4レッドキャップの仕事
身構えている俺の前で、彼女は立ち止まった。
すると、俺は首根っこを掴まれた。そして、目の高さに持ち上げられたかと思うと、鼻先を舐められた。
「うわ、何すんだ!」
俺は鼻を拭った。
「なあに?最近の人間はありがとうも言えないの?」
そう言われて、俺は異変に気付いた。
さっき熊に受けた傷が消えている。
「シルバーベアーの爪には毒があるの。私達の唾液には回復能力があるから、いつもこうやって治してるのよ」
文字通り、唾をつけておけば治るってことなのか。
俺を下した彼女に聞いてみる。
「レッドキャップって人間を虐殺するのが好きだと思ってた」
「またその話?どんな相手でも、意味もなく殺したりしないよ」
彼女がため息をついた。
そして、帽子を見上げる俺に続けて教えてくれた。
「ああ、帽子は木の実で染めてるだけだよ。レッドキャップは染め物を作るのが得意だからね。間違っても血なんて使ってないから」
なんか、思ってたのと違うぞ。俺はすっかり安心した。
「俺はロヴロです。さっきは助けてくれてありがとうございました」
「私はルル、見ての通りレッドキャップだよ。ここには仕事で来たの」
そこまで言うと、ルルは俺に勢いよく顔を近づけた。
「そうだ。君、この辺に住んでるの?」
「はい。そうですけど」
「実は、今日泊まる宿を探してるんだけど、どこか良いところない?」
ここは森だ。俺達の家族以外は、誰もこの辺に住んでいない。宿は森を出た市街地にしかないと思うけど、俺はあまり詳しくはない。
「この辺に宿はないと思います」
「そんなあ、じゃあ野宿か」
ルルは肩を落とした。がっかりしていることが俺にも分かった。
「あの、俺の家に泊まりますか?助けてもらったし、理由を話せば両親も分かってくれると思うし」
ルルの顔が明るくなった。感情を隠さないタイプらしい。
「本当?じゃあ、お言葉に甘えようかな」
「分かりました。じゃあ、案内を...」
言い終わる前に、ルルが俺を持ち上げた。
「ちょっ、何を」
「私が君を運ぶ方が速いでしょう?大体の方角でいいから教えて」
そう言いながら、ルルは足で見たこともない魔法陣を描いた。
この魔法陣の模様、黒魔術か。
「えっと、ここから北に八百メートル程行ったところに俺達の家があります」
「オッケー。じゃあしっかり捕まっててね」
いや、捕まる様なところないんだけど...。
その後の事はあまり覚えていない。ルルが走り出した瞬間、意識が飛びかけたからだ。
俺が一時間以上歩いた距離を、ルルは五分もかからずに走り抜け、気が付くと家の前に着いていた。
レッドキャップが神速だという噂は本当らしい。
父さんと母さんに事情を話すと、快く承諾してくれた。
「では、食べているものは他の種族と何ら変わらないんですね」
「そうだよ。昔は人間も食べてたらしいけど、あんまり栄養価高くないし」
食卓では、母さんが延々とそんな話をしていた。たまにメモを取っているのを見ると、研究に使うんだろう。あまり聞きたくはないけど。
「それで、ルルさんは何故、こんな森の奥に来たんだい?」
父さんがルルに尋ねた。
俺もそれが気になっていた。思わず身を乗り出す。
ルルは真剣な顔をした。
「私は魔界のギルドで仕事をしててね、依頼を受けたの。シルバーベアーが街に出てきて困ってるって」
人間界にはギルドがあるって父さんが言っていたけど、こっちにも似たようなものがあるのか。
「シルバーベアーを見つけるのは難しくないのよ。大体洞窟みたいな洞穴に群れでいるから、そこを叩けばいいの。幸い、ロヴロのおかげで大体の位置は掴めたし」
急に名前が出たから驚いた。俺は首を傾げる。
「俺、何かしたっけ?」
ルルが俺を見てニヤッとした。
「ロヴロを助けた時、逃げて行ったでしょう?シルバーベアーは危険が迫ると住処に逃げる習性があるのよ」
俺はムッとした。そんな言い方をされると、まるで囮にされたみたいじゃないか。
「あっ、囮にされたって思ったでしょう?まあ、途中から君をつけてたから実際そうなんだけど、助かったんだからいいじゃない」
ルルが何でもないことの様に、へらへらした顔で続けた。
やっぱり泊めるんじゃなかった。
俺が黙っていると、さすがに気を遣ったのか、ルルが提案してきた。
「じゃあ、お詫びに明日の狩りに連れて行ってあげるよ。ロヴロさえ良ければだけど」
「行く!」
即答だった。我ながら現金だと思う。
「いや、いくらなんでもそれは危ないんじゃないか?」
仕事は遊びではない。父さんが止めるのももっともだと思った、が、この時の俺は好奇心が勝った。
「お願いします、父さん。無茶はしないから」
何より、ルルの魔法が見てみたい。ルルが俺の肩に手を置いた。
「安心してよ。いざとなったらロヴロだけでも逃がすから」
父さんはまだ渋っていたが、最終的に折れてくれた。
「分かった。でも、無茶はするなよ」
「ありがとう、父さん」
「ルルさん、息子をよろしくお願いします」
父さんがルルに頭を下げる。
「はーい」
軽いな、レッドキャップは皆こんな感じなのだろうか...。
父さんの後ろから、母さんが顔をのぞかせる。
「ロヴロ、気を付けてね」
「はい、母さん」
そして申し訳なさそうに続ける。
「あと、出来ればシルバーベアーの毛を少しだけ取ってきてくれると、母さん嬉しいな」
研究したいんだな、とは言わなかった。
「分かった。じゃあ、ルルが倒したら、持って帰るよ」
「ありがとう、ロヴロ」
母さんは嬉しそうだ。俺も単純だな。
明朝に出るとのことなので、その日はすぐに寝ることにした。