13鬼ごっこ
「君達にやってもらうことは大きく二つ、制限時間終了まで鬼から逃げ回るか、鬼と戦うかだ。各々、好きに魔法を使い、自己をアピールする様に。尚、これは試験である。逃げ回ったから合格になるという訳ではない」
つまり、鬼は魔法の腕を見せる為の的か。
しかし、それなら一つ疑問が生じる。
「なら、鬼に捕まったら、どうなるんですか?」
俺に注意したお嬢様が声を上げた。
「いい質問だ、シャルロット君。何度も言っている様に、これは鬼ごっこである。鬼に捕まるか、攻撃をくらった時点で、この様なマーカーがつく」
ルーカスの手の上に牛のエンブレムが浮かぶ。センスが良いとは言えないな。
「マーカーがついた物は、そこで試験は終了。魔法を使うことをやめ、見学スペースに回ってもらう。これで、答えになったかな?」
「はい、ありがとうございます」
シャルロットと呼ばれた受験生が頭を下げた。
「他に、質問は?」
「鬼を全部倒したらどうなる?」
今度は不良が聞いた。ずいぶんと大胆不敵だな。
ルーカスがにやっと笑った。
「もちろん、その場合も試験は終了だ。もっとも、君達にそれができるとは思わんがね。他に質問は?ないのであれば、試験開始である」
五体の鬼の目が光りだした。ルーカスから命令を受けたのだろうか、一斉に動き出す。
いち早く鬼の変化を察した俺は、ひとまず全員を見渡せる様に一番後ろまで下がった。
受験生達は散り散りに逃げ回っていく。
距離をとり、魔法を準備するが、魔法陣を描くスピードが遅い。
あれでは間に合わないんじゃないか。
そう思っている内に、鬼達が受験生達に魔法を浴びせていく。
ある人は魔法で防ぎ、ある人は逃げることもままならずに脱落している。
鬼達の容赦ない攻撃が続く。
眺めている内に、半分近くの人が脱落していた。
「あの鬼、俺ばっかり追ってきたんだけど、おかしくないか」
「そうか?俺、後ろのやつのとばっちり食らったからよく分かんねえ」
マーカーをつけられた人達が、そう愚痴を漏らしながら俺の横を通り過ぎていく。
その気持ちはわかる。確かに鬼の動きはどこか不自然だ。
鬼の手前には、今やられた人よりも狙いやすそうな人はいた。魔法陣も出せずに固まっている人は少なくないのに、どうしてあの人が狙われたのか。
もう少し鬼の様子を観察しようとすると、離れたところで不良の声がした。
「こんなもんかよ。たいしたことねえな!」
鬼の一体と斬り合っている。身体強化の魔法だろうか。なかなか鋭い剣捌きだ。
そして、その一方でやはり素通りされている生徒がいる。
なんとなくわかった気がする。
俺は一体の鬼に近づく。周りの生徒を無視し、俺に向かって歩いてきた。
すんでのところで、自分の魔力を断った。
その瞬間、鬼はまるで獲物を見失った様に周りを見、近くの人に魔法を飛ばしている。
やっぱりな。こいつらは、魔力に寄ってきている。蛇が熱を感知して獲物を探すのと同じだ。
いわばこれは最初のふるいだ。
狙われていない人は、この状況をどう打破できるか、狙われる人間はどう立て直すか、その辺りを見られていると考えるのが自然だ。狙われやすいということは、素質があるんだ、逃げ切っても受からない者がいるなら、逃げられずに受かる者もいるということだしな。
さて、どうしたものか。しょせんは分身だ、魔力もさほど多くはない。倒そうと思えば倒せる。一体くらい減らしてもいいか。
「きゃあっ!」
不意に横から悲鳴が上がる。視界の端でシャルロットがこけている。
そこに鬼が容赦なく腕を振り上げている。
「邪魔だ!」
不良がシャルロットを跨いで鬼に斬りかかろうとしている。
いや、ちょっと待て!それは駄目だ。
俺はシャルロットを囲む様に魔法の障壁を出した。鬼と不良の剣が跳ね返される。
二人とも何が起こったか分からないという顔で呆気にとられる。
間に合ってよかった。あいつ、何考えてるんだ。
こんな試験さっさと終わらせよう。手をかざし、鬼に照準を合わせる。
炎魔法『バースト』を使い、鬼を爆破するつもりだったがーー
「あれ?」
予想に反して違う魔法が発動した。一体を破裂させるつもりだったのに、何故か全ての鬼を青黒い炎が包んだ。
意味が分からず手元を見ると、魔法陣が変わっている。
これは『冥王の火』だ。黒魔術なんて使うつもりはなかったのに。
この魔法は俺の使える黒魔術の中でも指折りの高威力だ。
たかが試験の場で使うには明らかにやりすぎている。
普段なら考慮にも値しないはずなのに、どうして発動したのか…。
「なんだあの魔法。見たことねえ」
「あの人、何で今まで何もしなかったんでしょう?」
脱落者がそんな話をしている。
完全に悪目立ちに成功したな。全く嬉しくない。
鬼はすぐに燃え尽きた。この魔法は対象だけを燃やし尽くすとすぐ消えるので、炎も無くなった。
それを契機にルーカスが声を上げた。
「これにて試験は終了である。皆、ご苦労であった」
「帰宅までが試験ですよ。変に寄り道をしないようにしてください」
ファナと呼ばれた試験官が注意する。
律儀な試験官だな。
声をかけ終えると、ルーカスの隣にいたはずなのに、何故か俺に近づいてくる。
目の前で立ち止まられて、顔が近くなる。身構える俺に構わず、耳元で囁く。
「ごめんなさい。ちょっと君の魔力いじっちゃった」
「それは、どういう…」
ファナはそれだけ言って去って行ってしまった。原理は全く分からないが、どうやら俺の異変は彼女が原因らしい。
どんな魔法なのだろうか。いや、今はそれどころじゃない。
俺は、会場を去ろうとする不良に駆け寄る。
「お前、ちょっといいか?」
「ああ?」
「さっき鬼に斬りかかる時、女の子まで斬ろうとしてたろ?」
不良の眉がピクッと動いた。
「障壁がなかったら、あの子死んでいてもおかしくなかったぞ」
「知るかよ。あんなんで死ぬなら、その程度だったってだけだろ」
なんだこいつ、ヤバい奴なのかただの馬鹿なのか。どっちにせよ、関わるべきじゃなさそうだ。
「それより、俺が気に食わねえのはてめえだ、陰気野郎!」
「なんだ、急に」
「急じゃねえよ、最初からだ!何もしねえで眺めてただけのくせに、あんな炎出しやがって!やる気あんのかてめえは!」
お前が言うか、って言ったら怒りそうだな。
「とにかく、俺はてめえなんか認めねえからな」
不良は踵を返し、さっさと消えてしまった。
なんか、無性に腹が立った。言いたいことだけ言って帰りやがって、認められたくもないが…。
駄目だ、イライラする。
人目も気にせず、足元にワープゲートをつくって自室に戻った。
まだ明るい部屋のカーテンも閉めずに、ベッドに入って目を閉じる。ほんの少し、体が重い。
知らず知らずのうちに、緊張していたのだろうか。ほんの少しの高揚感と疲弊が入り混じった感覚がじんわりとにじむ。
五分と経たない内に俺は眠りに落ちた。