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残念な仲間06

エルフ、オーク、ゴブリンと旅する残念な冒険者07


残念な仲間06


 突然、ドーンドーンという不気味なドラムの音が聞こえてきた。次第に近寄ってくる。

「な、何よ。この音は?」富美子が身震いをして周りを見回す。

「どうやらおいでなさったようだぜ」

 スクラブが舌なめをして音のしているほうを見つめた。

 俺たちもスクラブの見た方向に目をやった。

 オークたちの集団の向こうから、ひときわ大きいオークが現れた。頭はモヒカン刈りで上唇がめくれ上がった醜悪な奴だ。身体中に傷が見てとれることから、戦い慣れているのがわかる。

 そいつがゆっくりとこちらに向かってくる。

「な、何よ、あれ?」と下にいるスクラブにたずねる富美子。

「ケスマンだ。吾輩と同じ地位でオークの群れをまとめている」

「つまり別の部族の隊長ってとこか?」

 俺の問いにスクラブはうなずいた。

 ケスマンが肩を揺らしながら、オークにしては威風堂々とした歩き方でこっちに来た。

 オークの群れがあわててケスマンの行く手を、さざ波のようにさっと引き始めた。

 ケスマンは俺たちから数メーター離れたところで立ち止まり、大声で呼びかけてきた。

「おい、スクラブ、いい身分になったものだな。仲間を裏切り、女どもと駆け落ちとはな」

「あ、あの、わたくしは違います」

「あたしも違うわよ!」

 メリットと富美子が音量こそ違うもののはっきりと否定した。

「早速ふられたか。いい気味だ!」

 ケスマンは腹を抱えて笑った。

「吾輩はこの娘とともに群れを抜ける。そこをどけ!」

「はい、そうですか、とでも言うと思ったか。人間の小娘ごときにたぶらかされおって! この勘違い野郎!」

「なんとでも言え。短いつきあいだったが、お前との腐れ縁もここで終わりだ。さあ、失せろ!」

 ケスマンは言葉に従うどころか、ニヤニヤ笑いながら近づいてきた。

「タダで抜けられるとでも思っているのか。おめでたいにもほどがあるぜ」

 ケスマンは手にしている粗削りなこん棒を振り上げた。

「これは俺からのせんべつだ。受けとれや!」

 真下に叩き落としたこん棒の一撃を、後ろにバックステップしてかわす。

「とっ、とっ、とっ、とっ」と上にいる富美子がバランスを崩して落ちそうになっている。

「こらあっ、もうちょっと考えて動きなさいよねっ!!」とか、わめいているが。

 スクラブは富美子の叱責を聞き流して、注意をケスマンに向けている。

「ちょっとおっ、無視するな!」と富美子は叫んでいるが、そんな余裕もない相手だということか。

「実力で通るしかなさそうだな」

「当たり前だ」

 互いにニタリと笑う。

「お嬢様、悪いが少し降りていてくれるな?」

「えっ?」

「あいつはハンデなしマジで殺り合わないと、ヤバい相手だからな」

「わ、わかったわよ」

 富美子もただならない雰囲気を察して、いつになく素直に従った。

「その女のせいで群れを抜ける気になったんだろう? 女に遺言はないのか?」

 ケスマンが舌を出して挑発した。

「遺言か、だったら今までいろいろ世話になったな。その借りは今ここで返してやるぜ。……お前の命でな」

「ぬかせ! 以前から気に食わなかったんだ。今度こそ引導を渡してやるぜ!」

 スクラブとケスマンは互いににらみ合った。彫像のように動かず隙を狙っている。

 俺たちは、いやオークの群れも、みな息をのんで、その瞬間を見守っていた。

「おりゃああああっ!!」

「きええええええっ!!」

 両者の奇声とともに殴りあいが始まった。

 格闘技の無差別級とはわけが違う。

 互いに腕を振り上げ、蹴りをくらわし、頭突きをかます、ルールもなにもあったもんじゃない。まさに命がけのデスマッチだ。

 俺たちはその戦いのすさまじさに、ただ息をひそめて見ていることしかできない。

 人間同士の戦いでは相手との駆け引きがある。例えば技の応酬とか、相手との間合いとか、何らかの戦法を考えながら動くという具合だ。

 しかし、このモンスター同士ではそれがない。あるのかもしれないが、そんなこと知ったこっちゃないという感じだ。

 強いて言えば、子供のケンカの命がけ版とでもいうか。

 とにかく殴り合い、蹴り合い、体当たりをして、倒れたら相手をかまわずボコボコにする。倒された相手もかみついたり、下に転がっている岩や砂を投げつけて相手のひるむんだのを見て距離を置くという原始的極まりない戦いだ。

 だが、それゆえに迫力は桁違いだった。

「すげえな。異種格闘技戦なら判定とか、TKOとかになりそうだけど。さすがモンスター同士の戦いだ……」

「ど、どっちが勝つのよぉ……?」

「俺に聞かれてもわかるかよ。強いほうが勝つとしか言いようがないだろ」

「当ったり前じゃない」

 ずっと黙っていたゴスが渋そうな顔になってきた。

「あっしらは逃げる用意をしたほうがいいでガス」

「スクラブが負けるっていうのかよ」

「なんとなくでガス」

「何か理由があるのか?」

「そんなもの無いでガス。ただ、カンでガス」

「しょーもないわね。そんな根拠もないことで決めるなんて」

 ゴスは富美子をにらんだ。

「あっしらは常に生きるか死ぬかを見定めなければならないでガス。間違えれば、即、死につながることもあるでガス。その時にカンにすぐれなかった奴はとっくに死んでるでガス」

 理由でなく感性が研ぎ澄まされてないと状況判断を見誤る、というわけか。モンスターらしいというか、でも一理あるな。

「だが、スクラブがいなくなったら俺たちはこの戦場から生きて逃げられると思うか?」

 俺の問いにゴスは考え込んだ。

「難しいでガス」かなり間をおいてゴスは答えた。

「スクラブには勝ってもらわないと困るでガス。あっし一人じゃ何とかなるかもしれないでガスが、あんなお荷物いたらまず逃げられないガス」

 やっぱりそう思うか。

「ちょっとお荷物って誰の事よ」

 まあ、怒るということは実感があるらしい。

「スクラブうっ! 早くやっちゃいなさいよおっ!」

 富美子の声援も聞こえてはなさそうだ。

 しばらく肉弾戦が続いたが、しだいにスクラブの目の周りは赤く腫れ上がり、体のあちこちから血が流れ出した。立っているのがやっとの状態だ。

 ついにケスマンの一撃でスクラブが吹っ飛ばされた。

「うわっ!」

「そんな!」

 動揺する俺たちをよそにケスマンがどや顔で立っている。

 その顔からは次はお前たちの番だぞ、との表情が浮かんでいた。

 スクラブは俺のいるすぐそばに、地面にうつ伏せになってあえいでいる。

 俺はあわてて駆け寄った。

「くそっ、油断したぜ」

「おい、勝てるのかよ?」

「さあな」

 スクラブの表情からして、かなりヤバそうだ。

「おい、スクラブ、富美子は強い奴が好きらしいぞ」

 こっそりと耳元で吹き込む。

「ほ、ほんとか、それは?」

「ああ、うまくいけば下着ぐらい譲ってくれるかもしれねえぞ」

 下着と聞いたスクラブの鼻から勢いよく鼻息が吹き出した。

「下着……、お嬢様の下着……、ふぅーーっ」

 かっと目を見開き、スクラブが立ち上がった。

「いいぞ! その意気だ。なんとしても下着をゲットしろっ!!」

「ちよっと、一体何を吹き込んだのよぉ?」

 富美子がギラリと俺を見た。

「い、いやあ、ヤバかったらちょっと檄を入れておいた」

「『下着』とか言ってなかったぁ?」

「き、聞こえてたか?」

 顔と背中から冷たい脂汗が流れ落ちる。

 般若の表情で富美子が俺をにらみつけた。

「あ、あの場合はああでも言わないと、ダメなんじゃないかと思ってな」

「こ、このクソニートおおおおおおぉぉーーーーっ」

「ま、まて、落ち着け。まだスクラブが勝つと決まった訳じゃ」

 俺がそう言ったとき、ケスマンはアッパーカットを食らって、空を舞っていた。

「や、やったでガス」

「……」

「……」

 俺と富美子は何も言えずにいた。

 スクラブは地面に倒れているケスマンを見おろした。

「勝負あったな」

「ば、馬鹿な……」

「これでわかったか。これが愛の力だ」

「はい?」

 目をむいた富美子のその表情はアイドルの片りんさえなかった。

 どう考えても欲望と煩悩による執念だろ。

「くそおおおおおっ、こんな奴に負けるなど、この俺のプライドが許さんーーーーーーーーーーーーっ!」

 大声で吼えたケスマンに向かってスクラブは侮蔑した眼差しで見下した。

「なら、死ね」

 そう言うなりスクラブはケスマンに向かって突進していった。目前でジャンプをする。

「うぎゃあああああーーーーーーーーーっ!」

 富美子が目を反らした。

 ケスマンの頭にスクラブの足が落ちてきた。そのまま頭蓋を踏みつけにする。

 ふぇ、フェイタリティー。

 あの勢いだ。おそらくケスマンの頭はひとたまりもないだろう。

「場所を外すでガス」

 ゴスがあまりにも女性陣には刺激が強すぎると判断したのだろう。富美子をその場から引き離した。俺もメリットをかばうように前に立つ。

「富美子に代わって命じるぞ。スクラブ、そいつを俺たちの目の届かないところに捨ててきてくれ」

「おう」

 スクラブは命令通りケスマンを担いでどっかに持って行った。

 周りのオークどもはその迫力に飲まれ、だれもケスマンの敵討ちをしようともしない。むしろ、引き波のように距離を置く。

 周囲が沈黙に包まれる中、それを破ったのはゴスの大声だった。

「何をボーーーーっとしてるでガス。絶好の機会だろ! 今こそオークどもを根絶やしにするでガスっ!!」

 ゴスの一声でゴブリンたちが夢から覚めたように我に返った。

「そ、そうだ!」

「ゴブリン兵士よ! いまこそ攻勢の時だ!」

「うおおおおおおおおおーーーーーーーっ!」

 勢いづいたゴブリンの大群がオークの集団に襲い掛かった。


 後はもうむちゃくちゃだった。

 首領二人が戦線離脱して逃げ惑うオーク兵たち、これを機会に追い打ちをかけるゴブリン兵団、戦闘で倒れた兵士たちの火事場泥棒をねらう敗残兵たち。すべてが大混乱の中、俺はゴス、メリット、富美子がそばにいるのを確認した。

「今がチャンスでガス。あっしらで早く逃げ出すでガス」

「でも、まだ、スクラブが」と富美子。

「あいつなら大丈夫だ」

 俺は何の根拠もなく言った。あのパワーがあれば逃げおおせるだろうし、興奮したオークどもに下手に近寄ったらどんな目に合わされるかわからないからな。

「そ、そうよね。あたしもこれ以上関わりたくないし」

 せっかく助け出されたのに、あんたがそれを言うか?

 少しスクラブが気の毒になる俺だった。

「おりゃあああああーーーーーーっ!」

 ドドドドドと地響きがして、兵士たちを押し分けてスクラブが抜け出してくる。追いすがろうとするオーク兵たちをぶん投げて力任せでこっちに向かってくる。

「吾輩もいるぞおーーーー、置いていかないでくれ!」

「ちっ」

 今、富美子「ちっ」って言ったろ。横を向いているが、確かに聞こえたぞ。

「スクラブ、スゴかったわよ。あなたのおかげで逃げ出せたのよ」

 富美子は何事もなく笑顔でスクラブをねぎらう。

「そ、そうか。おう、こんなことぐらい、朝飯前よ」

 何も知らないスクラブがちょっと哀れな気がするが。

「とにかく早くここから離れるでガス」

「そうだな。走るぞ」

「あ、あたし、もうしんどくて走れない~」

「お嬢様は吾輩が背負うぞ」

 スクラブはヒョイと富美子を背に乗せた。

「メリット、大丈夫か?」

「は、はい。がんばります」

 メリットは苦しそうな顔でも笑顔を浮かべた。

 くうーー、つらそうなのはわかるけど、今は走らないと。

 俺たちは夕焼けの中を戦いの現場から逃れるために外へと走り出した。


 だいぶ走って俺たちは後ろを見た。

 戦いの喧騒は遠くになっていた。おそらくゴブリンどもが勝利を収めたと思うが、今の俺たちにそんなことはどうでもよかった。

 とにかく戦いから逃れ、死なずに済んだんだ。生き延びただけも丸儲け、というやつだ。

「ふー、何とか逃げられたわね」

「全くでガス。これで約束は果たしたでガス。師匠、よろしくお願いします」

「師匠?」

「そうでガス。あっしに絵を描いてくれるんですから、これからは師匠と呼ばせていただきます」

 師匠、師匠ねえ。言われると変な感じだが、悪い気はしない。

「わかった、わかった。だけど、とりあえず落ち着ける場所まで行かないと絵なんか描けないだろ。それからだ」

「わかりました、師匠」

 ゴスは親指を突き上げた。

「そ、そういえば、お嬢様。この吾輩にもご褒美をっ!」

「な、何のことよ?」

「タカから聞いたぞ。戦いに勝ったらお嬢様の下着を頂けるとおっ!」

「ブチッ」

 確かに俺は富美子の額から何かが切れる音を聞いた。

「お、覚えておきなさいよぉ、このクソニートおおっ!」

「こ、言葉のあやってやつだ。あんたも言ってただろおっ!」

 苦しいのはわかるがこう言うしかない。

「というわけで……」

「な、なによ……」

 手をワキワキしながらスクラブが富美子ににじり寄ってきた。

「お、お嬢様ああああっ、この吾輩にぜひとも、その、あなたの下着ををををををををををーーーーーーー...」

「このへんたあああああーーーーーーーいいぃっ!!!」

 パアーーンと乾いた音が響きわたった。

「うううっっ、約束を守ったのにあまりにひどい仕打ち、だが、そこがいい。この見下した目つき、怒りに震えた表情、ほほに広がる痛み、理不尽さと怒りが吾輩の魂を揺さぶるのだあっ!」

「もう完全に変態でガス」

 呆れ果ててゴスが言った。

「あ、あのう、何がどうなってるのか?」

 メリットは困惑した顔でみんなをかわるがわる見ているのだった。

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