残念な約束02
エルフ、オーク、ゴブリンと旅する残念な冒険者16
残念な約束02
「師匠、いつになったら描き出すでガス」
俺が紙を前に何もしないでじっと見てるだけなのを不審に思ったのかゴスが文句を言う。
「どう描くか考え中だ」
「そんなのパッパッと描いてくればいいでガス」
「フッ、これだから素人は」
俺はガタンと立ち上がった。
「いいか、何事も構図が大事なんだ。絵師によってはインスピレーションの思うがままに描き出すのもいるだろう。そういうやり方を俺は否定しない。得てして才能というのはそういうものだからだ。しかぁーし、最低限の完成形イメージというものがすでに作る前に描けていないとダメなのだ」
「そういうもんでガスか?」
「ましてや、今回は消しゴムさえない。つまり、これは描きながら修正するという手段が使えないということだ。つまり絵を描くときは一発勝負、引く線は一回限り、一期一会の精神で描かなければだめということになる」
「なるほど、おみそれしたでガス」
「よってイメージを固めきらないうちに描くのは、俺にとってはいい加減な仕事をするも同様だ」
「ははあー、そこまで考えていたなんて、変に口をはさんですみませんガス」
訳も分からないままゴスが平伏する。
しばらく絵を見つめていた俺だったが、やっとイメージがまとまり紙に集中する。
あたりを沈黙が覆う。真剣空気の中の緊張感が部屋を支配する。
俺は無言で描き出す。思い浮かんだ構図を絵に映しこみ、そのイメージに従い、線を紡ぐ。なんせ書き直しがきかないから真剣にならざる得ない。
俺が炭塊を握りながら紙に向かう姿をゴスがただじっと見つめている。
この緊張感を消してはいけない。イメージが続く限り一気に書き上げる。一度切れた集中力を取り戻すにはものすごい困難が伴う。実際に気持ちが途切れた作品をもう一度描いてくれと言われても俺には無理だ。
少なくとも下書きはきっちり描くというのが俺のポリシーだ。俺は一心不乱に紙に向かい続け、線を描きこんでいった。
「終わった……」
俺は下絵ができあがってふうと顔を上げた。
「どうだ、ゴス。この絵の出来栄えは」
「……」
あれ、なんか黙っているぞ。
俺としては悪くない出来栄えだと思うがな。
特にこの胸の形、腰のくびれ目、ヒップの上がり具合、想像で描いたとはいえかなり真に迫ったものがあると思うぞ。
「まあ、確かに悪くないでガスよ。特に顔を真っ赤にして苦しさの中にも浮かび上がる恍惚感あふれるエロ顔はものすごくいいでガスが……」
「だろう、力作だと思うがな」
「あっしが気に食わないのは、その絵のモデルは『フミコ』でないでガスか?」
確かにゴスが指摘したように、絵は『村富美子』→『胸不二子』のイメージになっているかも。
「だめだったか?」
「あっしはあの女はダメでガス。あまり興味や関心は持てないでガス。師匠はなんであの女をモデルにしたでガスか?」
「普段偉そうにしてる女こそ、エロい表情をしてるときに興奮するんだが。少なくとも俺はそう思うが……」
「あっしは嫌でガス。好きでもない女の体を見て何が面白いんでガスか?」
「わかってないな。普段高潔ぶった奴の別面が実は淫乱だった。それを普段は全く見せず影ではエロい事してるってのが嗜虐心をくすぐるってものだろう」
「師匠の考え方にはあっしは同意できないでガス。好きな女の子の裸を見るほうがいいでガス」
「フッ、甘いな。女の見せるギャップがいいんじゃないか。だいたい普通の姿がいいなら、なぜわざわざ裸で興奮するんだ? 普段と違う姿だから興奮するってのがあるんじゃないか」
「だからといって、フミコをモデルにするのは間違っていると思うでガス。師匠のそれはフミコ憎しからくる復讐を絵でやっているのと変わらないでガス」
こ、こいつ、偉そうに。だが、その考えは確かに当たっているかもしれない。
俺は確かに自分の欲望を絵にぶつけてきた。富美子が絵のモデルとしてふさわしいこともある。しかし、現実はどうだ。
俺は絶対に富美子に好かれないという確信がある。そのストレスを絵にして発散させていることも事実だ。
自分の絵が欲望の産物なら、ゴスの言うことにも一理ある。
「確かにゴスのいうこともわかる。俺はもっと純粋になって絵を描くべきだったかもしれんな」
「わかってもらえてうれしいでガス」
「じゃあ、ゴスはどんな絵を描いてほしいんだ?」
「あっしですか、なら、あのエルフの女を描いてほしいでガス」
エルフの女って、まさか……。
「メリットのことかああああっ!?」
ポッと照れるゴス。
「そ、それはダメだ」
「何ででガス」
「メリットの体は汚しちゃいけないからだ。俺にはメリットをモデルにするようなことはできない」
「何ででガス。好きだからこそ、ハダカを見たいんじゃないんでガスか?」
「そ、それは……」
「師匠こそ、自分の欲望に素直になるでガス。師匠だってメリットのハダカ興味あるはずでガス」
それは悪魔の誘惑だ。俺にとってはメリットは雲の上の存在、下から見上げる偶像に近い。
あんまり近寄ったら熔けてしまう。俺にとっては触れてはいけない、汚してはいけない存在だ。
富美子と親しく話をしているだけでも不安なのに、もし男でもできようものなら、俺は、俺は……。
「師匠、師匠。どうしたでガス?」
いかん、いかん。俺は自分の世界に入り込んでいた。
「とにかくメリットはダメだ。別の子なら誰だって描いてやるぞ」
「あっしはメリットがいいでガス。身近な女のハダカの姿、興奮するでガス」
「いや、俺は」
身近な女というより、俺にとってはメリットは特別だから辱めにあわせたくないという気持ちだ。
「メリットは俺にとって大切な人だ。だからこそ、描くわけにはいかない」
「師匠……」
ゴスが俺を見た。その眼には同じ悩みを持つ者だけが見せる共感があった。
「あっしにもわかるガス。師匠にとってあのエルフの女性は高根の花だったんでガスよね。あっしにとっては人間の女はみなそうでガス。あっしらがいくら思い恋焦がれても遠い存在、師匠にとって女性はそうだったんじゃないでガスか?」
「ゴス……」
「その思いが高じて絵を描いているガスよね。それが絵ににじみ出ているからこそ、あっしは師匠の絵に一目ぼれしたでガス」
「そうか……わかってくれるか」
「師匠、もう無理することないでガス。師匠の思うがままに絵を描いてほしいでガス」
「わかったよ。俺はもう迷わないぞ」
そうだよ。俺は女性へのあこがれを絵にしたらいいんだ。
俺は再び紙に向かった。静かに絵に自分の気持ちを打ち明けていく。
出来上がったのは、美しいエルフが裸でこっちを向いて微笑んでいる姿だった。
「おおっ、すごいでガス!!」
「俺の力作だ。これでいいか」
「満足でガス」
俺たちが絵の完成を喜んでいるその瞬間だった。
ガチャリとドアが開いた。
「ガシュマロの樹液の固まり取ってきましたよ。作業ははかどっていま……」
カランと木の小皿が地面に落ちる音がした。
「えええええええっ!」
メリットが甲高い声を上げた。
「ふ、風景画じゃなかったんですかあー?」
「いや、そ、それは……」
「この絵はわたくしが預かります」
そう言うなりメリットは顔はおろか長い耳まで真っ赤になって絵をしっかりと抱えて出て行った。
メリット……。
「かわ、いい。耳まで赤くなって恥じらいながら出ていく姿最高でガス。師匠、絵は今度でいいでガス」
「あ、ああ」
「あっしは自分の部屋に戻るでガス」
「お、おお。おやすみ」
メリット同様赤い顔をしたゴスはよたよたと自室に戻っていった。
あいつのやることが俺にも想像がつくな。
その夜、俺もメリットの恥じらう姿をおかずに、ご飯三杯は余裕でした。




