27叱責と目撃
「ブラッド、ちょっと来い」
「はい」
授業が終わると、モネにそう声をかけられた。黙ってついて行くと、喫煙室で足を止めた。
「ここで良い、入れ」
促された室内に人はいなかった。煙草を吸う為に来たわけじゃなさそうだ。
部屋の薄暗さも相まって、鋭い眼光がより一層切れ味を増す。
「お前、教師やる気あるのか?生徒とベラベラ話すのは勝手だが、授業中はわきまえろ」
「あっ、はい」
そういうことか。確かに、今日の行動は公私混同も良いところだった。質問というより雑談だったからな。
己の行いを省みて、深く頭を下げる。
「すいませんでした。同年代に接する機会がなかったのでつい。今回のことは、ちゃんと戒めにします。
「…ずいぶん素直だな。もう少し言い訳はないのか?」
「ありません」
モネが軽く溜息をつく。何か変なことを言っただろうか。
「まあ、分かれば良い。お節介かも知れないが、あんまり生徒と関わりすぎるなよ。分け隔てなく生徒を見てこその教師だ。お前の態度を快く思わない者も、少なからずいるだろうしな」
なるほど、気を遣ってここを選んでくれたのか。なら、この言葉は真摯に受け止めるべきだな。それにしてもーー
「何だ?何をニヤついている」
「いや、モネさんもお節介とか気にするんですね。以外と可愛いというか」
「う、うるさい。用がないなら出て行け。もう話は終わりだ」
似つかわしくない言葉だと思ったのか、それとも言われ慣れていないのか、顔を背け煙草に火を点けた。
だが恥ずかしさが消えないのか、暗がりでも分かるほど耳が赤くなっている、煙草は照れ隠しだとすぐに分かった。
「さっさと行け」
「はい、失礼します」
写真を撮りたいくらいだったが、殴られそうなのでよしておこう。
お説教と呼べない程度の叱責をくらい、暇を持て余した俺は、フラフラと中庭を散歩する。
庭に咲く花々はよく手入れが行き届いているから、見ていて癒される。
花を眺めていると、聞き覚えのある声が聞こえた。険悪な気配を察知し、歩を速める。
「なめんなよてめえ!」
「黙ってさっさと来いよ、雑魚共が」
ああ、やっぱり。
シュナイダーが上級生と思しき生徒三人に囲まれている。足元には顔を押さえた生徒が一人。
「おい、何やってる?」
これが喧嘩なら、その仲裁も教師の領分だろう。
俺に助けられるのは癪なのか、シュナイダーが顔を背ける。
その間に、一人の生徒が俺に近寄る。
「こいつ何とかしてください、先生。急に肩をぶつけてきたと思ったら、殴りかかってきたんですよ」
「ああ?ふざけんな。てめえが売った喧嘩だろうが」
シュナイダーが食ってかかる。
確かに血の気が多いし、素行も決して良くはないが、被害者だと主張する側に、どうにも違和感がある。
かと言って、この上級生達の言っていることも確かめる術がない。
目撃者でもいれば別なんだが…いや、いないこともないか。丁度良い位置を探し、周囲を見回しては歩き回る。
「おい、一体何やってんだ?黙ってねえで何とか言えよ」
「ああ、悪い。すぐに済むから」
シュナイダーの隣を通り抜け、隣の花壇の前に腰を下ろした。熟れた果実のように、紅黒い薔薇が咲いている。
位置的にここで良いか。
「おい、何やってんだ?」
「まあ見てろ。良い考えがある」
手元に小さく魔法陣を出す。
黒魔術『草葉の囁き』、戦闘向きではないが、声なき命に言葉を与える。
魔力を流された花弁がゆっくりと俺の方を向き、首をかしげるように茎が曲がった。
「こんにちは」
「こんにちは」
喋ったうえに、茎や葉が動く花に、皆驚いている。無理もないか。こんな魔法、習う事もなかったのだろう。
目撃者、と呼べるかどうかは分からないが、この花なら全て見ていたはずだ。
「君は、この生徒達のいざこざを見てたかな?」
「うん」
「じゃあ、説明してくれるかな?」
「良いよ」
そういうと、花は上級生の方に花弁を向ける。顔みたいなものなんだろうか。
「その人達が、ピアスの子がガン飛ばしてきたって言ってた。調子にのるなって杖を出そうともしてたよ」
ピアスの子はシュナイダーのことだろう。
「ピアスの子は身を守っただけ。杖を叩いたら、その子が体勢を崩して転んでたよ。杖が顔に当たって痛そうだった」
「だ、そうだよ」
勝ち誇った顔をするシュナイダーとは対照的に、上級生は恨めしそうに花を睨んでいる。
もうやることはないだろう。加害者だとばれた以上、強気にもなれない。
俺は花に目を落とした。
「ありがとう。あと、これからほんの少しの間、話ができてしまうけど、すぐ解けるから。ごめんね」
「大丈夫」
花は何ともないという顔?をしている。俺は指で花びらをくすぐった。
服についた土を払い、立ち上がる。
上級生達は、責任のなすりつけ合いを始めたが、知りもしない生徒をどうこう出来はしないだろう。
「もう話は終わったろう?ほら、散った散った。午後からも授業あるだろう?」
その言葉に上級生が安堵する、一人を除いては。
「納得いかねえ、急にでしゃばってきやがって。しかも花が喋るなんて魔法、見たこともない。適当に魔法仕込んだんだろう
顔を押さえ、うずくまっていた生徒が立ち上がる。
「失礼だな、花も生きてるんだぞ」
「そういう問題じゃねえよ。こんな落ちこぼれかばって何になる?」
「何の話だ?シュナイダー、お前も授業だろう」
「うるせえ、指図すんな!」
さっさと行けばいいものを。しかしこの無下にしたようなやりとりが引き金になった様だ。強い魔力を感じた。
「俺を、無視してんじゃねえ!」
うずくまっていた生徒が杖で魔法陣を描き始めている。
この歳では逸るのも仕方ない事だが、こんなところでドンパチはごめんだ。幸い目撃者もいない、と思いたい。
「シュナイダー、目を瞑れ」
「あ?」
魔法陣を出すと、上級生達を薄い透明の織物らしき物質が取り囲んだ。
それが霧散すると、生徒は虚ろな目をして、校舎へと戻っていった。状況が読み込めないのだろう、目を開いた途端、唖然とした顔をこちらに向ける。
「おい、何したんだよ?」
「記憶を書き換えた、下級生をいじめてはいけないって暗示付きで」
「何のために?」
「そりゃ、暴力教師なんて噂でも立って欲しくないからな。目撃者はいない方がいい」
「俺が見てるじゃねえか」
「なんだ、記憶をいじって欲しいのか?」
冗談のつもりだったが、警戒して口をつぐんだ。まあ、余計なことは言うなって脅しには充分だったからいいか。
常備されているジョーロを取り出し、シュナイダーに手渡す。
「んだよ、これ」
「水やり。どうせ授業ふけるんだったら手伝え。サボリ魔」
突き返されるかと思ったが、意外なことに、大人しくジョーロを受け取った。
「花にもお礼を言っとけよ、助けてくれたんだから」
花にも感情はある、助けてくれたのはあの花の性格が大きい。
俺に舌打ちはするが、花に対しては頭まで下げている。
「良いよ」と花が言ったので、俺に聞こえない程度に謝ったのだろう。
真面目なのか不真面目なのか、まだ判断しかねる。それより、俺って花よりも嫌われてるのか。さすがに傷つく。




