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15採用

「あの、まさか俺に学校で教師をしろっていうんじゃ…」

「そういうことだ」

 食い気味に言われた。


「君の実力は、この国でも指折だよ。黒魔術まで使えるとあれば、大人相手にも引けを取らない強さだよ」

 黒魔術はそれほど強大なのか。力は見せびらかさない方が良さそうだ。


「黒魔術だけですよ。他はそうでもありませんから」

「ワープと透明化を使って学院に来たじゃないですか。あれで実力は十分証明されてます」


 ファナが当然のように言う。バレていたとは思わなかった、何となく恥ずかしくなる。

「普通なら、それだけで王の護衛に就くことが出来ますよ」

「そして、何よりも決め手は『冥王の火』を使ったことだ」


「あれがどうかしたんですか?」

「あの魔法は黒魔術の中でも群を抜いて危険な魔法だ。ある魔法使いが、対立国を焼き尽くしたという前例もある」


「ああ、対象を国の土地にして使ったってことですか。それは強力でしょうね」

「そうだ。そしてそれを使える魔術師を、僕は人間で見たことがないんだよ」

 あれってそんなに難しい魔法なのか。


「控え目に言っても、百年に一人の逸材と言っても過言ではありません。この場合は秀才でしょうか。あなたは平然と使っていましたが、黒魔術なんて使える方は滅多にいませんから」


 ファナが説明を加えてくれた。そういえば、周りの受験生もそんな反応だった。

「どうだい?教師になれば、合法的に魔法を使えるし、生徒の魔法も見ることが出来る。もちろん給料も出る。こっちで生活する上で、悪い話じゃないと思うんだ」


 どうしよう、言葉が出ない。悪い話ではない、確かにそうだ。でも俺に教えることなんてできるか?

 いつも一人で練習していたから、イメージも俺しかわからない。それにーー

「…どうかな?」

 二人とも、俺の顔を覗いている。ずいぶん考え込んでしまった様だ。

「あの…」



「いい話だと思ったのに、なんで断ったの?」

 夕食を終え、食器を片付け終えると、リムが尋ねてきた。


「考えさせて欲しいって言っただけだ、断ったわけじゃない」

「見たことない魔法が見れるかもって、いつもなら二つ返事で承諾しそうなのに、なんで?」


 俺はソファに座り直した。この手の話をする時、リムは大抵怒る。


「寿命は長くても5年、悪ければもっと短いかもしれない。こんな状態で、他人に中途半端に関わるのは嫌なんだよ。薄っぺらい関係なら、最初から持たないほうがいい。俺は卒なく生きたいんだよ」


 生徒になるというならなんの問題もない。しかし、教師はそういうわけにはいかない。

 他人の人生を大きく捩じ曲げる可能性を含んでいる。

 そんなのはごめんだ。魔法は見たいが、失敗した時の代償が大きすぎる。

 俺が家族を引き裂いたように、他者に酷いことが起こったとしたら、俺は俺でいられなくなる。


 さあ、なんて言うかな?言いたいことは言った。


「…ロヴ」

 拳骨の一つでも飛んでくるのかと思ったが、黙ったままだ。


「卒なくって、どういう意味?」

「え?」

 顔を見るに、どうやら哲学的な話ではない。単純に言葉の意味を聞いているのだろう。


「抜かりとか手落ちがない、こっちに落ち度がないって意味だよ」

「そんなの誰にも無理だよ。お父さんみたいな大人だって失敗するのに、ロヴに出来るとは思えないけど」


 随分な言い様だが、これは禅問答になる。何を失敗とするかは人それぞれ、俺としてはここに来たこと自体、卒だと言えなくもない。

「ロヴがいなくなっても、お父さんもお母さんも生きてるし、多分私が一番長生きするし、ていうか死なないし」

「何の話だよ?」


「後に残る身内としては、あの世で会うとかよりもこっちに目に見える形で記録を残してくれる方が、嬉しいかな。あ、あくまで私の意見ね。生きてる方がいいって大前提を踏まえた話だよ」

 目に見える形で遺す。

 腑に落ちる回答と、言えなくもなかった。


 さすが先達、いつも適当に振舞っている癖に、そういうところはしっかりしている。

 自分が遺族だとしたら、身内がどんな形で何を残せば誇りに思うのだろう。

 話の途中なのに、物思いに耽る。


「ロヴならそんなのすぐ作れるでしょう?何たって秀才なんだからさ。やれることをやりたいだけやればいいと思うよ。失敗したら、私が慰めてあげるからさ」


 屈託のない笑顔を向けられた。拍子抜けしたような脱力感で、肩が楽になった。

 ずっと一緒にいたはずなのに、急に大人びたと錯覚してしまいそうになる。いや、そりゃあ大人か。


「なら、やってみようかな。俺に何かできるとも思えないけど」

「最初からそう言えばいいのに。じゃ、私は疲れたから寝まーす」

 そう言ってリムは寝室に向かう。


「…ありがとう」

 背中に小さく呟いたつもりだったが、物欲しそうに振り向いた。

「じゃあ、今日は一緒に…」

「それは遠慮しとく」

 言うと怒るから絶対言わないけど、もう抱き枕はごめんだ。


「ケチ!私のいい話を返して!」

 どう返せって言うんだよ。

 頬を膨らませて、寝室へと消えていった。良い話をしていたのに、締まらないなあ。


 静かになった部屋で一人、頭の中を整理する。教師か、何度聞いても実感がない。

 肝心なところで助けられてばっかりだな。

 自嘲気味に笑ってしまった、しかし気分は悪くはなかった。


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