46固有の形
最初に魔法陣を教えてから、早くも二週間が経った。まだ盾としては心許ないが、それでも少しずつ形を成してきている。
とはいえ、やはりと言うべきか、モネの指導を受けた後の方が、感覚を掴むものが多い気がした。熱心に杖を振っている生徒達の間を縫っていると、自分は教えることに関しては素人なのだと、改めてそう思い知らされる。
「っだあ、クソ!またかよ!」
数人の生徒が作る障壁の強度を確認していると、背後から苛立ちの混じった声が響いた。
ジンだけがずば抜けて習得が遅いという訳ではないのだが、血の気の多さが際立ち、集中が切れてしまうのが難点。
それがモネの見立てだった。あまり褒められた思考ではないが、自分以外が教えても、上達具合が変わらない生徒を見ると、少しだけ気が楽になる。
こちらの思いなど知りもしないジンに近づくと、恨めし気にこちらを睨みつけた。
「調子はどうだ?」
「見りゃ分かんだろ!」
「……難航してるな。でも最初より出来てる。あんまり自棄になるなよ」
「ご忠告どうも!」
心にもない言葉だが、既に言われ慣れている。それに、本人もキレやすい自覚があるのだから、あまりとやかく言うつもりはない。
「取り敢えず、もう一回やってみてくれ。ちゃんと見ておくから」
「うるせえ、頼んでねえよ」
「なら、モネさんに補習してもらうように報告する」
「……チッ」
「舌打ちするな、聞こえてるぞ。いいから教えた通りに」
悪態を吐き、気晴らしが済んだらしい。ジンは再び集中し、杖を握る手に力を込めた。しかし紡がれた魔力は、最初に全員に見せたような壁の形をしていなかった。
溢れた魔力がジンの体に纏わりついていく。丁度、鎧と同じように。
だがその形に留めておくというのが、随分骨が折れるらしい。随分と厳めしい表情を浮かべ、額に汗を滲ませている。
「もう少し嬉しそうな顔をしたらどうだ?折角、成功しているのに」
「うるせえ、今話しかけんな!」
「あっ……」
集中が散った途端、バラバラと魔力が弾けた。空中に散っていく様を見ても、まだ魔力の練りにムラがあるのが分かる。
「ああもう、やってられるか!」
「すまん、そんなにギリギリで保っていたとは思わなかった」
「ああ!?俺に余裕がねえってのか!」
「ありのままを言っただけだ。普通に煽っても怒るだろう、お前」
「当たり前だ!」
清々しい理不尽ぶりである。
一体どうすればそこまで怒れるのか、そっちの方が疑問に思えてくる。やはり身体を動かす方が性に合っているのだろう。
「まあ話を戻すけど、ベースは上手く行ってるじゃないか。あの鎧がすっかり馴染んだみたいで何よりだ。障壁を纏ったまま動ける様になれば、充分だろう」
最初に教えた事を再度説明し直すと、ジンは苦虫を嚙み潰して見せた。
「それ、どういう表情だ?」
「なんつうか、俺の得意なやり方にすんなり合わせられるお前が気持ち悪い」
「まあ、なんだかんだ一回見てるし。理屈で考えるの嫌いそうだからな、お前」
「人を単細胞みたいに言いやがって。ちょっと前まで俺より箒に乗れなかった癖に」
俺からすれば、お前にもちゃんと使える魔法があったのかと感心したが、それは口にしないでおいた。
「これでも痣を作りながら練習したんだぞ?夜通し乗って」
「……化け物が」
口が悪くて分かり辛いが、魔法に関しては認めてくれているらしかった。意外にも素直に説明を聞いてくれているし、見ていなくても不思議とサボりはしない。
まあそれは、他の二人の影響が大きいのかもしれないが……。
「んだよ、急に黙り込んで」
「いや、別に。他も見てあげたいから、そろそろ離れる。兎にも角にも、まずは集中」
「うっせえな。わあってるよ、そんなもん!」
全然そうは見えないが……。気が短すぎるというのも考え物である。であればと、一つ魔法陣を浮かべて、一本の蝋燭を眼前に浮かべてやった。
「じゃあ、これを使え。少しは目安になるだろう」
「何だよ、これ」
「よくある計測用魔具だ。目の前の魔力が大きくなれば、火も大きくなる」
つまり火が揺らめかなければ、魔力も一定に保てているという目安となる。
「要らねえよ、こんなもん」
「大方、自分の魔力くらい体感で分かる、とか思ってるんだろう」
もっと強力な手助けを期待していたか、それとも助けられる事自体がお気に召さないのか、ジンは明らかに不貞腐れている。まるで宿題を強制された子供のよう。
こういう時は、むしろ分かり易く煽る方が良いのかもしれない。
「まだまだ、ラインハルトには及ばないな」
「ああっ!?俺があいつより下だってのか!?」
「いやあ、別に。そんな事は思ってないけどな」
「白々しいんだよ、てめえ!クソ、とっととそいつを寄越せ」
答える隙も与えず、ジンは蝋燭を乱暴に引っ掴んだ。やる気が出たのは何よりだと軽口を叩きたくなったが、真剣に杖を握りしめる姿を見て止めた。
根は真面目な生徒、出来れば見守りたいが、一人に時間を割きすぎてもよろしくない。別の生徒の元へと足を向け、その場を後にした。
ジンにけしかけてみたが、実際にはそこまで他に出遅れているという程ではない。
シーのように、戦闘の魔法が苦手な者もいる中では、むしろ良くやっている方だ。
そんな風に考えつつ、視線は周囲へ。
苦手意識を持つ者には発動時の魔力量を調節して回る。勿論、モネの邪魔にならない程度にではあったが、それでも顔合わせの頃よりも話を聞いてくれるようになった気がする。
ある程度見て回っている内に、今度はラインハルトの元へと辿り着いた。魔法陣を描く手を止め、こちらに頭を下げる。
「お疲れ様、ロヴロ。ジンは上手くやれてるかな?」
「多分な。直情的だから、ラインハルトの方が上手いって煽っといた」
「ははっ。それなら良かった。やっぱりロヴロに頼んで正解だったね」
「そうか?あんまり素直に説明を聞いてくれないんだけど」
「聞くだけでも凄いよ。あいつ、熱くなるとすぐ周りが見えなくなるから」
わざわざ友人にアドバイスする為に、俺を介す必要があったとは思えないが、幼馴染みにしか分からない気遣い方があるのかもしれない。と、踏み込んだ話になる前に話題を変えた。
「それより、お前は順調みたいだな」
「ああ、そうそう!俺も見て欲しかったんだ。まだアルフォンス先生には見せられていないから、率直な感想が欲しくて」
そう言って、意気揚々と杖をかざした。彼の前を漂う空気が前面に集束し、魔力がこもっていく。それは次第に形を変え、身を護る盾が形成された。
離れて見ている自分にも、空気の震えがビリビリと伝わってくるような魔力。きっと何度も練習したのだろう、触れずとも、容易に貫けぬ強度だと分かる。
「上出来だと思うけど」
「いや、まだ半分なんだ。見て欲しいのはこの次。ロヴロ、この障壁を斬ってみてくれ。軽くで良いから」
「なんか随分と積極的だな」
いつも真面目に授業を受けている印象だったが、こんな風に目を輝かせているラインハルトは珍しい気がする。
自信を裏付けするかのような眼差しを向けられては、自ずと興味が湧いてくるというもの。
「じゃあ、軽く斬るからな」
「ああ、頼む」
障壁に向け、引き抜いた剣で峰打ちをくれる。その刹那、雷が腕を走った。まるで障壁から、雷を放たれたような痺れと衝撃に、片腕が弾かれる。
急に襲われた痛みに顔をしかめていると、ラインハルトは満足そうな表情を浮かべている。
「殺す気か!?」
「まさか。そんな柔じゃないだろう」
こんなやり取りを、つい最近も生徒の前でしていたにも関わらず、この仕打ちである。ここまでくると、嫌われているのではないかと思ってしまう。
「あいつみたいな事しないでくれよ、心臓に悪い。万が一、俺が頑丈じゃなかったら大怪我してたぞ?」
「あ、やっぱりそう思う?魔力量を抑えないといけないな」
「本当に俺で実験してたのか!?」
「まさか。三割は冗談だよ?」
「七割は本気と言われてもな」
魔法はしっかりと扱えているだけに、質が悪い。だが自衛の為と考えたのなら、発想そのものは悪くないと、正直に感想を述べた。
「でも、いきなりそれを使うなよ。多分怒られるから」
「それなら、本当に危ない時にだけ使っても良いかも知れないな。こういうの使うと、すぐに怒る子もいるからね」
言葉を区切ると、木陰で座りながら魔法に集中している生徒を見遣った。目を瞑りながら静かに魔法陣を紡ぐ姿は、祈りを奉げる聖女を連想させた。
エミリーを覆うドーム状の天蓋、それがベールのように幾重にも折り重なる。
防壁の魔力の強度には、本人の中にある防御のイメージが必要となる。だから三人には、自分の魔法を使う時の感覚を連想しやすくさせた。ジンの鎧はその為だ。
彼女の防壁が、何を連想しているのかは分からない。だが、完成度はきっと他の誰よりも上だった。
「おーい、見惚れてるなよ」
「いや、魔法を見てただけだからな」
「ふーん」
「その目を止めろ、ガレットじゃあるまいし」
「ごめんごめん、つい」
確かに、魔法が終わるまで視線が釘付けになっていたのは認めるが、邪な思いでは断じてない。
「エミリーに指導してきても良いよ、俺はもう少し一人でやるから」
「いや、その必要はなさそうだ」
エミリーの視線の先にいるモネが近づいてきている。きっといくつか指導しに来たのだろう。
「じゃあ、俺にも勝負してくれないかな。実戦で試してみたいんだけど」
「……怒られない程度にな」
「よし!」
幸い授業も終わりかけている、一本立ち合うだけなら文句も言われまい。ラインハルトの障壁を叩き割り、反撃に繰り出された剣を弾き飛ばす。
ラインハルトが防戦で魔力を消耗し、肩で息をし始めたあたりで、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。




