17授業とは?
職員室ではずいぶん肩身が狭かった。
挨拶をしても無視されることも少なくない。
やっぱり、未成年を教師にするというのは、よく思われてはいないらしい。
別に泣きはしない、というより居心地が悪いという感覚自体、俺にとっては物珍しいものだった。
なんとも言えない時間を過ごしていると、ありがたいことに声がかかる。
「ブラッド、時間だぞ」
後ろに立っていることに気づかなかった。黙って背後に回り込むのが好きなのだろうか。
「どうした?練習場アルファだ。さっさと行け」
「はい」
俺に話しかける教師がいることに、職員の一部がざわついている。
そそくさと職員室を出て、練習場に向かう。
練習場アルファは確か外にあるはず、と校内を歩いていると、モネも横ぶ。
「えっと、モネさん」
「名前で呼ぶな」
「俺は今日は一体何をすれば?」
ルーカスに手助けするように言われたのだが、細かい内容までは把握していない。
「この授業は元々私が教えるものだ。お前はその補佐に過ぎない。最初に説明されなかったのか?」
「はい、されました」
「なら、黙ってついてこい」
それ以上話すことはないと判断したのか、さっさと行ってしまった。
俺はその背中を追った。
練習場には、すでに二十人ほどの生徒が集まっていた。俺の知っている顔も何人かいる。
向こうも気づき、すごい剣幕で睨みつけられた。
名前を聞いた覚えはないけど、シャルロットという女生徒ごと、影に斬りかかろうとした不良だ。
そして、そのシャルロットもこのクラスにいた。俺を見て目を丸くしている。
見て取れる動揺を意に介さず、モネが生徒に話しだした。
「このクラスの担任を務めることになった、アルフォンスだ。そして、この授業をこのブラッドと共に担当する」
生徒の目が一気に俺に注がれる。
より一層、クラスがざわついた。
「知っている者もいるかもしれないが、ブラッドは君達と同い年だ、なので…」
「納得いかねえ」
不良がモネに詰め寄る。
「そいつ、受験の時にいたやつじゃねえか。なんでそれが教師になれるんだよ。生徒に教えるなんて、できる訳がねえ」
「お前、シュナイダーと言ったか、私も同意見だ」
ジロリと睨みつけたと思うと、モネが激しく頷いた。
同意しちゃ駄目じゃないか?嘘でもフォローしてくれると収まりそうなものを。
「だが学院長の決定だ。君達生徒に拒否権はない。嫌なら辞めることだ」
その一言で、皆黙り込んでしまった。
「だが、正直私もブラッドの評価は分からない。だから、一つ勝負をしてもらう」
「勝負?」
「そうだ。君達全員とブラッドでな」
負ける気がしないと思ったのか、不良が、いやほとんどの生徒がやる気になったようだ。
モネさんと言いかけて、言葉を飲み込み小声で話しかける。
「アルフォンス先生、聞いてないんですけど」
「言ってないからな」
モネは冷たい視線を浴びせてくる。
「さっきも言ったろう?お前の評価は保留しているだけだ。この程度で負けるようなら、本当に辞めることになると思え」
「意地悪ですね」
「自信がないのか?」
そう言われると、特に心配はない、かな。試験の時も大したやつはいなかったし。
いざとなれば黒魔術がある、という俺の考えを見透かしたように、モネに指摘された。
「言っておくが、黒魔術は使うなよ」
「え?」
「当然だろう?私と生徒が見たいのは、お前の才能ではなく技量。はなから会得しづらい黒魔術を使われても、誰も納得しないだろう」
「それは、そうですね」
確かに一理ある。白魔術しか習っていないのなら、黒魔術なんて危なっかしいもの要らないだろうからな。
「理屈はわかりましたけど、いいんですか、勝手にこんなことして」
「学院長の許可は取ったから安心しろ」
やることが早いな、許可するのもどうかと思うが。
一つ深呼吸をし、気を引き締め直す。
モネが全員に語りかける。
「まあ、細かいことはいい。十秒間やろう。各々、好きに魔法を唱えろ。ブラッドも準備しろ」
「はい」
他の生徒は知らないが、シュナイダーの得意魔法は身体強化。強そうなのは、見たところ数人か。
久しぶりに使うか。
俺は腰の赤剣を抜き、分厚い障壁を張った。
ここまで二秒弱。
「おい、今あいつ杖使わなかったぞ」
「どういう仕組み?」
「ドーピングでもしてるんじゃない?」
酷い言われよう。未だに魔法陣を手元に出すと驚かれるんだな。
皆、魔法陣を描いている。見たところ中級の攻撃魔法が多い。
こうやってみると、誰がどの程度魔法が使えるか、結構分かるものだ。
とりわけ魔力を練るのが速い生徒が四、五人目に付いた。
これって、生徒の善し悪しを見極める為の場なのか?
モネはそこまで考えてこんな授業をしたのか。横目で彼女を見たが、大した反応は示さなかった。
そういう訳じゃないんだな…。
カウントがまだ八の時、魔力の流れを感じた。
障壁を迂回して俺に向かってくるそれを、すっと左に躱した。
「せっかちだな」
「十まで待てとは言われてねえだろ」
シュナイダーの斬撃が容赦なく飛んでくる。
それを切っ先で軽くいなし続ける。剣が空を切る度、軽く地面に亀裂が入る。
「身体強化で斬撃にも威力が増すのか、それはやったことなかったかもな」
「てめえ、舐めてんのか!防戦一方じゃねえか!」
「こっちもやることがあるからな」
「十。始めろ、まあもう始めているが」
モネの掛け声で、全員の魔法が飛んでくる、が殆どが障壁にぶつかり、消える。
その様を俺は斬撃を避けつつ眺める。
いろんな属性があるな。さすがに俺だけじゃここまでいっぺんには出せない。
そういえば何個くらいまで一度に出せたっけな。
「おい、いい加減相手しやがれ!」
シュナイダーが切れている。と同時に魔力が上がった。
怒りが源か、面白いけど一人にそこまで時間を割く気はない。
俺は剣を受け流し、大きく一歩踏み込んだ。
シュナイダーの胸元に入り、剣を軽く振り上げる。手元から剣を弾く。地面に無機質に転がったそれを蹴り、切っ先を喉元に向ける。
「まだだ!」
まだ殴りかかろうとしている。慌てて剣を引いて足を払い、つんのめったところで腕の関節をキメる。
「死ぬ気か、お前」
あのまま来たら死んでたぞ、こいつ。
シュナイダーが不敵に笑う。そういうことかと、そこで合点がいった。
後ろからでかい魔法が二つ。こいつは囮か。
振り向くと、雷と火の槍が何十本と飛んできている。
これは障壁では不十分だな。俺は足元に魔法陣を増やした。
俺に向いていた槍が、障壁に当たるや否や方向を変え、一気に生徒の足元に突き刺さった。
生徒から悲鳴が上がる。腰を抜かすやつもいる。やり過ぎたか。
「えっと、大丈夫…かな?」
「俺に聞くな!ていうか離せ!」
あまりに喚くので、手を離した。
自分の腕を恨めしそうに見ている。露骨に振り払われると、傷つく。
「何?今の」
誰かがそう声を上げた。見たことがないとは思わないが、インパクトが強かったかな。
反転魔法『アンチベクトル』。白魔術…だよな?
思案している内に、シュナイダーは生徒の方に戻っていった。
皆大人しくなってしまった。
助けを求めるように、モネを見た。
溜め息をつきながらも、意図を汲み取ってくれたようだ。
「もういいのか?お前ら」
「いや、勝てる気しないですよ」
「今撃てる一番強い魔法がああも簡単に消されるなんて」
ブーイングに近い声が上がる。
「えっと、俺は合格…ですかね?」
「少しは加減を覚えろ、それが課題だ」
世間知らずはこれだから困ると、顔に書いていた。
「一応、落とす場所は加減したんですけどね」
それに避けられた生徒もいたのは確認済み。
もっとも、攻撃はしてこなかったみたいだけどな。
最後尾にいる女生徒と目があった、がすぐに顔を附せられた。
皆、意気消沈って感じだな。
まだ始まって十分と経っていないが、もう終了ムードが漂っている。
「まあ、お遊びはこの辺にして」
おい、と言いかけた。本当に言ったら殴られるから言わないけど。
「今日は顔合わせのようなものだからな。残り時間は各自、自分の魔法を磨くことに使え。分からないことがあれば、私達が聞こう。ほら、散れ」
返す言葉がないのか、皆散り散りに別れて練習を始めたが、放心状態の生徒が何人かいた。
何だか、何人か鼻を折ってしまったような気になった。