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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
魔神様の謹製スフレチーズケーキ
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猫は喜び庭駆け回り

 回想回です。スキーしてます。

 ありんこのスキー経験?そんなものはありません。やったことありません。ので、昔やったことあるという知り合いに聞いてそれっぽくなってたらいいなという状態です。ホントはどういうふうに習うんだろう。

 一面の白だった。

 空の色は白く濁って、地面は真っ白な雪に覆われて、自分の陰も薄い。目が慣れてくると滑っている人のカラフルなウェアが見えて来た。地味な色だと遭難するんだな。リフトにも乗っている。面白そうだな。

「はぐれるなよ」

「ししょーこそ」

 イルマのウェアは上下ともにショッキングピンクだった。

 一方師は……ショッキングピンクだった。全身。全身である。単にサイズとかの都合で貸し出されたのがこれだったのだが、髪が長めなせいもあってごついおばちゃんみたいになっている。

 帽子が虎柄だったら完璧だったのだが、残念ながらライムイエローだ。貸出って怖い。

「それにしても女物を貸し出されるなんて、ししょーってばダイナマイトバディ?」

「ダイナマイトバディだとガチムチ系になるだろうが。あと、男物だ」

 ガチムチ系とは、発達した筋肉の上に脂肪がついている男性の体形である。イルマが訊き返したのはそこではない。

「え?何て?」

「このウェアは男性用だ……」

 しばらく何も言えなかった。人がいるところからは距離があるし、風も大して強くないので音がしない。雪が音を吸い取っている。

「……珍しいデザインだね」

「そうだな」師は一歩踏み出した。ちょっとよろける。「気をつけて歩け。足首が固定されているから、危ない」

 スキー板をつけたところで、立つ練習から始める。インストラクターは頭部が猫で、多少巻き舌にあれこれとまくし立てる男だった。嬉しそうに耳を動かす茶色い目の茶虎。熱心な指導にも拘らずイルマは中々立てなかった。

「コツを教えてやろうか?」

 少し前に立ち上がった魔導師がぼそりと呟いた。その顔をじっと見てから、いいよ、やめとく、と返す。自立心が高いからというだけの理由ではない。猫のインストラクターが見上げて笑った。

「じょーちゃん賢いにゃ。おにーさん生まれたての小鹿みたいにゃカッコするコツにゃら知ってそうだけどあれじゃにゃ」

 縦に裂けた瞳が、プルプル震えながらどうにかこうにか不自然な姿勢で立っているショッキングピンクの男を見ている。確かに小鹿にも見える。

「ちゃんと立てるかどうかはにゃああああああ!?」

 猫の頭に手袋をはめた指がめり込んでいた。もちろん生まれたての小鹿の指である。蹄じゃないところがポイントだ。

 みしみし音が鳴る。インストラクターの両足が地面から十センチくらい浮いた。師がネコミミに口元を近づける。あ、いいなーあの人。私もやってほしい!

「痛にゃあああああああああっやめるのにゃあああ」

「講師だと思って聞いていれば人のことをよくもよくも俺は初心者なんだからすぐにちゃんと立てるわけがないだろう立てているだけいいと思えそうだそうだ貴様が悪いんだ猫がそうだ貴様の指導法が悪いのだ」

 オマエノセイダソウダロウ。いつもは澄んでいる藤色の瞳がゴーグルの奥で酷く濁っている。

「生まれたての小鹿状態でどうやったら人ひとり片手で持ち上げられるのか教えてほしにゃあああ!?ちゃんと立ててるううう!」

「うん?……おお、立てている。さすがプロだな、こんな短時間で教えられるとは」

「それはどうもにゃ……でも早く下してほしいにゃああ。痛いにゃ」

 ぽいっと鹿は猫を放り出した。スキー板にも慣れて来たらしい。イルマは彼をじっと見た。瞳が透き通って、柔らかな針のような微笑が現れる。

「どうした、イルマ」

「やっぱりコツ教えてよ」恨めし気に唇を尖らせて、緊張した声でお願いする。「私も立ちたいな」

 現金な子供に笑みを深くして、ストックを軽く雪の表面に擦る。

「コツか」

「そうだよ、教えてよ」

 ゴーグルのせいで目元の表情はわからない。だが口元は女のように優し気な笑顔と見える。寒いからか頬と唇が赤くなっていて色っぽい。

 彼は端的に告げた。

「だが断る」

 うぇ。硬く目をつぶる。首もすくめる。わかってはいたが思い切り鞭打たれるような六音節だった。

 拒んだのはイルマの方が先だったのだから仕方ない、こうなっても仕方ない。予想もしていた。でも本当に面と向かって言われると痛い。心が痛い。

 泣きそう。だが泣くな。だってししょーは悪くない。悪いのは私なのに。目を潤ませて震えている少女の頭に冷たい手が載る。

「なにせ教えようにも、俺がどうやったか分からんのだ」

 それは存外に優しかったという。

 昼の二時を過ぎるころには滑れるようになった。カニ歩きで移動だのコケる練習だのをこなして来た甲斐があったというものだ。ショッキングピンクコンビも気にならなくなった。リフトに乗って上がり、上から滑り降りる。

「うわあああ膝かっくんみたいだよう」

「慣れろ。一応安全なはずだ」

「ししょー、膝笑ってない?」

「気のせいだ」

 ぷらぷらと板をつけた両脚が振れる。ここに雪が積もったら重みで足が折れそうだ。けっこう高い。二人で並んで座るタイプなのが救いである。

「生還率いくらなんだろうね」

「70あればいい方なんじゃないか」

 リフトは一人乗りのやつだけ乗ったことあるとです。知り合いによると二人乗りのやつがスキー場にあったとです。

 ウィンタースポーツで経験あるのは凍り鬼くらいです。

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