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43意思

 ――拝啓、ロヴロ・ブラッド様。学院の方が、あの夜の詳細を説明してくださいました。あなたのした事は、やはり決して許せるものではありません。


 しかしそれでも、シーを呪縛から救っていただいたこと、命を懸けて守っていただいたことは、心より感謝しております。初めてお会いした日、あなたは占いも予知に通ずる立派な魔法であると仰いましたねーー。


 そこまで読んで、一泊おくように視線を外した。大口を叩いたことを責められている気がして、滅入りかけた心を落ち着かせたかった。人に感情をぶつけられる事が、ここまで神経をすり減らすものだとは思わなかった。

 とにかく、まずは読み切ってしまおうと集中しかけた意識は、バリバリと袋を破る音でかき消された。


「きゃー!なにこれ!」

 次いではしゃいだリムの声、何をしたかは見なくても分かった。そして予想通りの光景が眼前に広がり、呆れたような息が漏れた。

「まだ開けていいなんて言ってないんだけど」

「だって待ってたら日が暮れそうだったんだもん」

 我慢できずに小包みを開けた張本人に向き直るが悪びれもしない。それよりも小包みの中身の方が気になるらしい。


 既に手に持ったそれは、樫の木の幹を思わせる、重厚感のある箒だった。丹念に塗り込まれたであろう油の香りは、丁寧な職人の仕事を彷彿とさせる。それに先端の銀細工に彫られた小さな魔法陣、誰の目にも明らかな事を、リムがはっきりと口にした。


「売ったらお金になりそうね」

「勝手に人の贈り物を売ろうとするなよ」

「冗談よ、怖いわねぇ」

「その割に目が本気だったけど……」

「う、うるさいわね。しないってばそんなこと」


 こちらの視線に居心地が悪くなったのか、壁にそっと箒を立てかけた。俺を無下に扱った相手からの贈り物故の思考だったのだろう、賛成はしないが、少しは理解言出来る。


 自分自身、どうしてあの文面で箒が送られてくるのか分からない。その答えを求めるように、手許に視線を落とす。続きにはこう書いてあった。


 ――魔具を製造する魔術師の前で、そんな不遜な態度を取りながら、つい最近まで箒に跨った事すらなかったなんて、さぞ奇異な目を向けられた事でしょう。

 娘も何度か振り落とされかけたそうですね。本人は笑い話のように語っていますが、親の立場で言わせてもらえるならば、そのような教師に教わっていると周囲に思われるのは不利益になりかねません。


 その箒は、若かりし頃に夫と作り上げた物です。失敗作ゆえ、箒の割には暴れ馬です。魔具としての調整が上手くいっていない試作品ですが、速度は最上級であると胸を張って言えます。

 魔具師に向かって大言を吐いたのです、そのくらい乗りこなして見せて下さいますよね。これがあなた様の箔となる事を願っておりますーー。


「随分乱暴な終わり方ね。失礼しちゃう」

「人の手紙を覗き込むのも、失礼じゃないかな」

 軽くなじる視線を向けたが、本人はどこ吹く風と舌を出し、無邪気に笑った。


 ひょっとすると、彼女も文面から、エダの意思を汲み取ったのかも知れない。


 この手紙は、非難でも賛辞でもないのだろう。だが確かに綴られた言葉は、きっと感謝の意、そして激励も含まれていると、そう感じた。


 認められた訳でも、万事上手くいったわけでもない。だからもっと罵倒や非難の言葉を投げ掛けられるだろうと思っていた。


 代わりに受け取った箒の重みが、手に心地良い。人を一人守った重圧に比べれば、決して重すぎるものではない。


 乗りこなせ。

 まるで挑戦のような文言に込められた想いは、俺の行いが間違いではなかったと、それだけの実力者であったのだと証明しろ。

 そう言いたいのではないか。


 もしそうなら、今すぐにでも試さずにはいられなかった。


「ちょっと出てくる」

「ええっ?今日は相手してくれるって言ったじゃない!」

「今朝、あれだけへばりついてたんだからもう良いだろう?今はどうしてもこれを試したいから……」

「ううぅ~~~っ」


 折角、意気揚々と浮ついた足取りが止まる。

 さっきまでとまた表情が一変、不機嫌な表情になってしまった。しかし家にいても特にやることもないのは事実であり、箒に彫られた魔法陣も気になるところであると、一応は釈明しておく。


「やっぱり小包みなんて開けなきゃ良かったわ」

「さっきまでと言ってる事が真逆なんだけど。夕飯には帰るから」

「ぶぅ……」

「また今度埋め合わせするから」


 そう口にした瞬間、ぱっと表情が明るくなった。余計な事を言ってしまったと思ったが、既に遅かった。


「じゃあ、私も箒に乗せて!」

「ええっ?」

「何よその嫌そうな顔は!なんでもするって言った癖に!」

「いや、そこまで言ってないんだけど。第一、どういう箒なのかも分かってないし」

「だからこそよ。私がいれば安心でしょう?」


 一体どこから来る自信なのか、リムは誇らしげに胸を逸らした。正直言って、乗せたくない理由は単なる意地悪ではない。

 年相応の娘を乗せるのとは訳が違う、はっきり言ってしまえば作り物の肉体は物理的に重いので、前までの箒と比較になるか分からないというのが本音だった。


「ロヴ、今失礼な事考えなかった?」

「そんなことないから。にじり寄ってこないで」

 こんな時だけ、本当にやたらと勘が鋭い。だが口に出せば、箒の一本くらい簡単にへし折りそうだ。それは避けたい。だから俺に出来る事は、諦めてその申し出を受け入れるくらいしかなかった。





「うわあ!ロヴ、あれ見て!私達の家が小さく見えるわ」

「元々そんなに大きくないだろう。ていうか、身を乗り出さないでくれないか?」

「良いじゃない、落ちても死なないわよ」

「例えでもそんな事言うなよ、縁起でもない」


 折角の飛行が台無しだ、そう悪態をつきたくなるが、頬を撫でる風はそんな気分すら吹き飛ばしてくれる。

 背後から腰に手を回しているリムも同じ気持ちのようで、風に揺られる心地良さに身を委ねている。


 普段見る事の出来ない空からの眺めは、さながら自分が鳥になったような錯覚に包まれる。それは決して嫌なものではない。出来ればこの時間を堪能していたいが、ものの十分もしない内に、背後から欠伸が聞こえた。


「ねえ、ゆっくり飛び過ぎじゃない?もっとかっ飛ばしてよ」

「言うと思った」

「あー!そういう事言うのね。すぐ私を邪魔者扱いして」

「別にそこまで言ってない!揺らすなってば、落ちる!」


 舵が明後日の方向に切られ、危うく体を宙に投げ出すところだった。だが非難の視線を向けても、それ以上に凄まれるのがオチである。本人は落ちても平気と高を括っているのだろうが、生身のこちらとしては良い迷惑だ。


「言われなくても、すぐ魔法陣を試すよ」

「良いわね!何が起こるの!?炎でも吐くのかしら?」

「そんな訳ないだろう、普通の加速だよ」

 手元で煌めいている魔法陣は『加速』の陣、の筈だ。だがそれにしては少し違和感がある。


 さっきから魔力を抑えているが、気持ち悪いくらいに飛べるのだ。これで失敗作というのは、理解に苦しむ。


 確かめるには、魔法陣に魔力を注ぎ込む必要がある。だからという訳ではないが、本当は一人が好ましかったのだ。

 そんな事を露ほども気にかけていないであろうリムは、加速に対してどんな想像をしたのか目を輝かせている。


「もっと速く飛べるの!?どれくらい?早速やって!」

「振り落とされても知らないからな」

「そんなことする気ないでしょう?」

「放っといたら怒るだろう?」

「当たり前でしょう!」


 どうしろと……。


 最早相手をする気にもなれず、魔法に意識を集中させる。銀細工に指先で触れ、魔力を込め直す。直後、箒に魔力が巡った。

 血液が体に巡るように循環したそれは、まるで身震いするかの如き振動に変わった。初めは手だけに収まりそうだった揺れが全身を揺らし、額に嫌な汗が流れた。


「リム、掴まれ!」

「えっ?」


 リムが腕に力を込めるが早いか、視界が大きく歪んだ。優しかった風が唸りを上げ、吹き抜ける風で皮膚が切れたかと思った。


 リムが背中越しに何か叫んでいるが、音を置き去りにする状況下では聞こえる筈もない。

 上下の感覚が狂い、焦点が定まらない。このまま壁に衝突でもすればどうなるか、想像もしたくはない。


 柄が曲がりそうな程に力を込め、舵を取る。だが勢いの収まる気配がない。あまり悠長な手は打てない。


「仕方ない!」


 人気の無い場所を選び、強引に不時着を試みる。

 着地点を決め滑空する向きを調節する。魔力で軋む箒を抑えつけ、森の中へ。

 あれだけ上空にいたのに、既に地面が目と鼻の先に迫っていた。


 タイミングを見誤るな、そう自分に言い聞かせるように呼吸を整え、手をかざす。


「ロヴ、どいて!」

「はっ!?」


 魔法を放つ寸前、リムは下へと飛び降りた。咄嗟に言葉が出ず、魔法を放つ瞬間を逸した。悲惨な未来が間近に迫る。


「…………ッ!」

 地面にぶつかる衝撃に、地響きが体全体に伝わる。砂埃が視界を奪い、身が強張る。決して箒は離さなかったが、それよりも気掛かりなのは……。


「リム!無事か!?」


 少しずつ砂埃が収まっていく。同時に、地面に突き立つような輪郭が少しずつ露わになる。冷や汗が背筋を伝い、恐れにも似た焦燥が滲んだ。動きを止めた箒から降りれずにいると、良く通る声が耳に届いた。


「問題ないわ」


 視界を向けた先には、リムが柄を思い切り掴んでいた。空を裂く程の推進力を、力づくで止めたのである。地面に足をめり込ませて、杭の役割を担ったリムが、誇らしげに笑っている。


 寿命が縮むような体験のせいで力が抜け、俺は地面へと転がった。

「そういうのはやめてくれよ、心臓に悪い」

「でも、私がいて良かったでしょう?ロヴ一人なら、今頃ぺしゃんこよ」


 したり顔でリムが地面から這い出した。その顔に無性に腹が立ち、側にしゃがみ込んだ彼女の額を軽く小突いた。


「痛ったぁ!何するのよ!?そこは撫でるところでしょう!」

「ごめん、つい」

「酷い!折角身を削ったのに!」

「悪かったよ。助かった」

「よろしい!」


 本当は『柔化』の魔法を地面に放つ算段だったから飛び出す必要はなかったのだが、気分を害してしまいそうなので言わないでおく。


「それより立てる?ああもう、埃だらけじゃない」

「そっちの方が大変だろうに」

 手を借りて立ち上がる。そして自分と、ついでにリムの服からも土を払う。


「ロヴ、なんだか父さんみたい」

「それだとリムは子供になるけどね」

「むぅ……私はお姉ちゃんよ」

「はいはい」


 むくれて膨らんだ頬にハンカチを押し当て、拭う。すると、リムは喉を鳴らす飼い犬のように目を細めた。


「ふふっ。こんなに優しくしてくれるなら、頑張った甲斐があったわ」

「頼むから、次からはもう少し安全な方法で体を張ってくれよ」

「それは難しいわね」

「言うと思った。それより、それ返してくれる?」

「あ、ごめん」


 指摘を受け、抑えつけていた箒から手を放した。魔力が尽き動き出しはしないであろうそれに、慎重に触れる。手紙を読んだ後の高揚感はいつしか消え、どっと疲労が吹き出してくる。


「本当は恨まれてる、なんてオチじゃないと良いけど」

「もしそうなら私、きっと殴り込みに行ってしまうわ」

「それだけはやめてくれ」


 それに、箒の仕組みは何となくわかった。今日のところはそれで良しとしよう。


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