24公爵
そして、約束の日は二日後に控えている。
気にしないようにしたが、授業が疎かになっていないかは不安だった。
「やっぱり、引き受けるべきじゃなかったか」
「何をですか?」
教員用のデスクの前でうなだれていると、ファナに声をかけられた。
「いえ、こっちの話ですよ」
「隠さなくてもいいんですよ。明日のことでしょう?院長から聞いちゃいました」
「あの人、本当に口が軽いですね」
「ふふっ。あれでもやる時はやるんですよ」
相変わらず天使みたいに笑う人だ。これで癒されない男などいないだろう。
「それに、あんまり緊張してる様には見えませんよ。授業もちゃんとこなしてましたし」
「まあ、魔法陣に多くの魔力を練るところから教えてますから」
魔力を最大限込めようとすると、陣が滲んでしまう。そうなれば魔法は発動しない。
魔力にも個人差があるから、そのギリギリをまずそれぞれの体に覚えさせることにした。
このやり方に、モネも異論はない様だった。相変わらず俺に教えてもらいに来るのはガレットとシャルロットくらいだが。
すっと俺に近づき、耳元で囁いてくる。
「その自称勇者に何をしたか、終わったらこっそり教えてくださいね。楽しみにしてます」
「あまり期待しないでくださいね」
その男の話を聞き、女の敵だと感じたのだろうか。鼻っ柱を折られるところが見たいのか、いかにも悪戯っぽい笑みを浮かべる。
そして、当日ーー
「本当にごめんなさい。休日なのに、こんなことで呼び出してしまって」
王城の裏で落ち合う約束をしていたシャルロットが、まだ謝っている。
「いいよ、こっちの国のことを知るきっかけにもなりそうだし」
「そう言っていただけると、気が楽になります」
胸を撫で下ろし、城の方へと向き直る。
「お母様が謁見の間で待っています。ご案内します」
「よろしく」
今回は公爵が正面から来る為、余計なトラブルを避けるべく地下から入る。シャルロットのささやかな配慮だ。
地下室を出て、一階に上がる。今回は事態が事態なので、衛兵も場内をうろついている。
何人かに敬礼されたところを見ると、話は通っているのか。
謁見の間の玉座に、女王は座っていた。
「お母様、お連れ致しました」
「ありがとう、エミリー。用が済んだのなら下がっていいわよ」
挙動の一つ一つに、毅然とした気配が漂っている。これが女王の顔か。
シャルロットが会釈をし、謁見の間を後にする。
「ごめんなさいね、先生。わざわざご足労いただいて」
「構いませんよ」
必要最低限しか物を言わない。母親としての顔を知っている手前、王の威厳を感じるには、充分だった。
「私の隣に立っていてください。何かあれば、その時に改めて」
「分かりました」
隣で待機し、前を見据える。空気にあてられる方ではないが、それでも緊張を覚える。
しばらく待つと、衛兵が一人駆け寄ってきた。
「国王陛下、ご到着なされました」
いよいよか。
奥の扉が開き、男が歩み寄ってくる。周りに二、三人の兵を連れている。
「何度見てもしみったれた場所だな、ここは」
吐き捨てるように文句を唱えている男、見るからに偉そうだ。
というか、予想より遥かに小さい。公爵家のマントが、地面に擦れてしまいそうだ。
不恰好な男は、玉座の前で礼をした。
「ご機嫌麗しゅう、姫」
「私は女王ですし、そうでなくてもあなたに姫と呼ばれる筋合いはありませんよ、ディーン公爵」
冷たい。
本当に嫌いなんだな、目も笑っていない。
「その他を寄せ付けないその目も素敵だ。まさに、高貴な俺にこそふさわしい」
すごいな、こいつ。脈ナシだと言われているのに、この反応。めげないってレベルじゃない。
「姫も俺と結婚した方が得だぞ。何たって、選ばれし者だからな」
ディーンは自信満々に自分の目元あたりを指差した。
「見ろ、この痣を。これを勇者の証と言わず何だと言うんだ?」
俺は目を細めてディーンの顔を見た。確かに痣というか、生まれつきらしき傷跡がある。あるにはあるが…なんというか。
「薄っ」
つい、言葉が口から漏れ出た。こんなもの、見比べたりしなくても偽物だと分かりそうなものなのに、周囲にもてはやされたのだろうか。何だか哀れになってきた。
「俺といれば、こんなチンケな城からもおさらばできる、欲しいものは何だって手に入る。何が不満だ?」
不敵な笑みを浮かべて、ディーンは宣う。
俺は女王の顔色を伺った。
手の施しようがないという、半ば諦めている顔だった。
頭を抱えるまでに抑えているのは、人前だからだろう。
心の中で罵倒していそうだな、と思いつつ、次の言葉を待った。
「何から何までです、公爵。先日から言っているでしょう?私は実力が伴わない、口先だけの男は嫌いなんです」
「なるほど」
その男は、俺を睨んできた。シュナイダーの方が、まだ迫力があるな。
「そいつが俺への腕試し要員という訳ですか、姫?」
発想が急転換してきたな。
女王もこれは想定外だったのか、言葉に詰まっている。
「いえ、彼は御付きであって…」
「分かりました。私の実力、しかと見せつけてご覧に入れます」
人の話を聞けよ。そんな事して何になるというのか、そんな申し出受けるはずもない、と思ったのだが…。
「…分かりました」
思わず声が出そうだった。だが、顔色を伺うと、言葉を切らずにはいられない。
申し訳ないと、その顔に書いてある。シャルロットとそっくりな顔だ。
「では、先生。お相手して差し上げて」
「はい…じゃない。かしこまりました」
止めよう、下手な演技はするものじゃない。
「先生?それにその格好、君か、噂の学生教師というのは」
何だその矛盾語法。いや、でも仮にも公爵だ、こういう時は愛想だ、愛想。
「ええ、恐らく」
顔がものすごく引きつる。こんなに社交性がなかったのかと、不安になる。
「ふはは、それは光栄だ。そのくらいの相手でなければ、面白みがない」
ここまで言われると、嫌味よりむしろその自信がどこから来るのか確かめたくなってきた。
「お前たちは下がっていろ」
よほど余裕なのだろうか、後ろの取り巻きを手で制している。
公爵って言ってたよな。伝統の魔法でもあるんだろうかと、ほんの少しだけ興が乗った。




