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21逮捕術

 人間は非常時にこそ、真価が発揮されるもの、とルルとケミィが言っていた。あの二人の意見が一致するんだから間違いないだろう。

 こんな風に試せる機会はそうそうない。

 さて、どんな魔法を使うかな。

 そんな俺の期待を知ってか知らずか、すでに魔法陣を書き始めている。


 幾筋もの光の糸が、白い網を形作っていく。たしか、『ライトストリング』だったかな。

 技の発動自体は及第点、と言いたいが、まだ完全な形を成していない。足元の辺りを絡め取ることは出来るかもしれないが、あれでは上を越されて終わりだ。

「そんなもんにかかるかよ!」

 こちらが予想していた通り、ひったくりが網の少し上を飛び越えた。


「あっ!」

 途端に情けない顔をするシャルロット。

 ひったくりのにやけた横顔が、術者の隣を走り抜ける。

 まあ、逃がしてやる筋合いは微塵もない。シャルロットの足下から、別の魔法陣を出す。

 鎖が蛇のように動き、ひったくりの足に絡みつき、肉へと食い込む。引き剥がそうと暴れ、そのせいで更に締め付けが強くなる。


「黒魔術『ヴァイスチェーン』だ。小悪党が気を失うには十分だろう。相手が悪かったな、聞こえてないか」

 ひったくりは既に指一本動かなくなっている。鎖が頭のてっぺんまで巻きつき、地面へと転がった。


 すぐ横に落ちた鞄を拾い、シャルロットに渡す。

「なんですか?」

「君が返してきてくれ。俺は面倒はごめんだから」

 魔法はシャルロットの足下から出した。遠目からならシャルロットの手柄に見えなくもない。


 シャルロットが鞄を渡していると、騒ぎを聞きつけた衛兵がすぐさま駆け寄ってくる。事情を軽く説明すると、ひったくりは鎖を引きずられていった。恐らくは牢屋にでも入るのだろう。


「王女様、どうもありがとうございました。なんとお礼を言えば良いか」

 鞄を返してもらった女性は、何度も頭を下げていた。

 本人は不本意なんだろうな。

 形式上騙しているのと変わらないからか、表情が暗い。


 一段落つき、女性が帰っていった。

 すると、離れて見ている俺に、シャルロットが近づいてきた。

「酷いですよ、ブラッドさん。私は何もしていないのに。魔法も避けられてしまいましたし」


 やっぱり暗いのはそれが理由か。

 俺は軽くシャルロットの頭を撫でた。

「急ごしらえであれなら上出来だ。ただ、相手も自分と同じ人間、考えて動く生き物だってことは、常に頭に置いておくと良い」


 相手を舐めてかかると、本当に死に目を見ることになる。自分の力を過信すると、ろくなことはない。

 小さい頃の狩りでもそうだったからな。


「…はい」

 微かにだが、そう聞こえた。瞳が潤んでいる。それが安堵からか悔しさからか、今の俺には分からない。

 だから、黙って次の一言を待つしかない。

「家に行きましょうか。色々お話をお聞きしたいですし。それに、少し疲れました」


 そう弱々しく微笑んだ。そんなにショックだったのか。

「ところでその、王城に行くってことは、お母さんはいるのか?」

 話題が変わり、シャルロットの顔色が変わった。

「ええ。いますよ」

「だよな。こんな格好で会うのは、非常識じゃないか?」


 そう言うとクスッと笑われた。

「どうかお気になさらず。でも、そうですね。一応、裏口から入りましょう。そうすれば、警備の方々に会わずに自室に入れます。お母様は大抵、王室か謁見の間で仕事をしていますので、夕食の時にでも挨拶を済ませれば良いかと」


 ずいぶん気を遣ってくれるな。目立たない方が助かるので、その言葉に従うことにした。

「じゃあ、案内を頼むよ」

「はい。着いてきてください」

 気を取り直しといった調子で、改めて先導するシャルロット。歩調を少し早め、その小さな背を追った。



 そして、こちらを見下ろすほどに堂々とそびえ立つ城、その城を囲む城壁の背面に行き着く。裏口といったが、これはどう見ても。

「壁しかないぞ」

 裏には高い石の壁があるだけで、入れそうなところはない。


「ブラッドさんなら、分かるんじゃないですか?」

 悪戯っぽい目を向けている。ということは、何かギミックがあるな。


 不意に左目がチクリと疼いた。城壁の下方に、僅かにだが魔力を感じる。

「この下、階段でもあるのか?」

 シャルロットに尋ねる。まさか当てられると思わなかったのか、面食らった顔をしている。


「本当に何でも分かるんですね」

「分かったのはそこまでだ。どうやって開くのかまでは、考えてないよ」

 そう言うと、シャルロットが壁に駆け寄ってかがんだ。


「ちょっとした遊び心です。この石に家紋を描くと、床が開くんですよ」

 そして、壁に何か書いている。もっとも、なぞるだけなので何を描いたかは見えないが。

「王家の魔力でしか反応しないので、一人で来る時は使わないでくださいね」

 描き終わると、隣の床に階段が出現した。


「へえ。面白いことをするな」

「私が頼んだんです。こういう仕掛けが好きで」

 照れ臭いのか、はにかみながら教えてくれた。

「子供っぽいですよね、こんなの」

「そんな事はない。俺も憧れたことはある」

 書斎にそんなカラクリがないか、よく探しりもした。本当に魔導書しかなかったけど。


「そ、そうですよね。そういうものですよね」

 自分の童心の正常さに安堵したのか、案内に戻ってくれた。

「この階段を降りて地下を通ると、地下室に着くんです。そこから階段で上がらなければなりませんが、ご了承くださいね」


 説明を終え、奥の暗がりへ足を踏み入れる。少しずつ足場を確かめながら、その後についていく。地下通路はまっすぐ続いていた。少し薄暗いが、造りは丈夫そうだ。

 地下室の前に着きドアを開けると、埃っぽい空気が舞った。

「簡素な部屋だな。王城のイメージとずいぶんかけ離れてるというか」

「あんまり、見ないでください。ただの物置部屋ですから。ほら、もう行きますよ」

 背中を押されたので、さっさと階段を上がった。


 二階まで階段を上がると、赤い絨毯が敷かれた廊下へ躍り出た。王家というだけあって、装飾で目がチカチカする。

「豪華絢爛、だな」

「すいません、お父様の趣味で。私は成金のようであまり好きではないんですけど」


 そういうものか。綺麗だと思ったけどな。特に金の柱なんてのは、他ではお目にかかれないだろう。自分もしたいとは思わないが。

 そして、自室に通された。

 年頃の娘の部屋は、予想よりずいぶん広い。それに先ほどの部屋とは違い、ほのかに甘い香りが花をくすぐる。これは、薔薇の香りだろうか。


「良い匂いがするな」

「へ?それは、どういう」

 シャルロットの顔がみるみる赤くなっていく。


 この状況でこの発言は完全にセクハラだ、口に出すより前に気付いていれば良かったんだが、もはや手遅れだ。

「いや、変な意味じゃないぞ!ただ、薔薇の匂いがするなと思って」

「あ、花を生けるのが好きで、きっとそのせいかと」

 シャルロットの言う通り、窓にある花瓶には真紅の薔薇が生けられている。だがそれどころじゃない。自分のせいとはいえ、変な空気にしてしまった。


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