3遭遇
「まさか、一人で黒魔術を成功させるとはなあ」
その夜、窓を魔法で直しながら、父さんが言った。
家の外壁には焦げ跡までついている。
「しかも、これだけの威力、本当に大したものだよ、ロヴロ」
「...ありがとう」
褒められているのは分かるけど、事故とはいえ、家を壊した負い目のせいで、素直に喜べない。
「ただな、ロヴロ」
窓を直し終えた父さんがこっちを向く。
「黒魔術は危険なものも多い。生半可な知識でやると、命に関わることもある。好奇心は大事だが、いきなり魔法を使わないでくれ」
父さんの真剣な目を見て、俺のしたことは本当に危なかったのだと悟った。
俺は言いようのない罪悪感に駆られた。
「ごめんなさい、父さん」
落ち込んでいると、父さんが俺の頭に手を置いた。
「そんな顔するな。俺もクレアも、お前に怪我がなくてよかったって思ってるよ。黒魔術は、まず知識から覚えていこうな。俺も教えられる程詳しくないけどな」
父さんの顔を見上げる。
知識さえつければ黒魔術を使ってもいい、父さんはそう言ってくれているのだ。
「はい!」
父さんと母さんに迷惑はかけたくない。俺は、一から学び直そうと心に決めた。
次の日、俺は朝から森に出た。
魔力コントロールの練習の為だ。
まずは白魔術の扱いから見直そう。
それまでしばらく黒魔術は封印だ。
俺は獲物を探して、しばらく森の中を歩いた。
しかし、獲物になりそうなものはいなかった。索敵魔法『エコー』にも魔力の反応はない。
俺の魔法の範囲が狭いのか、もう少し広げてみるか。
そう思った瞬間、前方から十匹程のなにかが来るのを感じた。
俺は杖をかまえ、目を凝らす。
すると、奥にゴブリンの集団がこっちに走ってくるのが見えた。
俺は『ファイヤーボール』の魔法陣を描いた。
「集中、集中」
炎を大きくし、ゴブリンの群れに放つ。
炎の球は十匹のゴブリンを楽々と包んだ。
ゴブリンが呻き声を上げて、倒れていく。
成功だけど、昨日使った『ウィスプ』の方が威力は強かったな。
黒魔術がいかに強力かを肌で感じた気がした。
白魔術と同じ規模で考えない方がいいな。
俺は何気なくゴブリンの亡骸の方に目をやった。
彼らの行動に違和感を覚えたからだ。
こいつら、いくらなんでも無防備じゃなかったか?
いつもは棍棒を振り回して襲ってくるのに...。
ほとんどのゴブリンは知能が低い。だが、防衛本能は備わっているはずだ。
自分がやられるのを、指をくわえて見ているなんてことは考えにくい。
だとしたら、考えられる事は...。
俺は、ゴブリンが来た方向を見た。
何かから逃げてきたのか?
『エコー』をもう一度かけたが、相変わらず反応はなかった。
家の近くで何か起こるのは嫌だな。
ただでさえ、この森は修行場みたいな場所だ。
適度に生き物がいてくれないと実践にならない。
「調べてみるか」
何か見つかって解決出来ればそれでよし、手に負えなければ父さんと母さんに相談すればいい。
俺は、さらに森の奥へと進んだ。
しかし、一時間程歩いても、それらしい手がかりは見つからなかった。
ただでさえ暗い魔界の空が少し暗くなった。もうすぐ日暮れだ。
考えすぎか。そろそろ帰らないと、母さんが心配する。
そんなことを考えていると、すぐ近くで何かの唸り声が聞こえた。
声の方を見ると、体長一メートル程の全身白い毛に覆われた熊がこちらを睨みつけていた。
熊の近くには、ゴブリンの死骸が転がっている。
始めてみる獣を前に、俺は身動きが取れなかった。
逃げようとしても、熊の威圧感のせいで、足がすくんで動けない。
どういう事だ?『エコー』には反応がなかったのに。とにかく、何か魔法を...。
魔法陣を描こうとしたが、熊がこちらに向かって突進してくるのが気配で分かった。
俺は、攻撃が間に合わないと直感した。
駄目だ、やられる。
俺は死を覚悟した。熊の爪が鼻先をかすめた。
その瞬間、俺と熊の間に何かが割り込んできたかと思うと、熊を真上に蹴り上げた。
宙を舞った熊は、地面に落ちると森の奥へと走り去っていった。
危機が去ったことが分かった俺は、その場にへたり込んだ。
助かった。誰かは分からないがお礼を言わないと。
そう思っていると、その人がこっちを向いた。
ありがとう、そう言いかけた俺は、その人の顔を見て固まってしまった。
整った顔立ち、切れ長の目、すらりと伸びた脚、だがそれよりも俺は、その人の赤い帽子と髪を見て確信した。
この人はレッドキャップだ。
レッドキャップは、その名の通り赤い帽子を被った悪魔だ。目にも止まらない速さで移動し、人間を殺す種族だと聞いた。帽子が赤いのは、人を殺した時の返り血がかかったものだという説もある。
レッドキャップがこっちに近づいてくる。