残念な仲間05
エルフ、オーク、ゴブリンと旅する残念な冒険者06
残念な仲間05
姿を見せたのは一匹のゴブリンだった。ぼさぼさ頭に少し猫背、ゴブリンにしてはちょっとは見れるまともな顔をしている。どっちかというと口の減らない不細工なガキといった感じだ。しかし、着ている服はほかのゴブリン同様ボロボロだ。
「さっきから聞こえてくる話聞いてりゃ、『天からの使い』だと? このさえない人間が? けっ!」
こいつ、姿はガキのくせして、けっこうひねくれてるな。
「たばかるのもいい加減にしろガス……」
そう言ったゴブリンは俺を目にして急に立ち尽くしている。
あれっ?
あんなに文句をつけたくせに、俺を目の前にしてゴブリンは急に黙っている。
どうやら俺の着ている服に目がくぎづけになっているようだ。
「ん? どうした?」
俺も自分のシャツに目を向ける。
別に何もない。ただ、シャツに二次元キャラの絵がプリントされているだけだが?
こいつ、ひょっとしてこのシャツの絵に見とれているとか?
「なあ、お前、この絵に興味があるのか?」
「な、な、何を言ってるガス! この俺がこんな絵ごときに見とれるなんてことがあるわけなど、な、な、ない……ガス」
顔を真っ赤にして、バタバタと足踏みする。
なんかすごい分かりやすいのだが……。
「なあ、ものは相談だが、俺たちをここから逃がしてくれたら、このシャツお前にやってもいいぞ」
「えっ?」と言ったまま、固まっている。
「悪い話じゃないだろ? このまま俺たちが呼ばれたら服は没収されちまうぞ。ペイペイのお前なんかにこの服が手にはいるはずなんかないだろ? だったら、ここであげてもいいって言ってんだぜ」
「しかしなあ……、仲間を裏切ったりしたら、どんな目にあわされるガスか……」
よしっ、手応えあり。ここは押していくに限る。
渋るゴブリンに俺は決め手を出した。
「この絵、俺のいた世界で作ったものなんだ。俺といっしょに来れば、いくらでも描いてやるぜ」
「描く?」
「そうさ、こう見えても俺は、よく絵を描いて投稿してたからな。あのぐらいの絵なら余裕だぜ」
だてにピクシルで出してねえからな。やっぱり理想の嫁は自作するに限ると思って描いているだけなんだが。その趣味がこんなことで役立つとは。
「ホントにお前とともに行けば、絵を描いてくれるガスか?」
「ああ、約束する」
「エロイのもか?」
真剣な眼差しのゴブリンに、俺は……。
親指を突き出した。
「ふーっ!」
鼻息を吹き出したゴブリンは、とたんに、にやけた顔になった。
こいつ、なんかすごい親近感わくな。
何か俺と通じるものがあるというか。
「い、いいだろう。約束でガス。出たらあっしに絵を描くガス。しかもエロイのをだ」
「ああ、すごいエロイの描いてやるから心配するな」
がっちりと牢屋の隙間ごしに握手する俺とゴブリン。
意気投合する俺たちを、何を言っているのかさっぱりわからないといった表情でメリットが見つめていた。
「俺たちをここから出してくれ。それをもって契約だ」
「ここからお前らを出したら、あっしはおたずね者ガス。それでも逃がすんだからな。約束は守れガス」
こいつもそれなりのリスクを背負ってるって訳か。いいだろう。趣味、嗜好が同じ者通し、破るわけにはいかないな。
「なあ、名前は何って言うんだ?」
ゴブリンは怪訝な顔で俺を見た。
「なんだガス、いきなり?」
「いや、ここから出たら一蓮托生だからな。せめて名前だけでも知っとこうと思って」
俺の言葉にゴブリンは笑い出した。
「面白い奴ガス。人間の中にもこんなのがいるとは思わなかったガス」
そう言うとゴブリンは親指で自分の顔を指さした。
「あっしは『ゴス』ってんだ。これからよろしく」
「ガスガス言ってるのに、『ゴス』?」
「ガスは口癖ガス、名前は『ゴス』、間違えるなガス」
「ま、まあ、いいけど。俺は『目黒高明』。『タカ』でいいよ」
ゴスは鍵を錠に差し込んでガチャガチャさせていたが、カチンという音とともに錠前の金具が外れた。
扉がゆっくりと開かれる。
「助かった。メリットも出てきて」
「はい!」
俺の手を借りて、メリットも牢屋の外へと出る。
「あー、やっと体が伸ばせる」
俺は思いっきり伸びをした。
「おい、約束忘れてないガスな?」
「ああ、だけど、ここを逃げ出してからな。ここじゃ絵を描く訳にはいかないだろ」
「裏切ったら一生恨むからな。覚悟しろガス」
「約束は守る。それが同じ趣味を持つ者としての絆ってやつだ」
このオタゴブリンと俺は波長が合いそうだ。妙に疑り深いとこが、実感できるというか。分かってしまうというか。
「なあ、出口はどこなんだ?」
「ここを上がった先ガス。衛兵がいるが、あっしが捕虜を連れていくと言えばなんとかごまかせるガス」
ゴスは俺たちの手に縄を結ばせる。
「あんまり縛るなよ。かっこだけでいいだろ」
「それでもバレたらヤバイガス。少しはきつく縛っておくガス」
ゴスはそう言うと、俺とメリットの両手を縛り上げて、後ろからついてくるように促した。
見張りがいれば厄介だなとか、思っていたのだが、その心配はムダに終わった。
なぜなら……。
「オークたちが大混乱になってるぞ!」
「やつらが内輪もめのうちに攻め込めっ!!」
「今がチャンスだ、やっちまええええ!!!」
など大声が響き、ゴブリンたちが出払っていたのだから。
「な、何が起こったガス?」
あっけにとられるゴスを尻目に、俺は周りを見回す。
そこにいたのは、オークの群れを駆け抜ける一匹の大きな禿オークとその肩に乗った腹黒女の姿だった。
「そこよ! やっちゃいなさい!」などと指示を出している。
「あらほらさっさ」とか脳内変換されそうなノリだ。
「どうやら富美子がかく乱してるらしい。これはチャンスだぞ。今のうちに逃げ出そう」
「あのぅ、フミコさんはどうするんですか……?」
おずおずとメリットが聞く。
「今のうちに逃げ出そう」
俺はちゅうちょなく答えた。
「……」
困った顔でメリットが俺を見る。
そんな顔されてもなあ。俺とあいつは赤の他人だし、たまたま着いてこられただけで、別に助ける義理はないんだけどなあ……。
しかし、目ざとく俺たちを見つけた富美子は手を振って大声で呼んだ。
「あっ、オタニートよ。ちょっとぉ、こっちよおおおぉーーー!!」
そんな大声で呼ぶなあ。
確かにそうだけど、オーク乗りと一緒にされたくねえ。
富美子がオークの背をバシバシ蹴って方向転換させてこっちにやってくる。
完全に馬扱いだな。いつの間に調教したんだか。
オークに乗った富美子は、そのまま上から俺たちを見下ろしながらしゃべった。
「探したわよ。どこにいったのよ!」
「そっちが俺を置いて走ってったんだろうが!」
「それに何? いつの間にか変なのと、きれいな女の子連れているじゃない?」
おい、俺のツッコミを無視して質問を続けるなよ。
「変なの……?」
「きれいな女の子……」
怒りに震えるゴスと、顔を真っ赤にしたメリット。
「富美子こそ、何でオークを馬扱いしてんだ?」
「吾輩はスクラブだ。お嬢様に仕えると約束した者だ」
オークは誇らしげに胸を張る。
こいつ、すっかり富美子を守る騎士気分だな。
「へっへーん、すごいでしょ?」
富美子は偉そうにのけぞる。
ここから見事にずっこけたら面白いのに、と俺はひそかに期待してしまった。
「この騒ぎは何だよ? おかげで周りは大混乱だぞ」
「あたしを守るために群れを敵にまわしたのよ。そのせいでオークが襲ってきてるのよ」
「結構強そうでガス」
「あたしも驚いているのよ。スクラブがこんなに強いなんて思わなかったわ」
「愛の力だ」
照れもせず言ってのけるとは、こいつ逆の意味ですごい。
「なあ、ゴス。どうしてここから逃げる?」
「こっそりとというわけには、もう行かないガス」
ゴスが苦虫をかみつぶした顔になった。
「へー、この不細工な小人、見かけによらず意外と頭良さそうじゃない」
「いちいち余計でガス」
仏頂面になったゴスはプイッと横を向いた。
あからさまに怒らないのは、富美子が女だということもあるのだろう。
「何よ、人がせっかく誉めてるのに」
それ、誉めてるのかよ。けなしてるの間違いだろ。
「もめてる場合じゃないぞ。それより、予定がくるっちまったけど、どうやって逃げ出す?」
俺はあわてて話題をそらした。
「こうなったからには力業で押しきるしかないガス。スクラブは相当強そうだから、その後ろをあっしらもついていくのがいいガス」
「よし、それで行こう」
「じゃ、スクラブ、頼んだわよ」
「任せてください、お嬢様」
スクラブは胸をドンと叩く。
「今こそハイオークとしての吾輩の本気を出すときが来たぞ! うおーーーーーーっ!」
ゴリラのように筋肉質の胸をボコボコ叩く。
ハイオークって、こいつ、ただのオークじゃなさそうだ。
さしずめオークの上級種族、地位も将軍かボスクラスのオークを味方につけたってのか。
さすが腐ってもアイドル、それなりの魅力でたらしこんだらしい。
「それにしてもそいつ、名前は『ゴス』らしいけどガスガスってうるさいわね。ガスに名前変えた方がいいわよ」
「余計なお世話でガス。あんた顔はいいのに、性格ひどいでガス」
「何ですってえっ!」
俺は思わず爆笑した。
いいぞ、ゴス。よくぞ言ってくれた。