残念な仲間03
エルフ、オーク、ゴブリンと旅する残念な冒険者04
残念な仲間03
その頃、富美子は高明と同じように、別の洞窟内でオークどもに捕まっていた。
ただ違うのは、富美子の方はオークどもに興味と好奇の目でじろじろと見られていることだった。
「おい、こいつ人間の女だあ」
ゲヘヘっ、と下卑た薄笑いを浮かべつつ、手でジュルリとよだれを拭いた。
「久しぶりの上玉だぜえ。どうしてくれようか」
「な、何よ。何する気よぉ」
「何って、決まっているだろう。女が男についてやることっっ言ったらあれに決まってンじゃねえか」
「や、やだあ。あんたら相手になんて、絶対にいや!!」
興味津々に詰め寄るオークどもの息が生臭すぎて、富美子は気絶しそうになっていた。
「待て!」
奥から進み出た一匹の図体のでかい禿オークが、他のオークどもの動きを止めた。
「お、お頭」
「こいつは吾輩が直々に尋問する」
「し、しかし……」
不満げに押し寄せるオークたちをにらみつける。
「この吾輩に何か文句でもあるのか? 命知らずども、わかってるのか。ごらぁっ!!」
鬼そのものの形相で凄まれ、オークどもはスゴスゴと一人抜けまた一人抜けて、最後にはでかい禿オークと富美子だけが残された。
「吾輩の部屋に来い」
「あ、あたしをどうする気よ!?」
「さっさと来い!」
オークはギロリと富美子をにらみつけた。恐怖のあまりカチンカチンに固まってしまう。
「……」
黙ってオークの言うことに富美子は従った。
洞窟を歩かされ、奥にある頑丈そうな扉の前に連れてこられる。カギを開けたオークは、富美子を暗闇の中に押し込んだ。
「きゃあ」
オークは後ろ手にドアを閉める。暗くなった部屋に松明の火のみが周りを照らしている。
「あ、あたしをどうするつもりよ。この豚!」
富美子が震えながら悪態をつく。
「あんたなんかにあたしがひざまずくとでも思っているの! 死んでもいやっ!」
富美子は震える足で周りを見回す。そばに石でできた像があることに気がついた。
「ね、ねえ。よく見たらあなたって素敵よね。特にそのたくましい筋肉、人間じゃあここまですごいの、なかなかいないわよ」
あからさまに媚笑顔を浮かべ、後ろ足で進みながら像を拾おうとする。後ろ手に石像を持ち、背後に隠した。
「ね、ねえ。近くに来て」
言葉に惹かれて、でかいオークは富美子に近づいてきた。
「いい加減にしやがれ、このクソ豚ああああああっ!!!」
思いっきりオークの頭を石像で殴り付けた。立て続けに何度も頭を叩く。
「甘くみないでよねっ! こんな豚男に好き勝手されるもんですか!!」
息荒くオークを殴り付けて動けなくなった姿を見て、ようやく安堵の息をもらす。
「思い知ったか。この豚」
富美子は石像を投げ捨て、倒れたオークを足蹴にする。
「いい気味だわ。あたしに手を出そうなんて」
「いいぞ。今のは効いた」
うつ伏せに倒れているオークから声がもれた。
「ウソっ!」
「この吾輩にここまでやるとはいい度胸だ」
「そ、そんなあ……」
オークは頭から血を流しながら、ゆっくりと起き上がった。
こんなに殴ってもあまり効いていない。このままだと、あたしは殺される。
富美子は震える足で後退りした。
ゆっくりとオークは近寄ってきた。そのまま壁際に追い詰める。
オークの臭い息がかかる。富美子はこのまま食われるんじゃないかと覚悟を決めた。
「だから、もっとやれ」
「はあ?」
「もっとやれって言ってるんだ」
「ど、どう言うことよ?」
呆気に取られて戸惑っている富美子。
こいつ、自分の力を見せつけようとでも思っているのかしら、と富美子は考えた。
「今までこんなことをしてきた奴はいなかった。それがこんな女ごときに……」
オークはじろりと富美子を見つめた。
ん……?
富美子はオークの動きが妙なことに気づいた。
(こ、こいつ、なんか顔を赤らめているんだけど?)
「吾輩は今までこんな扱いをされたことがなかった。誰もがこの吾輩を恐れ、平伏した。今まで戦ってきて負け知らず。相手はすべて殴り殺した。その吾輩がこんな弱い女にいいようにされた」
「は、はあ」
「屈辱だ。たまらないほどの屈辱だ。吾輩の体中にシビレが走る。こんな熱情を感じたのは今までない」
富美子は何がどうなっているのかわからないまま、じっとオークを見ていた。
「……だが、それがいい」
「はい?」
「吾輩の中で今まで感じたことのない感覚が沸き起こったのだああああっ」
「えええっ!?」
顔が真っ赤になっているけど?
「あんた、ひょっとして、『マゾ』?」
「『マゾ』が何を言うのか知らんが、お前に殴られたり罵倒されたことでたまらなく熱くなるのだああっ! そうだ吾輩は熱い。何か理由はわからないが熱い。感じるのだああっ!!」
……まずい。これはMに目覚めてる。
殴りどころが悪かったのか?
ひょっとしてあたしに惚れてしまったとか?
とにかくヤバイ状態に変わりはない。
そう悟った富美子だったが、完全に手遅れだった。
オークはぐいぐいと身体を寄せてくる。
「ちょ、ちょっとお! 離れなさいよ。このマゾオーク」
「いいぞ。もっとだあああっ! それに吾輩は『スクラブ』って言うんだ。オークじゃなくて名前で責めてくれ」
「この変態がああっ!!」
富美子の大声が周りに響いたのか、衛兵のオークが入ってきた。
「やかましい、このアマっ! 首領様の前だぞ。いい加減にしろっ!」
衛兵オークが富美子を突き飛ばそうとしたときだった。
いきなり走って来たスクラブが体当たりで衛兵オークを吹き飛ばした。
「な、なんで……」
あまりにも理不尽という表情を浮かべながら、オークは壁に叩きつけられて気を失った。
「ちょ、ちょっと、どうなっているのよ?」
「お前は吾輩のモノだ。何人とたりとも、触れることは許さねえ!」
「はい? いつからあたしはあんたの物になったっていうのよ?」
「今日、今この瞬間からだ。吾輩はお前とともに生きる。そして罵倒されることに幸せを見いだしたのだああああっ!!」
「大声でいばるようなことかあっ! それにあたしといっしょじゃ、ここにいられるわけないじゃない」
スクラブはようやくそのことに気づいたのか、ボウ然とした表情になった。
「そ、そうか。そうだったな」
「わかればよろしい。だったら、あたしをここから出してよ」
立場が上になったとたん、胸を張り腰に両手を当てふんぞり返る富美子。
「大丈夫だ。吾輩もいっしょにここから出れば問題ない」
「何でそうなるのよぉ!」
「そうと決まれば、ここから出るぞおっ」
そう言うなり、富美子をヒョイと肩にかかえて走り出した。
「な、何するのよ!」
バシバシと足で身体を蹴るが、鋼並みの筋肉質の体には全然効きそうにない。
「うい奴だ。そんなに恥ずかしがらなくてもいいではないか」
「恥ずかしがってなーい。この馬鹿オークっ!」
「まずはここから出るぞ。そして二人で愛の駆け落ちだ!」
「勝手に決めないでええええっ!」
かくして、マゾオークと腹黒女の逃避行が始まったのだった。