12入学試験の内容
「いってらっしゃい。頑張ってね、ロヴ」
「ああ、ありがとう」
リムの見送りに、痛めた背中をさすりながら応える。こっちはリムのせいで眠れていないというのに、呑気なものだ。
玄関を出た俺は、家の裏に回り、壁に魔法陣を描き始める。部屋で書いてもいいが、この方が落ち着く。
『ワープ』を使おうとして、手が止まる。
当然だけど、他の受験生もいるよな。急に現れたら、まずいか。
ワープの前に、光魔法で自分の体を透明にする。
よし、これで目立たないだろう。
改めて魔法陣を出し、試験場に向かった。
学校の前に出ると、校門前は何人もの生徒でひしめき合っていた。保護者らしき大人たちも遠巻きに見守っている。
これなら、解いてもばれないな。
俺はタイミングを見計らって人ごみに紛れた。ついでに、しばらく流れに身を任せることにする。
次第に受付らしきテントが近づいてくる。
受付には、俺と同じくらいの身長だろうか、眼鏡をかけた女性が机を置いて座っていた。受験生から受付表を受け取り、案内を渡している。
程なくして、俺の番が来た。受験票を女性に渡す。
「...ロヴロ・ブラッド君?」
「はい、そうです」
名前を読み上げて、俺の顔を覗き込んでくる。
何か変なこと言ったか?
「あの、何か?」
「いえ、では三階のAクラスに入室してください。頑張って」
女性はすぐに営業スマイルに戻って言った。
何だったんだ?まあいい、受験に集中だ。
受付を終えた俺は列を離れ、案内を見ながら割り振られた教室に向かった。
教室に入ると、すでに二十人程の受験生が席に着いていた。皆、詠唱の復習や杖の手入れをして、緊張をほぐしている。
特にやることのなかった俺は、適当に席に着き、人間観察をしていた。
教室をぐるっと見回した印象だが、魔力の高そうな人は少なそうだ。いても二、三人だろう。下手に本気を出さない方が良さそうだ。
そんなことを考えながら、試験の順番を待っていたが--
遅い。もう一時間は経つのに、一向に呼ばれる気配がない。
手持ち無沙汰の俺は、しょうがないので周りの人を見る。
ああ、あの魔法十歳くらいでやったなぁ。あっちの子は魔導書ばっかり読んでるけど、会場に持っていくのだろうか。あっ、あの杖は胡桃の木で出来てるのか?珍しい色だな。
「あの、すいません」
急に後ろから声をかけられ、ビクッとしてしまう。
振り向くと、金髪の女の子が席に座っていた。いかにも、育ちの良さそうなお嬢様といったところか。
「あまり目の前でキョロキョロされては、集中できないのでやめていただけますか?」
ずいぶん穏やかに話す子だな、要するにクレームか。
「ああ、ごめん。気を付けるよ」
その子はすぐにすぐに手元の魔導書に目を落とした。
反射的にすぐ前に向き直ってしまった。
自己紹介でもすべきだったか?でも、気が散ると言われたばかりだし...
「お待たせしました。Aクラスの受験生は、グラウンドに集合してください」
アナウンスが入り、場の空気が強張った。
俺は他の受験生達に続いた。
グラウンドに出ると、さっきまでなかった何かがグラウンドのど真ん中に立っていた。
彫像のように見えるそれは、二メートル近い身長があり、全身が黒い毛に覆われている。そして特徴的なのは、立派な二本の角を生やし、でかい鼻輪をつけていた。
ミノタウロス、何で人間界に?いや、それより誰も驚いた様子がない。
ミノタウロスは、受験生が集まったのを見計らい、低い声で話し始めた。
「よく来たな、入学志願者共よ。我はルーカス、この学院の院長である」
…え、院長?
予想外の言葉に、頭がついて行かなかった。
俺は魔界でミノタウロスを見たことがあるが、主に牢屋や国境の番人をしている種族だと思っていた。
ミノタウロスが院長って、ありえるのか?しかし、それなら周りの無反応にも納得がいく。王都の学校なら認知度は高いだろうしな。
「では、これより試験の説明をしよう。皆、気を引き締めて...ゴホッ、ゴホッ...ちょっと待ってね」
そこでもう一度大きく咳払いをした。
「...ファナ、後の説明よろしく」
「困ります、院長先生!教師は第一印象が肝心だと仰ったのはあなたじゃないですか」
ルーカスの後ろから、さっきまで受付をしていた女性がひょこっと顔を出した。
「いや、だって六グループって多いだろう、どう考えても。同じこと言い過ぎて、喉が疲れた」
「受験生の前で疲れたとか言わないでください」
「...ふっ」
つい吹き出してしまった。周りの刺すような視線が痛い。なんとか、空気を変えないと...。
「茶番はいい!さっさと試験を始めてくれよ」
受験生の一人が声を荒げた。両耳にピアスをつけている姿は、見るからに不良といったところか。
ついでに俺は舌打ちされた。
態度の悪い奴だな、受かる気あるのか?俺も人のこと言えないけど。
「ああ、すまない。では、改めて試験の内容を発表する。これから君達にしてもらうことは...」
やけに溜めるな。何をさせられるんだ?
「鬼ごっこである!」
...鬼ごっこ?子供の時によくやったあれか?
「鬼ごっこ?」
「魔法関係ないじゃん」
周りからもそんな声が上がる。まあ、俺も同意見だが。
「ふざけんな!そんなんで何が分かるってんだよ!?」
さっきの不良だ。妙に噛みつくな、こいつ。
「ふざけてなどいない、これはれっきとした試験である」
確かに、ふざけている様子ではない。
そして、ルーカスがマントからロッドを出し、魔法陣を浮かび上がらせた。
ミノタウロスの形をした、影のようなものが出現する。
分身か、さすかに院長ともなると、使い慣れている。準備が整ったらしく、空気が張り詰める、受験生もそれを感じ取ったらしい。これから何をさせられるのか、少しだけ興奮してきた。