2始めての黒魔術
父さんは魔法学者だ。
主に白魔術を研究していたが、最近は黒魔術やルーン文字にも興味を持ち始めたらしい。
そして、それが今の生活の発端だった。
俺達家族は魔界に住んでいる。
魔界には不老不死の種族もいる。親交を深めれば、研究の手がかりが見つかるかもしれないと考えたらしい。
正直、俺は不安だった。
魔界で人間が暮らしているという話を聞いたことがなかったからだ。
人間というだけで蔑まれないか、そもそも生活できるのかと気になっていた。
結論から言うと、全くの杞憂だった。
買い物に行くときに、少し物珍しい目で見られることはあるが、向こうも慣れると優しく接してくれた。
近所づきあいもうまくいっている様だ。
まあ森の奥に住んでるから近所もなにもないけど...。
「悪魔は人間に召喚されることもあるから、慣れているんだよ。不当に扱われない限り、友好的なんだ。でも、知能の低いゴブリンやオークは、見境なく襲ってくるから気をつけろよ」
父さんがそんな風に言っていたことを覚えている。
「じゃあ、母さん地下室にいるから、何かあったら呼んでね」
地下の研究室に降りようとする母さんを呼び止める。
「母さん、家事が終わったら遊んできてもいい?」
母さんが振り返る。
「いいけど、さっき結構魔力を使ったでしょう。無理しちゃ駄目よ?」
「うん。ありがとう母さん」
家事も魔力をコントロールする訓練になる。
炎魔法の調節の仕方は、お風呂を沸かすことで覚えた。
初めてやった時は、一瞬で水が蒸発して怒られちゃったからな。
風魔法で洗濯を済ませた俺は、森に来ていた。
手には水の入ったバケツを持っている。
今日のフロウウォーターはいまいちだったな。今度はもう少し小さくしてみよう。
これが俺の主な魔法の鍛錬だった。
この森には様々な害獣がいる。
害獣と言ってもスライムやゴブリン、あとは蛇や蜘蛛くらいだ。
そいつらを倒すことで、俺は実戦経験を積んでいる。
魔法陣を描くスピードや、魔法の練度が少しずつ増していくのが分かるから楽しい。
たまに熊にあったりもするけど、大体の強さは魔力で分かるし、いざとなったら逃げればいい。
俺は魔法陣を描いて索敵魔法『エコー』をかけた。
近くに小さい反応がある。
「よし」
俺は反応の方に向かった。
反応があった方に走ると、スライムが五匹程いた。
「スライムか、丁度いいな」
スライムは水に強い。魔法が弱いとびくともしない。
だからこそ、練習になる。
俺はバケツを下ろすと、魔法陣を描いた。
「『フロウウォーター』」
バケツの水が浮かび、五匹の小さいドラゴンを形作った。
まだだ、もう少し魔力を練る。
ドラゴンが少し硬くなったことが分かった。
狙いを定め、放つと、弾丸の様に飛んでいったかと思うと、スライムを貫き、水しぶきをあげた。
着弾跡から考えて、地面ごと消し飛んだだろう。
「命中精度は、及第点かな」
ただ、ちょっと強すぎたかな。次は練る魔力を少なくしよう。
しかし、次の標的は見つからなかった。
仕方なく俺は家に帰った。地下室の入り口に目をやる。
母さんは、まだ仕事か...。
部屋に戻り、魔導書の棚を見た。
さて、どうしようかな。
いつもはもうニ、三匹倒すから、物足りない。魔導書の魔法は覚えたしな。
俺は書庫の方を見た。
一番奥の角部屋は、初級から最上級の魔導書が数多く置かれている。
いいか...一冊くらい借りても...。
父さんには魔力の使い過ぎを指摘され、魔導書を持ち出さない様に言われている。
魔力が切れて倒れた前科があるから、自業自得なんだけど。
今日はまだ余力があるから大丈夫、なはず...。
俺は書庫に入った。
改めて見るとすごいな。
棚がいくつもあるのに、それでも入りきっていない。
床に置かれた魔導書もある。
良さそうな魔導書を探していると、黒魔術の棚の所まできてしまった。
そういえば、黒魔術は使ったことなかったな。新しく覚えるにはちょうどいいかもしれない。
俺は初級の魔導書を手に取って部屋に戻った。
部屋に戻り、魔導書の最初のページを開くと、さっそく魔法陣が書かれていた。
でも...何だろう...。
「何か、白魔術より簡単だな」
白魔術に比べると、本当に手抜きにおもえる。
魔法には、属性は色々とあれど、大別すると二種類しかない。
白魔術と黒魔術だ。
例外にあるのは召喚術くらいだが、複雑なのでここでは省略する。
白魔術は、自分の魔力を使う魔法がほとんどだ。
戦闘や実生活でも使えるので、ほとんどの人はこっちを使う。
対して黒魔術は、他人の魔力を使う。魔法というより霊魂に近いだろう。
黒魔術は白魔術に比べて、威力は強いが応用が利かない。
簡単に言えばやりすぎるのだ。
そうでなくとも、自分以外の魔力の使い方など知らないという人の方が圧倒的に多い。
人間より悪魔が好んで使うと、後日父さんに聞いた。
俺は魔法陣の説明文を読んだ。
--初級魔法『ウィスプ』。緑の炎を放ちます。空気中の霊魂を丸く収束させるイメージです--
「攻撃魔法かな。まあ、ものは試しだ」
俺は空中に魔法陣を描いた。文字がない分、魔法陣というより絵に近い。
しかし、結果は予想に反して、いや、予想通りか。
何も起きなかった。
発動した感覚はあったのに、収束する前に消えたような感じだった。
悔しい、出来そうで出来ない歯がゆさがある。
魔法陣は間違ってないだろう。間違っているとしたら...。
「よし、もう一回だ」
俺はもう一度魔法陣を描いた、ただ、魔力を極力込めない様に、だ。
魔法陣に魔力を込めるのは白魔術のやり方だ。
他人の魔力というところが曖昧だけど、空気を収束させるというなら、魔力で包むのが正しい方法じゃないか?
魔力で空気を包んだと感じた瞬間、魔法陣が黒く光った。
その光の前に、握りこぶし大の、緑の炎が浮かんでいる。
やった、成功だ。
そう思った瞬間、炎が窓を突き破り、空中で爆発した。
「え?」
俺はしばらく呆気に取られていた。
攻撃しようとは思ってなかったはずだ。
俺は魔導書を改めて見返した。
説明書きの一番下に、小さくこう書いてあった。
--※注意、攻撃魔法です。魔法陣の向きに真っ直ぐ飛びますので、狙いを定めて打ちましょう。魔力によっては爆発します--
こういうのはもっと最初に書いてくれよ!いや、見落としたのは俺だけど...。
音を聞きつけた母さんに心配されたが、そのすぐ後に黒魔法で研究を手伝う様に言われた。
この時の母さんの嬉しそうな顔を良く覚えている。
きっと俺が被験者なんだろうな...。