残念なお風呂12
エルフ、オーク、ゴブリンと旅する残念な冒険者28
残念なお風呂12
俺たちはほこらの前に立った。
よく言えば火山岩で組み上げられた由緒ありそうな建造物で、単純に言えば、単に岩を積んだだけの小屋といった感じだ。
その小屋が岩肌につながっている。どうやらここから中に入るらしい。
「静かねー、ほんとに誰かいるのかしら?」と富美子がきょろきょろ周りを見回しながら言う。
「精霊の動きは感じます。かなり強い魔力がうごめいているみたいです。もっとも一点に集中しているので、はっきりしたことはわかりませんが」
「そいつが『封印の壺』ってっわけか?」
「後は氷の力もあります。どうやら箱はこの中です」
「箱をどうするかは、とりあえず行ってみてから考えよう。とりあえず先に箱を見つけたほうが有利だろうな」
「このまま『封印の壺』に直接対面するよりはその方がいいでしょうね」
俺とメリットはうなずくと、ほこらの中に足を踏み入れた。
中は真っ暗だ。メリットが光の精霊を呼び出した。全身輝く小さな黄金色の精霊娘が頭上からあたりを照らしている。
精霊がふわふわ移動すると、明かりも揺らめく。
まあ、たいまつやランタン持たされるよりは楽だし、こっちのほうが明るいので助かる。
何より行動中に両手が開くのがいい。戦闘で片手がふさがっていたら、ものすごい不利なのは明らかだから。
俺たちの頭上を精霊娘が浮いている状態で、メリットとチョコが先頭、俺、富美子、ゴスが最後に並んで隊列を組む。
通路は段差の広い階段状になっており、下へと続いている。
数分ほど下ると洞窟は平らになり、奥へと続く。
「思っていたより長いわね」
「人の目に触れないようにと、昔のエルフたちが自然の洞窟に手を加えたといわれていますが、わたくしもここに入るのは初めてです」
「壺は昔に悪用されたことがあるのかい?」
「いいえ、熱くて持っていけないので、誰も手出ししようと思わなかったみたいですよ。冬の寒さよけにはなってたみたいで、避難所として使われたとか」
まあ、そのくらいしか使い道はないか。
「ただ、ここが噴火するにしたがって、この山に近寄る人は少なくなりましたから、今では無用の長物ですね」
「おや、何か見えてきたでガスよ」
俺は目を凝らす。そこにあったのはひっくり返った箱だった。
「『氷の精霊』箱だ! こんなところにあったのか!」
俺たちが箱に近寄ろうとした時だった。
「待ってください! 何か変な力を感じます!」
メリットの警告で俺たちは全員ピタッとその場で静止した。
突然目の前に熱い風が吹き荒れた。
熱い風は箱を中心に渦巻き、揺らめく炎と変わった。
「これがひょっとして『炎の精霊』か?『封印の壺』はどこに行ったんだ?」
「いえ、違います。本物の炎の精霊ならこんなものじゃありません。これは『封印の壺』からあふれ出る力が形になったものです」
「つまり抑えきれなくなった炎が出てきてるってわけか」
「ええ、そうです。これくらいなら今のわたくしにもなんとかなります」
そう言うとメリットは術を唱えだした。メリットのそばに冷たい風が集まってきた。手に包まるように風を集めるとそのまま腕を突き出す。
氷のかまいたちのような風が吹き出し、炎に向かっていく。
するどく炎は切り裂かれ、熱を奪われたのか、瞬時に消え去った。
「やった!」
「すごいわねえ。さすがメリットだわ」
俺たちの賛辞にもメリットは淡々としている。
「これくらいなら大したことじゃありませんよ。それより問題はこの後です。この攻撃で『封印の壺』に封じられた炎の精霊は、わたくしたちの侵入に気がつきました。すぐに何か攻撃してくるはずです」
「とにかく『氷の精霊』箱を回収しよう」
「それはいいけど、今度は誰が持つの?」
富美子の質問にみんなが凍った。
「さ、さすがに今回は……、持ってる人が攻撃の的になるから……」
メリットが言いにくそうにつぶやく。
「ここは言い出しっぺのあなたが持ちなさいよっ!」
おおっ、やっぱり自分勝手な富美子節が出たか。
「そう言う富美子はどうだよ。少しは精霊の攻撃に効果があるかもしれんぞ」
「的になるって言ってたじゃないの。あたしはごめんよ! ゴスにでも持たせたら」
「あっしだって嫌でガス。今回ばかりははずれくじでガス」
「やっぱりここはじゃんけんで決めるしかないか」
俺はしぶしぶ決断を下した。やりたくはないが、そうでもしないと収拾がつかないからな。
「待って! 何か来た!」
メリットが鋭く俺たちを制止させる。
箱の横あたりに俺にでも感じられるぐらいの圧力と空気の流れ、それは次第に熱くなってきて渦巻いていく。
「まさか、こいつが……」
「覚悟してください。みんな、わたくしの後ろに隠れて」
メリットが真剣な表情で俺たちの前に出た。
炎が巨大な渦になって俺たちの目の前に姿を現す。揺らめきながらこちらの様子をうかがうように静かに動いているさまは、まさに生きた炎というにふさわしいものだった。
俺はメリットの手を取った。
「撤退だ!」
「ええっ?」
「こんな狭いところで火でも吹かれてみろ。俺たち全員ローストビーフだ」
「ロースト? と、とにかくこの場所ではあのときのオークみたいになります。タカの言うように逃げたほうがいいですね」
俺たちは一目散に元来た道を駆け戻る。後ろに風が吸い寄せられる。
間違いない。いったん風を吸い、一気に炎にして吹きかけるつもりだ。
階段を駆け上がりだしたのと、後ろからくる熱風が来たのとほぼ同時だ。たちまちのうちに通路は火の海と化した。
「うわっ、うわあああ、火が巻き上がってくるでガス」
「いったん建物の外に出るんだ」
ようやくわかった。この長い階段そのものが罠で、火が吹き出したらほこら中が火の海になるってことか。
「出たらすぐ横に逃げろ! 前に行くな!」
みんながうなずいたのでこの混乱の中でも聞こえたらしい。
俺たちは息も絶えだえ、ほこらから逃げ出した。
建物から出た俺たちは洞窟の横壁にへばりついた。
そのとたん、洞窟の穴から炎が噴き出した。
さっきのオークたちはこの炎の一撃を食らって全滅の憂き目にあったってわけか。
「みんな、いるか?」
「な、なんとかね」
「わたくしもいます」
「ぼくもいるケン」
「あっしも何とか逃げ出したでガス」
全員無事でなによりと、俺が周りを見た時だった。
もう一体、いてほしくない奴がいた。
人型をした炎の塊がほこらの前にうごめいていた。