀の頭を撫でながら呪文を呟いている。雀の目の色が変わった気がした。
ルルは雀を空に飛ばすと、目を閉じて傍の木にもたれかかった。
「はい、じゃあちょっと休憩」
「これだけ?」
「後はヒナちゃんが探してくれるから大丈夫。探し物は得意なのよ、あの子」
『ウィスプ』を使った時も思ったが、黒魔術って結構他人任せだな。他人の魔力を使うって、こういう事なんだろうか?
「これ使うと、私が目を開けてられないからさ。ちょっとだけ待ってね」
呑気なのか、ルルはあくびをしている。こんな感じで見つかるのだろうか。
五分後、ルルが目を開けた。という事は、魔法を解いたのだろう。
「見つけた。さあ、お仕事だよロヴロ」
俺が言うのもおかしいが、子供の様に笑っている。狩りを楽しんでいるのか。
そこで俺はふと疑問に思った。
「ルルはどうやってシルバーベアーと戦うの?」
まさか、全員蹴り倒すわけでもあるまい。
そう思っていると、ルルは帽子に手を入れ、何かを引き抜いた。
「これを使うのよ」
それは、何の変哲もない剣だった。ただ一つ違うのは、鞘から抜いた刀身が真っ赤だという事だけだ。
俺は武道の心得はないが、その剣が普通じゃないことだけは分かった。
「変わった剣だね」
「でしょう。これ、私の髪で作ったのよ」
俺は剣に触れる。髪と思えない硬さだった。
面白い種族もいるな。
「じゃあ、そろそろ行くよ」
ルルが歩き出す。俺はその後を追った。
「この中に入っていくのが見えたわ」
そう言って、洞窟の前で立ち止まった。
シルバーベアーは洞窟をつくって生活しているらしい。洞窟のサイズを考えると、そこまで大きな個体はいないだろうとルルは言う。
相手が何匹いるか分からない。魔法陣をいつでも描けるようにしておこう。
俺は杖を握りしめた。
「離れちゃ駄目だよ、ロヴロ」
ルルが躊躇いなく足を踏み入れる。
その後を追い、俺達は洞窟に入った。
洞窟の中は思ったより広かった。
周囲に目を凝らしたが、敵は見当たらない。
ルルはずかずかと進んでいく。
すると、前からシルバーベアーが二匹飛びかかってきた。
ルルは魔法を使うことなく、二匹の爪を避けきったかと思うと、赤い剣で二匹の首をはねた。
鮮やかな手際だった。俺が魔法を使う暇がなかった。
俺も剣の扱いを覚えようかな。
「変ね。普通ならもう少しいてもおかしくないのに」
その後、四、五匹の敵を倒し、ルルが言った。
「元々小さい群れだったとか?」
ルルは煮え切らない様子だ。
「うーん、そうかも知れないね。あるいは...」
「あるいは?」
そこでルルは足を止めた。
前方からシルバーベアーの大群が押し寄せてきた。
奥に明らかに大きいやつがいる。あれがボスなんだろう。
でも、問題はそこじゃない。その前に、フードを被った人が追いかけられている。
ルルが足で魔法陣を描いた。
「ロヴロ、私はボスをやる。周りのザコをお願い」
「分かった」
その瞬間に、ルルが走り出し、奥に消えた。
ルルなら簡単に倒せるだろう。問題はこっちだ。
俺はフードの人の前に出た。
総数二十ってところか。丁度試してみたいことがある。
俺は杖と足で別々の魔法陣を描いた。
ルルの魔法陣の書き方は何度も見た。
なら杖を使いながらなら、二つ同時に出せるんじゃないかと考えた。
足元の魔法陣が光った。成功した。
まず土魔法『アースブレイク』で地面を割り、連中の足をもつれさせる。
そしてその上に、同じく土魔法『ロックプレス』で天井の岩を落とした。
よかった、ちゃんと使えた。
そう思った瞬間、落ちた岩が動いた。
残党かと思ったが、違った。落とした岩の上に魔法陣が浮いている。
その大きさに驚いた。ニ十匹はいたシルバーベアーを悠々と覆える程だ。
ルルの魔法じゃない。誰だ?