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44仕組み

 授業が始まる前に、シーを中庭の片隅に呼び出した。まだほんの数日しか経っていないのに、目に隈はなくなり、顔色もすっかり良くなっていた。それでも尚、彼女が顔をしかめているのは、もう一つの要件のせいだ。


「……いきなり、あの箒に乗ったんですか?」

「ああ」

「……よく無事でしたね」

「やっぱりまずかったのか」

 告げられた事実に、シーは目を丸くした。娘のこの反応を見る限り、やはり推奨される行為ではなかったらしい。


「せめて説明くらいして欲しかったな。いや、箒もらっといてそれは図々しいか」

「すいません、素直じゃなくて。でも、お母さんもお父さんも、本当に感謝してるんですよ。絶対顔には出さないでしょうけど」

「そうか?死にかけたけど」

「ふふっ。そうですね」

「笑うところじゃないぞ」

「すいません」


 誤魔化すように咳払いを一つ。まだクツクツと肩が震えている気がするが、確認したいことがある為、流しておく。

 それよりもまずは、答え合わせをしたかった。


「で、あの魔法陣なんだけど、只の『加速』じゃないんだよな?」

「その顔は、説明しなくても分かってるんじゃないですか?」

「まあ、何となくは。魔力の増幅か何かだとは思ってるんだけど」


「殆ど正解ですよ。私自身、乗せてもらってはいないので詳しくは分かりませんけど、銀の装飾の裏に、『循環』の魔法陣が刻まれていた筈です。それが魔力の巡りを向上させ、推進力へと変える。そういう仕組みらしいです」

「銀細工の裏か、それは気付かなかった。魔法陣の裏に魔法陣を敷く発想は面白いけど……」


 それだけなのかと、些か疑問に感じられる。記憶に新しい光景を思い出すと、どうにも腑に落ちない。

 話の通りなら、あんなに御しきれない程の勢いになっただろうか。何か、もっと別に仕掛けがあるものと思っていた。


「えっと、それともう一つ」

「なんだ?」

「その魔法陣を刻む時、水銀を混ぜ込んだそうです」

「水銀……。それで何か変わるのか?」


 水銀。貴金属を魔法薬に混ぜるのは知っているが、魔法陣に使うというのは、あまり耳にしたことがない。しかしそれこそが肝なのだと、シーは言った。その声音は、いつもよりほんの少し誇らしげな響きを伴っていた。


「普通、二つの呪文を混ぜると反発して上手く発動しないそうですが、水銀を混ぜると、その反発すら威力へと変えてしまうそうです。その分、繊細な魔力制御が必要ですから、やっぱり扱いは難しいらしいですけど」


「ならあの時は、魔力を込め過ぎたのか。反発で起こる衝撃は随分大きいんだな」

「はい。だから本来、魔力の乏しい魔術師の為に試作したんだそうです。結局、運用はされませんでしたけど、運用出来れば少ない魔力で高威力の魔法が……あの、話聞いてます?」

「ああ、ごめん。楽しそうに話すなと思って」

「え?そう……でしょうか?」


 口をついて出た率直な感想だった。いつもより流暢というか、言葉に熱が籠っていると感じられた。今更のように自身の声音に気付き、気恥ずかしくなったのだろう。誤魔化すように、ほんのりと紅潮した頬を掻き、弁解するように口ごもった。


「……一応、両親が発見した方法ですから、それで、その……ちょっと嬉しくて」

「そうか」


 母親との剣呑なやり取りを見てしまった時は、両親をこんな風に語るシーの姿を想像できなかった。エダにしても、娘を道具にしか見ていないような、そんな言い分だったと記憶している。

 あの老人の言い分を鵜呑みにするなら、それも店を営む魔術師としての重圧がそうさせたらしいが、今回の一件だけで変わったと思っていいものだろうか。


「あの、私が言うのも差し出がましいかも知れませんけど」

「ああ、どうした?」

「あの箒、乗りこなして下さいね。きっと、先生の力になってくれますから」


 それは、母親に入れ知恵されての言葉だろうかと、そんな思考が過った。だが真っ直ぐに見据える瞳に、そんな打算があるとは思えない。


 それに、仮に本心でなかろうと、やることは変わらない。ならば素直に受け取る。


「ああ、努力するよ」

「ホントホント、先生が箒から落ちて死ぬなんて、格好つかないもんねぇ」

 陽気な声がした途端、肩が重くなった。乗せられた腕を払いのけ、後ろへと視線をやる。


「ガレット、ちょっとは空気を読んでくれないか?今、良いところだったろう」


 それに距離が近い。息が耳に掛かり距離を取れば、鈴を転がすように笑った。

「シー、モネちゃんが呼んでたよ」

「えっ?うん……じゃあ先生、また」

「ああ、また」


 聞かれなかったかと気まずいのか、シーがシグマの顔色をチラチラと見ている。その後ろ姿が校舎に消えると、隣から感慨深げな声が漏れた。


「いやあシーちゃん、すっかり打ち解けたねえ。私は嬉しいよ」

「年寄りみたいだぞ。誰目線だ?」

「ひどぉい。シーの事はあんなに気にかけてる癖にぃ。こんな人気の無い場所に呼び出して何する気だったのかな?」


「酒でも飲んでるのか。あと近い」

「あはは、照れてるの?可愛い」


 何を言ってもからかってくる姿勢が全く切り崩せる気がしない。あしらうのも面倒になっていると、シグマは押し付けていた身体を離した。


「で、何しに来たんだ?」

「ん?さっきから言ってるじゃん。シーを呼びに来たんだよ」

「わざわざ柱の陰に隠れて、聞き耳を立てながらか?」

「……っ!」


 普段通りに取り繕おうと浮かべていた笑みが、不意を突かれて消える。言い訳をする意味もないと観念したように溜息を一つ吐いた。


「分かってたなら、最初から言ってよ。気を遣ったのに、やんなるなぁ」

「悪い。随分と真剣に覗いているなと思ってな。声をかけても良かったのに」

「だって、ずっと魔法の話しかしないんだもん。私、別に勉強したくて隠れてた訳じゃないし」


 視線を外して薄く微笑んだガレットは、訥々と言葉を零した。いつも軽薄そうな態度を取っているからか、その響きは本心を語っている様にも、嘯いている様にも聞こえた。


「でも良かった。あの子、最近ずっと塞ぎ込んでたから。私に何も言ってくれなかったのが、ちょっと寂しいけど」

「巻き込みたくなかったんだろう」

「分かってるよ、あの子はすぐ自分一人で抱え込んじゃうから」

「そうだな、そう思うよ」


 話を打ち明けられた時は、本当に生気が感じられなかった。放っておくと、そのまま消えてしまいそうな、そんな儚げな気配を纏っていたように思う。付き合いの浅い俺でもそう思うのだ、シグマにとってはもっと顕著だったのだろう。


「それが、登校したら問題が片付いたなんて言われるし、あんな風に笑えるようになってるし」

「誰から聞いたんだ、そんな話」

「モネちゃんに聞いた。ていうより、押しかけちゃった」


「その呼び方、いい加減怒られるぞ?」

「もう怒られたよーだ。それでも止めなかったら、すっごい渋々だけど折れてくれたよ」


 こいつのその執念は一体どこから来るのだろうか。しかし生徒に押し切られ、頭を抱えつつも了承するモネの姿を想像すると、不思議としっくりきてしまう。


「はぁ。まあそれはこの際置いておくとして、よく聞き出せたな」

「女の涙は武器になるからね」


 自慢げに胸を張っているが、そんな簡単な話でもないだろう。あの人が、その程度で事情を漏らすとは思えない。だがそんな詮索は、言うだけ野暮だという気がした。


「ま、とにかく。ありがとね、シーを助けてくれて。お陰であの子は元気になったし、私も安心した」

「そういうのは、本人に直接言ったらどうだ?」

「そんなの出来る訳ないじゃん。何の為にモネちゃんから聞き出したと思ってんの」

「別に、遠慮することはないと思うけどな。隠してる方が、コールドも嫌なんじゃないか」


 シーの心根を理解しているつもりはないが、それでも友人に隠し事をしていて平気な性格をしていない事は容易に想像できる。だがガレットは、「うーん」と唸るだけで首を縦に振らない。


「もしかして、恥ずかしいのか?」

「はあっ!?そ、そんな訳ないじゃん」

「その割に動揺してるぞ?」

「う、うるさいなぁ。だって私、そんなキャラじゃないし……」


 彼女にしては珍しく、頬を赤らめている。そんな事で、というのが本音だが、それも女心だと言われてしまえば、こちらに返す言葉もない。


「まあ、そうしたいなら良いけど。確かに、素直なガレットって、なんか気持ち悪いし」

「ねぇ、私にだけ辛辣じゃない?これでも私なりに考えてるのにさー」

「冗談だよ。それよりそろそろ戻らなくていいのか?」

「え……って、ああっ!もう授業始まっちゃうじゃん!!」


 シグマが後ろの時計を振り返ると、それを待っていたように予鈴が鳴った。さっきまでの真面目な気配は何処へやら、今度は糾弾するような視線がぶつかった。


「なんでもっと早く教えてくんないの!?」

「いや、そんな空気じゃなかったし。それに俺は暫く暇だから、慌てなくて良いし」

「最低っ!襲われたってモネちゃんに言っちゃうんだから!」

「そういう事言うの止めろ!おい、服を着崩すな!」


 シャツのボタンを外しかけた手を掴む。まるで悪魔のような笑みを浮かべたシグマから、リムやモネとは異質の威圧感が漂っている気がした。


「ふふふっ、こうなったら先生も道連れにしてやるんだから!」

「止めろ、馬鹿!でかい声を出すな」


 側から見れば、さぞ間抜けなやり取りだろう。バレる前にさっさと教室に返したつもりだったが、結局誰かからやり取りが漏れたのだろう。

 放課後になって、二人仲良くモネのお叱りを受ける事となった。

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