47お使い
「指導の補佐、ご苦労だった」
「ありがとうございます。皆、随分と障壁が形になってきましたね」
「まだまだ、実用的とは言い難いがな。まあ、当初の目的には充分だろう」
「自衛の術がどうとかってやつですか?」
「それもあるが……まあそのうち分かる」
「……はい」
世間話のつもりで聞いたが、珍しく言い淀んだ。何かこちらに言えない事情でもあるのかと、詮索したい気持ちもあるが、彼女が言う必要がないと判断したのならそうなのだろう。
「ところでモネさん」
「なんだ?」
「俺達は何処へ向かってるんでしょうか?」
「なんだ、院長に何も言われなかったのか?」
「ええ、例によって」
「全く、あの人は……」
溜息交じりにこめかみを押さえると、鋭い視線がこちらを捉えた。何を非難されるかは、想像に難くなかった。
「前々から思っていたが、もう少し事前に詳細を聞いても良いんじゃないか?」
「すみません。とにかく動く方が良いのかと思って」
「……逸る気持ちは分かるが、最低限の要件くらいは聞いておけよ」
「はい。以後、気を付けます」
「今日は、薬師のところへ薬を貰いに行く。要は荷物持ちだ」
「薬師って、魔法薬の素材でも売ってるんですか?」
「それだけじゃないが、今はその解釈で構わん。魔法薬の素材は本来、使いの者を寄越すか、転送で送ってもらう。だからわざわざこちらから出向くことはあまり無いんだが、それでも偶には顔を出さなければならなくてな」
「素材の善し悪しを見極める為、とかですか?」
恐らく、勝手の分からない俺への説明も兼ねているのかも知れない。質問を投げ掛ければ、モネの眉に皺が寄った。
「……まあ、そんなところだ。それを私にやらせるのがあいつらしいというか」
「あいつ?」
「クラインだ。大方、お節介のつもりだろう。いつもこんな面倒を押し付けてくる」
「お節介……?」
要領を得ない返答に、疑問符が浮かぶ。面倒事と言っているが、出向く行為そのものが煩わしいという訳でもなさそうだ。
適当に理由を挙げてみるならーー。
「もしかしてモネさん、薬の調合とか嫌いなんですか?」
「好き嫌いの問題じゃない。苦手なだけだ」
「……それって、同じことでは?」
「……」
「何でもないです。だから無言で剣に手をかけないで下さい」
「……ふん」
柄から手を離すと、不貞腐れたように顔を前方へ向けた。その仕草がどこか微笑ましく感じ、つい口が軽くなってしまう。
「なんか、意外ですね。モネさん、苦手なものとか無さそうなのに」
「お前は私を何だと思ってるんだ?」
「面倒見の良い先生、ですかね。口はちょっと悪いですけど」
「おい」
「あと、お酒に弱い……」
「なっ!?その話は忘れろと言っただろう!」
酔い潰れた時の記憶を思い出したのか、頬が一気に紅潮した。こちらを睨んではくるが、先程までの近寄り難い印象はすっかり消えていた。
「いやあ、すみません。あの時のモネさんが可愛かったからつい」
「帰ったら私の煎じた回復薬を飲ませてやるからな」
モネの言葉に、少しだけ冷や汗が流れた。今更謝罪しても、許してはくれなそうだ。
●
少なからず、リムの料理を口にしていた身、多少不味い魔法薬を飲んだところで動じない自信はあった。
あった筈なのだが――。
「これは流石に、不味いですね」
「だから苦手だと言っただろう」
「いやあ、ここまできたらある種の才能ですよ。あれだけ煮詰めたのに、薬草がまだ草の形を留めてるし。さっき、ポーションなのに、眠り草とか混ぜ込んでたし」
「え、そうなのか!?そんな物を入れたつもりは……いや、気づいていたのなら言え!」
「すみません、面白くてつい」
顔を赤くしながら捲し立てていたモネだが、自分のしでかした事実に思い至り、血の気が引いていった。
「ちょっと待て。眠り草って、毒にもなり得るんじゃなかったのか?お前、さっき口にしたよな?」
「ええ、実はちょっと眩暈が……」
「馬鹿!そういうのは早く言え!待ってろ、すぐに解毒薬を……いや、それより先に医務室か?」
「あの、モネさん」
「何だ?」
「慌てて頂いて申し訳ないんですが、大丈夫です。もう解毒は済ませてますから」
「……はっ?」
飲む前から毒に気付いていたのだ、薬に解毒処置を施しておくのは当然。致死性の猛毒でもない眠り草ならば、軽い毒消しの『アンチ・ドート』で事足りる。
そんな説明をしていたら、モネがゆらりと近づいて来る。溢れんばかりの殺気を感じて障壁を張ったにも関わらず、気にせず距離を詰めてくる。
「あの、モネさん。俺の声聞こえてます?」
「ブラッド。今すぐ首を出せ」
「すみません、ほんの出来心で!そんなあっさり信じるとは思わず……」
「安心しろ。痛みも感じない内にあの世へ送ってやる」
「台詞が完全に悪役なんですけど!」
振りかぶった剣の切っ先がギラリと光る。しかし振り下ろされた剣は、障壁ではない何かに阻まれた。
「全く。騒がしいから誰が遊んでおるのかと思えば。一体何をしとるんじゃ」
「……別に大したことではありません。それより、こいつを外していただけますか?」
いつの間にか扉の前に佇んでいたネジが、こちらへと一歩近づいた。懐から出した杖を振ると、モネの剣が自由を取り戻した。
一体いつから見られていたのか、どうにも彼の気配は察し難い。
ネジは実験室の中を睥睨し、呆れた様に鼻を鳴らした。
「また薬草を無駄にしおって。いい加減、出来ぬ事は諦めたらどうじゃ?」
「嫌味を言う為にわざわざここまで?」
「そんな訳なかろうが。餌を作りに来ただけじゃよ。院長殿から言伝も受けておるしのう」
「言伝?」
院長の名が出た事で、自然とモネの背筋が伸びる。
「少々、狩りの予定が早まった。一年坊達にも、準備をさせておいてほしい、だそうじゃ」
「まだ防衛術の最中です。少し時期尚早では?」
「儂もさっきそう言ったがな。まあ、理由はお察しの通りじゃよ」
奥の棚を探りながら、ネジは溜息を一つ。何やら予定が狂った事だけは伝わった。隣に目を遣れば、モネもその事実を快く思っていないのか、顔をしかめている。
「また協会か。相変わらず面倒な」
「まあ、ここで愚痴を漏らしていても始まらん。やるからには、万全を期すだけじゃよ」
それ以上話す気はないと、魔法薬のお素材を袋に詰め、ネジは部屋から出て行った。
「あの、もう質問をしても良いですか?」
「構わん。それより、随分と静かだっかな。何の薬を調合するのかと聞き出すかと思っていたが……」
「ちょっと、折り合いが悪いというか。嫌われてそうだったので」
先程も会釈したこちらを一度睨んだだけで、挨拶らしきものもしていない。
コールド家の一件をどこまで知っているのかは知らないが、モネは詮索することもなく、言葉を続ける。
「あまり、自分の立場を悪くするなよ。若者の不遜な物言いくらいは、まあ大目に見られるだろうが、敵を作ると面倒だぞ。組織で孤立した者の寿命は短い」
「敵を作りたい訳ではないんですが……まあ肝に銘じます」
あの老人にそこまで毛嫌いされる理由は、正直言って心当たりはない。多少出しゃばったが、目の敵にされる筋合いはない気がする。
「こっちがどんなつもりでも、歩み寄ってはくれなさそうですけどね、あの人」
「まあ、偏屈な爺だからな。嫌われているなら、これ以上嫌われなければ良いだけだ」
「随分と気にかけてくれるんですね」
「別にそんなつもりはない。普通だ」
少し照れたように頬を掻いた彼女は、視線を自身が煮詰めた鍋へと向けた。
「取り敢えず、片付けるぞ。私達のやる事は済んだ」
「ええ、本当に不味かったです」
「そ、そっちじゃない!喧嘩を売ってるのか!?」
「すみません。つい」
「お前……少しは反省しろ!」
「はーい」
これ以上は怒られそうなので、程々にしておく。モネの気性が落ち着いてから、改めて質問をぶつける。
「それで、こんなに薬草を集めて、院長は一体何をする気なんです?」
「さっきも言っていたが、狩りをする。本来は学期末に回す筈だった課題だが、横槍が入ってそうも言っていられなくなったんだろう」
「じゃあ、その横槍を入れたのが協会ってところですか?」
「多分な。全く面倒事ばかり持ってくる連中だ」
「そうなんですか」
「なんだ、その気の抜けた相槌は」
何か可笑しなことを言っただろうかと首を傾げていると、モネが少し目を細めた。
「……お前、魔術協会のこと分かってないだろう」
「ははっ、バレましたか。実は全く……痛っ!」
拳骨が不意に飛んできたせいで、間抜けな声を上げてしまった。
「モネさん、暴力反対」
「知らんことを適当に流すからそうなるんだ、全く」
「何も殴らなくても」
「なんだ?代わりに説教がお望みか?」
「いえ、ごめんなさい」
「よろしい」
理不尽だと視線を向けかけて、止めた。何故だか分からないが、そういう勘は鋭い気がしたからだ。




