14訪問客
試験が終わり、二週間が過ぎた。
結果を待っている間、俺は魔界にいる時とほとんど変わらない日常を過ごしていた。
こっちに来てからというもの、午前中は魔法の練習、午後になると、コーヒーを淹れるか、街をぶらつくのが日課だった。
今日もコーヒーを飲みながら、ソファで魔導書を読んでいる。
「合格通知来ないねー」
俺の膝を枕代わりにしているリムが何気なく言ってくる。この体勢がマイブームらしい。
「なんで合格する前提なんだよ」
「だって余裕だったんでしょう?」
「まあ、そうだけど」
でも、確かに遅い気がしないでもない。もっとも、受験の経験がないから分からないが。
「ねえ、ロヴ。今日は街にでも行こうよ、暇だよー」
「結果が来るまでは家は空けない方がいい、どちらかは残ろうって言ったのは姉さんだろう」
「そうだけどさー」
黙り込んだ、だいぶストレスが溜まってるな。
「まあ、俺も新しい魔導書でも見たいし、行こうか」
部屋の書物は読み漁ってしまったし、真新しいものはなかった。
それに、結果を待つ為だけに不便をかけることもないしな。
リムの目が一気に輝いた。
嬉しそうだ、本当に顔に出やすくて助かる。
「ほんと!?じゃあ私、着替えてくるから…」
後の言葉は、かき消されて聞こえなかった。
家のインターホンが鳴ったからだ。
「誰よ!タイミング悪いわね!事と次第によっては…」
あからさまにむくれたリムが玄関に出ようとする。
とっさに腕を掴んで止めた。
「俺が出るよ。その顔で出られたら、変な噂が立ちそうだ」
「どういう意味よ!?」
俺は逃げるように玄関に向かった。
これ以上、地雷は踏めない。頼むから、このタイミングで変な勧誘はよしてくれよ。
祈るように、ドアの覗き穴から外を見る。
しかし、立っていたのは知った顔だった。といっても、内一人は毛むくじゃらの胴体しか見えないけど。
ドアを開けて外に出た。
「どうも、受験以来ですね」
ファナが笑顔で話しかけてくる。
「お久しぶりです」
「実は、今日は受験のことでお話があってお伺いしたんですが、中に入ってもよろしいですか?」
「わざわざ結果を伝える為にここまで?」
ずっと黙っているルーカスに聞いてみた。
「そうだな、半分はそうだと言える」
いまいち要領を得ない答えだな。
「まあ、中へどうぞ。俺も聞きたいことがないわけでもないので」
俺は二人を中へ招き入れた。
「適当に座ってください」
リムをどかし、二人をソファに促した。
「ロヴ、誰よその人達?」
リムが二人を睨みつけている。
「試験官さんだよ、姉さん。二人にコーヒーを淹れてきてくれると嬉しいんだけど」
横に居られると面倒なことになる気がする。
「はいはい」
それを察してか、リムは渋々キッチンに消えていった。
なんだかんだ言って、俺の希望は聞いてくれるからありがたい。
「あれが人造人間か」
「え?」
驚いて振り向いた。ルーカスの体がでかいので、少し窮屈そうに座っている。
「レイノルズに聞いているよ。彼女が禁術の賜物というやつだろう」
「何が言いたいんです?」
姉さんが狙いか?
俺はとっさに魔力を練る。
「そう身構えないでくれ。ただ、人間界では、人の魂を呼び戻すことはタブーなんだ。こっちで暮らすなら、知っておいた方がいいよ」
ファナも頷く。どうやら嘘ではなさそうだ。
俺も二人の向かいに座る。
「なんだか、試験の時としゃべり方違いますね」
「あれは役作りだよ。その方が、威厳が出るだろう?」
ルーカスが自慢げに鼻を鳴らした。
「まあ、ブラッド君のグループで愚痴を漏らしたので、威厳があったかは疑問ですけどね」
ファナの言い方に棘がある。何か根に持ってるのだろうか。
「オホン。まあ、それは置いておいて、まずは試験の結果を伝えよう」
「その前に一つ、いいですか?」
俺はファナに向き直って言った。
どうしても聞いておきたい。
「え?私にですか?」
意外そうに自分の顔を指さしているが、構わず言葉を続ける。
「試験の時、高威力の魔法を俺に使わせましたよね?どんな魔法を使ったんですか?」
「ああ、そうですね…あれは魔法というか、体質というか…」
「言っていなかったね、ファナは人間ではない。他人の魔力を操ることができる種族、と言われれば察しはつくかな?」
他人の魔力に干渉?何かで読んだ気がする。たしか、上級の種族にしか出来ない芸当のはず。
「どんな種族なんですか?」
「えっと…ヴァンパイア…です」
おお、最上級の種族だ。個体が少ないし、本物を初めて見た。
変なところで好奇心が湧いてしまった。
「私の特異体質でして、他者の魔力をそのまま吸えるんです。あの時はそれを応用して魔力を引き出したんです。魔法陣が変わったのは、意識に催眠魔法をかけたからですけどね」
か細い声で答えてくれた。なぜか頬を赤くしている。
「なんでそんなに照れてるんです?他人の魔力を操れるなんてすごいことじゃないですか」
「いえ、なんと言うか、自分のことをペラペラ喋るのは…恥ずかしくて」
よほど恥ずかしいのか、口を両手で覆っている。悪魔の羞恥心はよく分からない。
「ちなみに、魔力を操るのはどんな感覚なんですか?」
「そうですね…水道の蛇口をひねる感じに似てます」
発想が庶民派だな、最上級の悪魔…。
思わぬ例えに、ほくそ笑んでしまう。
「念のために言っておくが、体質だから、真似をしようとしても無理だよ」
「そのぐらいは分かりますよ」
ルーカスが歯を見せて笑う。
「そうか。いや、レイノルズが、君は魔法に対しては節操がないと言っていたから、一応ね」
そんな紹介してたのかよ、父さん…。
「じゃあ、どうして俺だけ魔力をいじったんですか?」
「君があまりに聞いていた話と違いすぎたから、勝手ながら魔法を出す瞬間に意識を変えさせてもらったんだ。立場上、我々もちゃんと実力を見定めなければならなかったのでね、その件に関しては謝るよ」
ファナとルーカスに頭を下げられた。
「こちらこそ、すいません。本気を出すと、他の受験生を見れないかと思いまして」
冗談で言ったわけじゃないのに、二人が吹き出した。
「え、なんですか?」
「そのおごり、レイノルズとよく似ている」
「懐かしいですね。彼もずれた気遣いをしてました」
二人共、なかなか笑いが止まらなかった。
父さんとどういう関係なんだ?いろいろ聞きたいが、試験に話を戻そう。
というか、そろそろ笑うのをやめてくれ。こっちまで気恥ずかしくなってくる。
「もういいでしょう?で、結果はどうなんですか?」
「ああ、そうだった。ごめんごめん」
そう言って、すっと真面目な顔に戻った。
「教師陣と協議をした結果、君は不合格にすることにした」
「…え?」
思いがけず固まってしまった。
不合格…俺が?いや、そもそも今の口ぶりでなんで不合格に?
聞く前に、背筋がゾッとした。殺気混じりの声がする。
「どういう意味よ?」
直後、リムはテーブルにコーヒーカップを叩きつけた。
「うちのロヴがどうして不合格なのよ?」
「リム、落ち着いて!選考基準なんか俺達には分からないだろう」
俺は必死で腕を掴んだ。すでに殴りかかる勢いだ。
「いや、正直、予想以上の実力だったよ」
「そうです。今すぐにでも上級の職に就ける程の実力だと思います」
「じゃあなんで駄目なのよ!」
「どういう事なんですか?」
これ以上は抑えていられない。腕が限界だ。
「生徒としては合格にはできない、ということだ」
ルーカスが言い放った言葉の意味が理解できないのか、リムの動きが止まった。
「とりあえず座ろう、姉さん」
「…うん」
聞く耳を持っている。多少は怒りが収まったようだ。
「そろそろ話をしてもいいかな?」
ルーカスが聞いてくる。心なしか、少し震えている。
深く座り直し、話を始めた。
「うちの学院は昔からの名門校というやつでね、王城で働く者を多く輩出している。しかし近年、若者の実力は下降の一途をたどっている。国としては、近衛兵クラスの質が下がっているのは致命的でね。私も教育者の端くれとして、頭を抱えているんだよ」
俺のようなよそ者にそんな話をするという事は、言いたいことは明らかだった。