20お誘い
午前中だけのはずだが、何人か生徒に出くわした。
パスをぶら下げていると、訝しみながらも挨拶をしてくれる。
校舎を歩き回るのは、思いの外根気が必要だった。実験室や生物室、図書室などの他には薬品庫や闘技のステージのようなものまであった。
図書室でも覗くか。
そう思いながら歩いていると、背後から声をかけられた。
「ブラッドさん、少しお時間よろしいですか?」
振り向くと、シャルロットが立っていた。
「あれ?てっきり生徒は帰ったと思ってたけど」
返事が返ってこない。緊張しているように見えなくもなかった。
「あの、もしよろしければ、今夜うちに来ませんか?」
突然の申し出に、一瞬呆気にとられる。
「あ、あくまで、助けてもらったお礼という意味で、決して変な意味では…」
必死に手を振って否定している。そこまでされるとむしろ行きづらい。
「どうしようか。礼はありがたいけど、気持ちだけもらっておくよ。同い年とはいえ教師がそういうのは良くないし」
なるべく傷つけない言い回しを選んだつもりだったが、不思議そうな顔でこっちを見ている。
「ですが、お母様はよく学院長を招いていますよ。きっと問題はないと思いますけど」
ルーカスの知り合い?いや、それ以前に入学前の生徒の保護者と、そんなにやり取りをしなければならないのだろうか。
「じゃあ、まあいいか。お言葉に甘えさせてもらうよ」
そう言うと、シャルロットが嬉しそうににっこりと笑う。
リムには適当に言っておこう。他の女の子といるなんて言ったら…想像するだけで恐ろしい。
「ちなみに、どこに家があるんだ?」
「ここからすぐですよ。この国の中心地にありますから」
「中心地?王城に気を取られてよく見てなかったな。商店の一角が家だったりするのか?」
試験の時に見ていたが、中心地は商いの店が多いイメージだったし、家と一緒になっていたりするんだろうか。
「いえ、その王城が家ですから」
…ん?ということは…。
俺は一つ咳払いをした。
「ちょっといいかな?もしかして、シャルロットの両親っていうのは」
「はい、国王です。と言っても、父は他界していますけど」
当然という顔をするシャルロット。
俺は今までの行動を思い返した。何か失礼な事をしでかしていないだろうか。受験の控室でのやり取り、接し方、それに魔法を弾き返して危険に晒したと言えなくもない。
なんだか物凄く失礼なことをしている気になってきた。
「すいませんでした!」
勢いよく頭を下げた。
…思いつかないが、とりあえず謝っておこう。
「ど、どうしたんですか?やめてください。助けられたのは、こっちなんですから」
「いや、育ちが良さそうだとは思ってたけど、まさか王女とは」
「そんな、大層なものではありませんよ。私は王女なんてとても」
頬を赤らめている。育ちの事を言われるのは恥ずかしいのか?
「とにかく、今日はご馳走しますからね。今更、取り消さないでくださいよ」
力強く言い切られてしまった。
肯定以外の返事は聞く気がなさそうだな。
「まあ、いいか。学院長なら許してくれそうだ」
「では、一緒に街を歩きませんか?せっかくですからお話もしたいですし」
それはいいな。どこに何の店があるかくらい知っておきたい。
「それなら、案内よろしく」
「はい」
いい返事が返ってきた。
これも今更過ぎるかも知れないが、これってかなりデートみたいだな。
そう思ってシャルロットを見るが、黙っておこう。セクハラになりそうだーー
「この辺りは、魔道具のお店が多いんですよ。学校が近いので、魔導書のお店もたくさんあります」
校外へ出て通りに入ると、さっそくシャルロットの解説が始まった。さすが繁華街、別に夜でもないのに人の往来が激しい。中には杖の専門店まである。
「ふーん。今度行ってみるかな」
「ブラッドさん、一つ聞いてもよろしいですか?」
横目にシャルロットの顔を見る。それは生徒の顔だった。
「どうぞ。答えられることなら答える」
歩き続けたまま、話の先を促す。
「いつも杖を使わずにどうやって魔法陣を出しているのですか?他の先生方に聞いても、教えていただけなくて」
ああ、そういうことか。それは教えたくないだろうな。
「理屈は簡単だ、でも、それは知らない方がいい」
「…理由を、お聞きしてもよろしいですか?」
シャルロットが露骨に肩を落として聞いてくる。
こちらも教師として答えなければいけない。言葉を考えながら、少しずつ口に出す。
「俺のやってるのは、言ってしまえば曲芸と同じだ。普通に杖を使って魔力を練る方がずっと良い」
「でも、ブラッドさんは」
「俺があの状態で強力なのは、元々の体質があってこそだ。真似してもいいし、鍛えれば使い物にはなるが、いつか必ずツケが回って来るぞ」
病気だとは言わなかった。俺だって下手に聞かれたくはない。
しかし、それでも納得していないのか、シャルロットが食い下がろうと顔を上げた。
同時に、遠くで悲鳴が上がった。
「誰か止めて!ひったくりよ!!」
俺とシャルロットが前を向く。鞄を抱えた男が、道行く人をかき分けてこっちに向かってくる。
このご時世にひったくり?珍しい、というか初めて見た。
が、魔法を使っている様子はない。それどころか、毛ほども魔力を感じない。
ちらっとシャルロットを見る。
あの程度なら、試してみるか。
「シャルロット、止めてみたらどうだ?」
「え?でもそんなこと…」
「大丈夫、いざとなれば俺がなんとかする」
「…分かりました、やってみます」
急な無茶振りに身じろぎしながらも、盗人を捕らえるべく杖を取り出した。怒られるかも知れないが、非常時だから監督不行にはならないだろう。




