11下見
魔法陣を抜けた俺達は、ある家の前に出た。目の前には、壁に苔の生えた小さな家がある。
ここが父さんと母さんが暮らしていた家か。
魔界の家に比べると狭いが、周りが森に囲まれている点だけは同じだった。きっと、研究の為に選んだんだろうな。
「おお、思ってたより古いね」
リムが家の感想を楽しそうに述べる。
「そうだな、俺が生まれる前に住んでいたんだから、二十年近く空けてたってことだからな」
何故まだ家を所有出来ていたのかは聞いていないが、何にせよ生活拠点があることは嬉しい。
「じゃあ、入るか」
玄関前まで行くと、父さんから預かった鍵で扉を開ける。
当然といえば当然だが、中はずいぶん埃っぽかった。
一通り部屋の中を歩き回り、間取りを確認した。
一階はリビングになっている。テーブルの周りにソファがいくつもある。来客用に使っていたのだろう。
二階には部屋が二つ、ダブルベッドの置かれた寝室と、魔導書が何冊も置かれた仕事部屋らしき部屋がある。
「やっぱりあったな、魔導書」
魔導書をぱらぱらとめくると、知っている魔法ばかりだった。二十年たっても、新しい魔法が増えたという訳でもないらしい。魔界から魔導書を持ってこなかったのは、多少置いてあるだろうとあたりをつけていたからだ。
まあ、魔導書のことはさておき--
「これは掃除が必要だな」
どこの部屋も埃がたまっている。これでは生活どころではない。
魔法陣を出そうと手をかざしたが、リムに思いっきり手首を掴まれた。
「駄目だよ!魔法使っちゃ」
「なんで?俺がやる方が早いだろう」
リムの手を振り払い、俺は手首をさする。痣になりそうだ。
リムは家事が苦手なはずだ。魔界にいる時は、父さんと俺で分担していたからな。
「だって、明日試験じゃない。むやみに魔法を使わない方がいいでしょう?」
「気持ちは嬉しいけど、たかが掃除にそこまで魔力は使わないよ。それに姉さんに任せた方が、後で大変そうだし」
軽口のつもりだったんだが、リムはそうとらえなかった様だ。
次第に眉が吊り上がってくる。
「...なんですって?」
あ、地雷踏んだ。
「いや、冗談...」
そこで肩を押され、部屋から追い出された。
「いいわよ!私が見違えるほど綺麗にしてあげるわよ!ロヴは邪魔だから街にでも行ってきなさい!」
そう意気込んで扉を閉めると、中から大きな物音がしだした。
これは長くなるな。リムは一度言い出すと、聞く耳を持たない。
でも、『ワープ』を使うのにもマーキングをしなければならないのも確かだ。街を見ておくのも悪いことじゃない。
「じゃあ、散歩してくるから、掃除よろしく」
返事がない、聞こえてないんだろう。頼むから、足の踏み場だけは残してくれよ。
俺は家を出て、街に向かった。
俺達が来たところは、古の都「ヤノス」という王国らしい。
王城が中心にあり、その周辺に商業が発展している、と聞いた。
要するに、国の外側に行けば行くほど田舎だということだろう。
俺達の家は森にあるが、位置としては王都のすぐ傍だそうだ。
森を境に都会と田舎を分けているのか。この森は見た目より深いのかも知れない。魔法の練習にも散歩にも丁度良さそうだ。
十五分ほど歩くと、街の一角が木々の間から顔を出した。
確かに、大した距離ではない。
街の印象は、店の多い繁華街といった感じだ。
武具や食品の露店が並び、隣を馬車が走り抜けていく。俺はしばらく街並みを見ながらゆっくり歩いた。
当たり前だけど、悪魔が全然いないな。
しみじみとそう思った。インプが飛び回ることもないし、スケルトンも徘徊していない。
そういえば、森に魔獣はいるのだろうか、また探しに行こう。
そこで、俺はあることを思いつき、一度『エコー』を使った。
少し離れたところに、大きな魔力を感じ取った。人の数も多いし、これが王城だろう。
国王や近衛兵なら、魔力の多い人間が選ばれる可能性が高いだろうからな。
ひとまず、王城を目指すことにした。学校は王城の近くだと、父さんに聞いたからだ。
そして、王城はすぐに見つかった。外観が白と金で彩られ、周りの建物より群を抜いて高かった。
門も大きいし、外壁まであった。
どんな王が中に住んでいるんだろう。そんなことを考えて高くそびえる壁を見上げていた。
さて、見物は済んだ。肝心の学校はどこだ?
周りを見渡していると、どこかの主婦とすれ違った。服装から見て貴族ではなさそうだ。
「すいません。ヤノス聖魔術学院はどこかご存知ですか?」
「あら、あなたも受験生?」
「ええ、まあ」
有名なのだろうか、慣れた様子で教えてくれた。
「そう。学校ならここから西に進めば見えてくるわ。一本道だし、大きい建物だからすぐに分かるわ」
「分かりました。ありがとうございます」
「どういたしまして。受験、頑張ってね」
その主婦は愛想よく笑って去っていった。
教えてもらった方角に歩いていくと、学び舎らしき建物が見えてきた。
建物はそこまで大きくないが、周りが随分開けている。運動場のようなものだろうか。
校門の掲示板を見ると、受験の日程が書かれている。
...これでいいか。
その掲示板に触れて、魔力を少しだけつけた。これでマーキングは完了だ。
後は、明日受験票を持ってくれば問題ない。
街の時計台を見ると、もう一時間以上経っている。
そろそろリムが音を上げる頃だろう。
少し早いが、露店で夕食を二人分買って家に戻った。埃が舞っているだろうから、袋を一枚余分に被せてもらった。
「何か言うことは?」
「ごめんなさい、調子に乗りました」
部屋は案の定綺麗になっていなかった。
俺は掃除を代わり、風魔法で埃を集め、一つの塊にしていく。
この作業もリビングで最後だ。
「まともに留守番も出来ない無能なブタです」
「自分でそこまで言わなくていいだろ!」
「だって、せっかくロヴの役に立てると思ったのに...」
その顔は随分沈んで見えた。これは本当に応えてるな。
「私、魔法使えないからこんな時くらいしか力になれないのに、全然お姉ちゃんらしいことできてない」
造った過程が見てないので何が理由かは分からないが、リムには生まれつき魔力がない。
まあもっとも、それで不便を感じたことはない。
「魔法が使えなくても、姉さんは支えになってるよ」
俺はそこまで確固たる意志はない。リムに言われなければ、ここに来ることはなかっただろうしな。
「じゃあ、おれはこれ捨ててくるから」
外で燃やして塵にでもしようと埃を浮かす。
「...ロヴ」
「ん?」
「...ありがとう」
振り向くと、しおらしい顔をして微笑んでいた。
それで馬鹿力じゃなければな...。
ごみの処理を終えると、試験に備えて早めにベッドに入った。
寝心地は良いのでよく眠れそうだ。
そう思ってい目を閉じると、布団がもぞもぞと動いた。
「え、リム!?なんでベッドに入ってくるんだよ!」
「だってここしかベッドないじゃない」
「あっ」
すっかり忘れていた。この家にはダブルベッドしかなかった。
布団の一つでも買ってくればよかったな。
「しょうがない、俺はソファで寝るよ」
「駄目。私、抱き枕がないと眠れない」
「抱き枕になれと?」
「ロヴは私と寝るの嫌なの?」
上目遣いで見てくるが、ときめくというよりは脅されているのに近い。
断る方が怖いな、これは。
「...分かった。一緒に寝よう」
あまり断っても後が怖いからな。
「でも、頼むから思いっきり抱き着かないでくれよ」
「分かった。軽くすればいいのね。おやすみ」
リムはすぐ眠りに落ちた。
抱き枕にされた俺は、全身に走る痛みと闘っていた。
これは早急にベッドを買わなければいけないな。
結局ほぼ眠れないまま、俺は試験当日を迎えた。