23悩みの種
夕食の豪華さは、さすがの一言だった。
前菜からデザートまで、次々と見たこともない料理が出てくる。
しかも、それを女王とその娘に囲まれて食べているのだから、かしこまるというものだ。
それだけなら良かったが、何故か、女王が隣に座っている。
「はい、ロヴロ君、あーん」
「あの、もうほんとに結構ですから」
俺に隣に座るよう促したから何かと思えば、まさか食べさせられるとは…。
疑わなかったのも悪いが、さすがにこれは恥ずかしい。まるで赤ん坊だ。
こんな姿、生徒には見せられないな。もうすでに目の前に一人いるけど。
「すいません。お母様は子供が大好きなので」
謝りながら顔を赤くしている。器用なのか不器用なのか。
「ごめんなさいね。嫌だったかしら?」
「いえ、嫌というか…」
こういう時、傷つけずに言うには何と言えばいいのだろう。
そんなこっちの心配もお構いなしに、飯を口に運び続ける。
「ああ、可愛いわねえ。うちも一人くらい男の子が欲しかったわね、エミリー」
「それは、そうですけど」
シャルロット、今は否定して欲しいんだけどな。
大人しい俺に餌付けしながら、女王はため息混じりに愚痴をこぼした。
「はあ、こんな子に求婚されたらな」
「求婚?」
急に話題が変わったので反応に困ったが、一人で話し出してくれたので助かった。
「そうなのよ。あんまり人のこと言えた義理ではないんだけど、おじさまかナルシストしか言い寄ってこないのよねえ」
頬に手を当てて嘆いている。
「知ったような口をきくのは失礼かもしれませんが、一国の王ともなれば、大変でしょうね」
気遣いが下手な俺に、にっこりと微笑む女王。
「良いのよ、優しいのね。本当にエミリーと同い年?」
飼い犬を愛でるように、俺の頭を撫でる。何かとスキンシップの多い人だな。
「いっそのこと君が求婚者ってことに出来ないかしら」
「いやそれはさすがに!」
食い気味で断ってしまった。明らかに冗談だとは思うが、そう思わせない雰囲気があった。
断られた事で、また一つため息をつく。
「そっか、それはそうよねえ」
「当たり前ですよ、お母様。年の差とか言われてしまいますよ」
久しぶりに見る家庭の団欒は、とても微笑ましい。口を挟まずに見守りながら、普段食べない食事を堪能した。
「またあの公爵家の方が来たのですか?」
「そう、本当しつこいのよ。あの自称勇者」
そんな会話が始まったのは、食事が終わり、メイドさんが淹れてくれた紅茶を飲んでいた時だった。
「自称、勇者?何の話ですか?」
「ブラッドさん、伝承のこと、ご存知でないのですか?」
「ああ、君は魔界にいたのよね。じゃあ知らないか」
シャルロットも意外という顔をしたが、あくまで無知に対してだ。
この様子だと、魔界出身っていうのは公然の秘密なんだろうか。別に隠す気もないけど。
「こっちの国々にはね、いろんな逸話が民話として伝承されてるの。国に平和をもたらす者、新たな魔法を作り出す者、とりわけ魔力の強い者、いろんな話が語り継がれているわ」
逸話ということは、全てが実話ではないんだろう。話半分に聞いていよう。
「で、面白いのはここからでね、その話にでてくる人のうち何人かに、顔に痣があったって語られてるの」
「痣?」
ひょっとして、この眼のことだろうか?
「そうなの。子供達は絵本で読み聴かせられてるから、一度は憧れる存在なのよ。実在したかどうかは別としてね」
「へえ、じゃあシャルロットもそうなのか?」
シャルロットに促すと、首を横に振った。
「いえ、私はあまり」
皆、憧れるんじゃなかったのか。
「エミリーが珍しいだけよ。気にしないで」
理由を知っている母親は大して気にも留めていないが、少しだけ気になった。
「何で、伝承が嫌いなんだ?」
「私は、人が亡くなるお話は嫌いなんです。伝承のほとんどが、主人公の死で結ばれるんですもの。亡くなってハッピーエンドなんて、間違っている気がしてなりません」
妙に実感を帯びていると感じた。父親が亡くなっているのだから、思うところがあるのだろう。
意義のある死を遂げられることに憧れるのは悪い事ではない。だがシャルロットはそうでない、ということか。
「ねえ、本題に戻っていい?」
空気を察したのか、女王が声を発した。
「ああ、すいません。自称勇者のお話でしたね」
「そうそう。その求婚者、生まれつきか知らないけど、顔に痣があってね。自分は選ばれし者だって言い回ってるのよ。馬鹿みたいでしょう?まるで自分と結婚することが当たり前みたいな、むしろ幸せでしょって感じで上から物を言うからカチンときちゃって、その場で断ったんだけど、妙にしつこくてね」
「なら、その内いなくなりますよ。勇者は短命なんでしょう?」
「ブラッドさん!」
今のは失言だった。こういう発言には神経質、という事か。
「ごめん、笑えない冗談だった」
素直に頭を下げた後、思わぬ方向に話が飛んだ。急に思いついたように、女王が両の掌を合わせた。
「そうだ。ねえ、先生。今度そいつが来たら追っ払ってくれないかしら?」
「いや…ええっ!?俺、会った事もないんですけど」
女王はふざけている様子じゃない。そいつが本者かどうかを見極めることは出来るだろうが、それは出過ぎた真似じゃないのか?
「女王の危機だと思って、お願い。この通り」
国王のお墨付きなら問題ない、ということになるのか?
あまり長い事拝み倒されているのも、いたたまれない。
「危害を加えられそうになった時に守るくらいなら…」
「本当?ありがとう。それなら早速だけど、来週にまた来るらしいから、その時にお願い」
回りくどい解釈ではあるが、妙な奴と結婚し、教育の制度が変わる可能性もないわけじゃない。それに話を聞く限り、力ずくの方が話が早いだろう。
悪い虫は早めに駆除しておこう。
それからのシャルロットは、とても申し訳なさそうだった。
礼をする為に呼んだのに、まさかまた迷惑をかける形になったのだから、無理もない。
教師としての生活はまだ始まったばかり。なのに、随分な面倒事に巻き込まれた気がした。




