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45少しの変化

「さて、では今日はこのサボり常習犯に斬りかかってもらう」

「モネさん、色々と酷いし雑では……」

「やかましい」


 散々お説教を食らった後だというのに、未だ腹の虫は収まってくれていないようだ。というより、それは俺一人の問題ではなかった筈なのに、もう一人の問題児はクスクスと笑っている始末である。

 睨みつけたい衝動の駆られるが、隣から自身よりも鋭い視線に射竦められている以上、自制する他ない。


「まあ、半分は冗談だが、今日の授業でやってもらうのは、今言った通りだ」

 それを聞いた瞬間、生徒達の顔つきも真剣なものとなり、口を噤んだ。自分は真剣だと告げた途端、生徒達の意識を一瞬で惹きつける。

 これが担任として生徒をまとめている賜物かと感心していると、再びモネの瞳がこちらを捉えた。


「ブラッド、偶には質問してやろう。お前も生徒の立場で考えろ」

「はい……」

 生徒の立場で、ときた。それはいつものような、力技でも解決法では駄目だと、暗に告げられている。


「やむを得ず戦闘が起こった時、まず避けるべき事はなんだ?」

「えっと……」


 自分一人だったなら、無策で突っ込む事や、碌に装備を持たず戦う事、というのが頭に浮かぶ。だがそれが求められている解答でないのは、言われずとも分かる。


 あくまで生徒の立場と考えるなら、戦闘なんて自分から仕掛けるものが全てではない。寧ろ大半は仕掛けられる方が多い気がする。


 そしてもしそんな状況に陥ったとするなら、避けるべきは――。

「自分が死ぬこと、でしょうか?」

「……お前なあ。いやまあ、正解だ。言い方が剣呑であることを除けばな」

「あっ、すみません」

「構わん。実際、痛ましい事件に巻き込まれる事例は過去にもあった。人攫いや魔物は、郊外に限った話でもない」


 生徒達の神妙な面持ちを見るに、想起させる共通の過去でもあるのかも知れない。こういう時、自分の世間知らずがどこか恨めしい。尤も、少し前まで外に目を向ける必要を感じていなかったのも事実なのだが。


「まあ早い話、生徒にも自衛の術を学ばせる良い機会だろうという事だ。丁度良いサンプルもいるからな」

「俺がですか?」

「そうだ。正確にはお前の特異な術が、だがな」

「あ、そういう事ですか」


 自衛の術と聞いた時点で、どこかしっくりときた。確かにこの魔障壁であれば、守るに適している。

 そして視界の端が揺れる。腰に帯びた剣に手をかけるより先に、魔法陣を眼前に浮かび上がらせた。最早、不意打ちには慣れたものだった。


 空を裂く音が耳に届くのとほぼ同時、甲高い音が響き、目の前の空間に亀裂が入る。一瞬でも遅かったら、首を刎ねていたのではないかと錯覚する程の剣圧と衝撃波が、魔力でできた壁をビリビリと震わせている。


「……ほう。てっきり避けるかと思ったが、良く防いだ。流石に魔法の扱いが上手いな」


 切っ先を向けた張本人は、想定していた通りの魔法の発動にご満悦らしい。褒められている気はするが、獰猛に歪んだ笑みを向けられても素直に喜べない。

 反応が遅れていたらどうなっていたかと思うと、自然と声が上ずった。


「殺す気ですか!?」

「大袈裟だな、ただの峰打ちで」

「いや、刃がこっちを向いてるんですけど」

「気のせいだ」


 そんな筈あるか、喉元まで出かかったその言葉を呑み込む。

 無論、本当に斬るつもりなんてなかっただろう、と思いたい。仮に障壁を張るのが遅れても、寸止めくらいで済んだだろうと理解は出来る。


 だが何も言わずに斬りかからなくても良いだろうに。悪態をつきたくなったが、既にモネの視線は生徒達へと戻っていた。


「このように、『魔障壁』であれば不測の事態に陥った時、最低限、身を守る事が可能だ。ここまで反応するのは難しいだろうが、使えるに越したことはない。何か不備があれば、私がーー」


 と、モネの言葉が詰まる。そしてもう一度こちらに視線をやり、言い直した。

「私とブラッドで修正する」

「俺がして良いんですか?」

「構わん、そういうお達しだ」


 それだけ言って視線を前に。説明を聞き終えた生徒達の空気が、少しだけ和らいで見える。

 なんとか習得しようと奮起する者、自分にも出来るかどうかと顔を見合わせる者、反応は様々だ。まだまだ学生、落ち着きがないのは仕方のない事だろう。


 動揺しているのは、俺の方だった。


 正直、魔法を教える側に回るとは思っていなかった。いつも通り、補佐をするとばかり思っていたし、モネは反対するとも思っていた。

 それに、生徒の身を守る命綱になるかも知れぬ魔法、今更ながら、上手く出来るか心配になってきた。


 その意識ごと掻き消すように、背に痛みが走る。こちらに一瞥もくれず、モネが小声で呟いた。

「子供が変に気負うな。別にお前に一任しようという訳じゃない。数人を見てくれれば良い」

「……ありがとうございます」

「礼を言うところじゃないぞ?」

「ははっ、そうですね。結構痛かったですし」

「なっ!?そんな強く叩いてないだろう。良いから、さっさと教えてこい!」

「はい」


 ぶっきらぼうな物言いだが、気を遣われたのは一目瞭然。そのくらいの優しさは、この短い付き合いでも感じ取れる。

 せめて、足を引っ張らない働きをしようと、心の中で意気込んだ。





「意気込んだ、筈なんだけどなあ」

「あ?なんか言ったか!?」

 何故、また斬り合いをさせられているのだろうか。この不良、ジン・シュナイダーという少年は、毎回のように斬りかかってくる。覚えたての魔法を試したいのだろうが、試し斬りにされるのは困る。

 それに、元々は障壁を教える時間なのだから、あまり時間を割いていられない。


「なんか、欠伸が出そうだな」

「おいコラッ!なんつったテメェ!!」

 少し煽っただけで、重心がブレた。その隙に間合いを詰め、肩口の岩にある、魔力の解れに軽く剣を押し当てた。大した衝撃を与えずとも、鎧はボロボロと崩れ落ち、土くれ同然となった。


「はい、おしまい」

「はあっ!?何しやがった!?」

「怒りすぎなんだよ、だから魔力操作がブレる」

「キレろっつったのはお前だろうが!」

「そこまで雑な説明はしてないだろう。怒りが原動力って言っただけで」

「同じだろうが!」


 違うと言いたいが、俺に説得力がないのは明らかで、否定とは別の言葉をかけることにした。

「それより、真面目に授業を受けてくれ。本当、斬られそうだから」

「あ?何言って……」

 目配せを送れば、流石のジンも血の気が引いたのが見て取れた。


「分かってくれたか?」

「……ああ」

「助かる。あの人を見てると、本当に視線だけで殺されるかもって思う事があるからな」


「ジン。あまりブラッドさんを困らせないで下さい」

 一悶着が落ち着いたのを見計らって、エミリーとラインハルトが近づいた。呆れるエミリーと違い、ラインハルトは友人の健闘を称えた。

「まあでも、今日は結構続いたね。そろそろ一本くらいは取れそうじゃない?」

「んな訳ねえだろ、明らかに手抜いてやがるってのに」

「人聞きの悪い。それなりに真面目にやってる」

「あの、そろそろ『魔障壁』の事を……」

「ああ、ごめん」


 とはいえ、障壁自体の魔法陣はそこまで難しくはない。分かり易く地面へ向け描き出すと、薄い白光が溢れだした。

「これを描き出せば、一先ずは壁が完成する。詳しくは、そのあとで説明しよう」

 伝えると、三者三様に杖を振り発動を試みる。だが当然というべきか、三人共上手く壁のようにはならなかった。ジンに関しては、発動すら出来ずに杖を握り締めている。


「おい!魔法出ねえぞ!!」

「最初から出来たら苦労しないだろう。それに出来てないのはお前だけじゃない」

「ですが、魔力は流れているので失敗という訳でもないかと思うんですけれど……」

「そうかな?僕はあまり変化はないけど」


 手応えに個人差があるのは織り込み済みではあったが、エミリーは魔力への反応が鋭い。流石は王族というべきだろうかと、そんな思案をしつつエミリーの魔法陣に近づいた。


 こちらの挙動にびくりと体を震わせ、身構えるエミリーに構わず魔法陣に触れる。そこには確かな感触があった。

「あ、あの、私何か不味い事でも?」

「いや、大丈夫。ちゃんと出来てるよ」

 魔障壁はまだまだ柔く、素手で殴っても壊れてしまいそうな頼りなさではあるが、最初であれば上々。

 実感は違えど、魔法陣を描くことは出来ている。習得を進めるべく、改めて三人に向き直った。


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