残念な旅立ち02
エルフ、オーク、ゴブリンと旅する残念な冒険者09
残念な旅立ち02
「また、山ぁ、一体いくつ登ったら着くのよ?」
「もうすぐです。フミコさん」
「もうすぐ、もうすぐって、三日前からそればっかり。いいかげんにいつ着くか言ってよぉ!」
「ですから、もうすぐです。ほら、目の前にそびえる山がありますよね」
「あー、あれがそうなの?」
「あの山を越えた山あいに山脈があって、それを越えた向こう側です」
「……あたし、ここから飛び降りてもいいかな」
「や、やめてくださーいぃ!」
メリットと富美子の会話を、俺は疲れはててぼんやり聞いていた。
なんだかんだ言っても富美子は元気だ。あんな会話できるぐらいだから。
俺は連日の山登りにもはや体力の限界寸前といったところに、高山病が追い打ちをかけて、もはや息も絶え絶え状態だ。
ときおりメリットが回復魔法をかけてくれるものの、効き目が切れるとすぐに症状がぶり返す。その度ごとに「またあー」と富美子にイヤミを言われるありさまだ。
夢と希望の異世界なんて幻想を抱いていた俺がバカだった。世界が変わっても現実はこんなものだ。
美女とウハウハライフなど、所詮は妄想だ、幻想だ、夢物語だよ。
「何か、あたしを見てケチつけてるように感じたんだけどぉ?」
「いえいえ、何もございません」
どこまで鋭いんだ、この女は。
「情けない奴だ。すぐに治るいい方法を教えてやろうか」
「本当か? スクラブ」
「今すぐそこから飛び降りたらいい。楽になれるぞ」
こいつはこういう奴だったか。
「冗談でもひどいでガス。師匠がこんなに苦しんでいるのに」
「おお、ゴス、お前いい奴だな」
「早く治ってくださいでガス。今ここで死なれたら約束のエロい絵を見られないでガス」
ジュルリと舌舐めをする。
こいつもいい奴かもしれんが、所詮は欲望と本能に忠実なだけなんだよな。
「大丈夫ですか?」
メリットが声をかけてきた。
「効き目が切れたんですね。すみません、また術をかけておきますね」
そう言うと、不思議な言葉をつぶやいている。
前にも使ってくれた精霊の言葉だ。生命と自然をつかさどる精霊フレイ様が大活躍だ。
原理はともあれ、怪我や病気が治るのは本当に助かる。
まあ、テレビの映る原理はわからなくても、ちゃんと映像が見えることがすごいと思うのと同じだな。
俺がそんなことを考えている間に、術は効果を現していた。苦しみが消え、体が元通りになる。
「ありがとう、メリット」
「どういたしまして」
ニッコリと笑う御姿は、後ろに差し込む太陽の光も合わさって神の後光と化していた。
ああ、女神様がおる。
きっと昔の人はこのような姿を見て、天使降臨だと思ったのだろうなと感じられるほどだ。
「何で両手合わせて拝んでるのよ?」
「ありがたやー、ありがたやー、メリット大明神様や。ご利益があるでー。これが言葉通りのアイドル、偶像だな。所詮作り物のどこぞのアイドルとは格が違うな、格が」
「うっ、そんなのただ魔法使っただけじゃない」
「ほー、そこまで言うなら魔法使ってみせんかい。ほれ、ほーれ」
「できるわけないじゃないの!!」
「もうっ、ケンカは止めてくださーい!!」
鶴ならぬメリットの一声で、俺と富美子はお互いにつかみ合った状態のままで静止した。
「元気になったのなら行きましょう。まだ先は長いですから」
「はい……」
「すみましぇん」
俺と富美子は素直に従い、メリットの後を追った。
「せっかくだし着くまでの間、メリットの村のこと教えてよ」
富美子がメリットに話しかけた。
なんだかんだ言っても、同じ女通し二人の仲は悪くはない。富美子が話し掛け、メリットが答える形でよく会話している。富美子もメリットを俺みたいに冷やかしたりけなしたりはしない。それなりに認めているようだ。
その分しわ寄せは俺に来るんだけどな。
「ねえ、エルフってどんなの食べてるの?」
「野菜が多いですね。山菜、若芽、木の根とか、葉っぱサラダや食べられる花もありますよ」
「いいわねえ。ダイエットにぴったり」
「ダイエットって何ですか?」
メリットの無邪気な問いにジロッと富美子がにらみ、ビクッとしてる。
「おい、やめろ。メリットが驚いてるじゃないか。メリットは太ってないから、純粋にダイエットなんかしたことないんだよ」
「いいわよねえ。エルフは太らないから」
若干すねた感じの富美子はイヤミとも感嘆とも取れるようにつぶやく。
「あの、わたくし、何か気にさわること言いましたか?」
「素直なのはいいけどな。人によっては空気読めないって言われることも俺たちの世界ではあるってことさ。まあ、メリットに悪意がないのは、俺がよく知ってるよ」
「悪意がないから、逆に腹立つんだけどね」
富美子がねちっと言うところを見ると、かなりその体型を維持するのに気を使ってそうだ。
「じゃあメリットはベジタリアン、野菜だけ食べてるってことか?」
「いえ、そんなことは。鶏とかも食べますけど、あまり食卓にでないだけですわ」
「そんなものがうまいのかよ。肉食えよ、肉。いいぜ、ジュウジュウいう焼き肉の音、最高だ」
「おおっ、いいよなあ。最近焼き肉食ってなかった。確かに肉うまいよな」
「おおっ、気が合うじゃないか」
スクラブが嬉しそうに言う。
「どんなのがいいんだ?」
「我輩か? そうだな……、なんと言っても人間の丸焼きなんか最高だな。ケツの穴から口まで串突っ込んで火にかけて丸焼きだ。真っ黒けになってよく焼けたら食べ頃だな。内蔵の苦いところから肝にかけてが一番うまい」
…………こいつに聞くんじゃなかったって、何度言ったらわかるんだ、俺のバカ。
富美子は全く聞かなかったことにして、質問を続けていた。
「エルフの名物料理ってのはあるの?」
「『レンバス』がありますよ。ビスケット生地で練乳を練り込んだクリームを挟み焼いたものです。甘くて美味しいですよ」
「いいわねえ。食べてみたい」
「じゃあ、村についたら用意しますね」
「『レンバス』かあ、楽しみー」
そんな話をしながら、今日も日が暮れていった。
三日目の朝、俺と富美子、メリットは火を起こして食料を焼いていた。これはメリットが山に入って取ってきたもので、ちょっと森の中に入るとうまく木の実やキノコ類をいっぱい手に入れてくるので、幸い食料不足には陥ることがない。
メリット曰く「森はわたくしのホームグラウンドです」だそうだ。やはり『エルフは森の民』と言われるだけのことはあると感心してしまう。
スクラブとゴスも初めは俺たちと一緒に食事をしていたが、やがて飽いたのかそれぞれ森に入っていくようになった。何を食べているのか、聞くのが恐ろしい。
とにかく一時間ほどで帰ってくるので、俺たちはほっておくことにしていた。やがて口の回りを泥だらけにして二匹が帰ってきた。ちょうど俺たちは出発の用意をしていた。
「師匠、変な奴に会いましたぜ」
興奮しているのかゴスの声が少し甲高い。
「変って、どんな奴等だよ?」
「野犬らしいでガス、でも何かしゃべっている声が聞こえたような気がしたでガス」
「しゃべる犬? なら『コボルド』でしょうか?」と確認しながら、メリットがしかめっ面になった。
「何なの? その『コボルド』って?」と富美子。
「この辺りに出る。犬型のモンスターです。種類にもよりますが、非常に攻撃的で噛みついてきますよ」
「それじゃあ、狂犬じゃないの?」
「いえ、人みたいに立って攻撃することもあります。一匹だけでは怖くないんですけども、群れを作って襲ってきますから何十匹と来られたら逃げるしかないんです」
「厄介な相手だな。そりゃあ」
「なあに、コボルドの数十匹、この我輩には物の数じゃねえよ」
「たくましいわよ、スクラブ。その調子であたしを守ってちょうだいね」
富美子はスクラブの肩をポンポンとたたいている。
「任せろ。お嬢様のためなら、たとえ火の中、水の中ぁ!」
まあ、おだてて用心棒代わりにする気だろうが、あまりに見え見えというか。ま、スクラブが気づいていないからいいか。
「いくらスクラブがいるからといっても、できるだけ避けるのが得策だよな。ゴス、いたのはどっちの方角だ?」
「あっちの森の奥でガス」
指差した方は幸いにも向かう方向ではなかった。
「念のため、少し避けて行きましょう」
俺たちはメリットの指示に従い、森の外れを回るようにして目的地へと向かう。獣道のような山道を登ったり降りたりしつつ、確実に谷あいを抜けて山を越えつつあった。
「待って」
不意にメリットが立ち止まった。
「何かいるのか?」
「しゃがんで!!」
俺たちが身をかがめると同時に矢が上を飛び去っていった。
「うおおおっ! 危ない」
スクラブの頭の上すれすれのところをかすめていく。
「何しやがる!」
スクラブの叫び声にすぐに返事が帰ってきた。
「何者だ? お前らは?」
山の向こうから男性の高音が響く。
「我輩は……」
スクラブが言うより早く、メリットが立ち上がって叫んだ。
「わたくしです。同じエルフ仲間のメリハシュリットです!」
メリットが普段のおだやかなしゃべり方と全然違う、澄んだ大声で呼び掛けた。
「本当か? 俺たちが見たのはオークだぞ」
「訳あってオークとゴブリンを連れています」
ざわっと、どよめきが起きた。
「モンスターどもだと? この聖なる区域に魔物を踏み込ますなど、あってはならない事態ではないか!!」
……聖なる区域って、メリットは物寂しい田舎村って言ってたけど……。
「事態は急を要します。それにわたくしの見立てが正しいなら、わたくしは『救世主』様をお連れしているのです。どうか、攻撃を止めてください」
「へっ?」
俺と富美子は顔を見合わせた。
「『救世主』って言ったよな?」
「確かにそう聞こえたわ」
「ひょっとして、俺たちが救世主ってメリットは思っているのか?」
「わけないでしょ。あたしならともかく、なんであんたが救世主扱いされないといけないわけ?」
「富美子が救世主って。そんなアイドルもどきが救世主なんかになれるわけない。冗談だろーーーー」
「キィー、それを言うなら、オタニートごときができるわけないじゃないの!」
「いいえ、タカ、フミコさん。わたくし、いえわたくしたちエルフ族にとってはあなた達は救世主なのですよ」
「「ええええええええええええっっっっ!!」」
俺たちは同時に驚きの声をあげた。