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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
魔神様の謹製スフレチーズケーキ
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雪の音聴かせて

ほのぼの回想回です。

 イルマはうつらうつらしたまどろみの中でオレンジ色を見た。それ以外は何も見えない。一度目を閉じて、それから開ける。しばらくその光景に唖然としていたが、不意に、トンネルの中なのだ、と了解した。

「起きたか」

 顔にまでかかっていた毛布を剥いで、シートの横のレバーを押すと、締めていたシートベルトが首の皮膚表面を擦りながら元の角度までシートが戻った。

 運転席の魔導師はいくらか運転に慣れてきたようだ。それが証拠に車の中で電波をトンネルに遮られて切れ切れになりながら、ラジオが響いている。

 よく知らないが、朝ドラのテーマソングに使われている曲だと最後にMCらしい気楽そうな声が言っていたのでそうなんだろうと思う。いい曲なのかな?それはわからない。

 魔導師も苦笑いを浮かべる。最近の音楽というやつは男が数人でハモっていなければ若い女がきゃあきゃあ耳障りな金切り声で騒いでいるばかりだな――その通りだと思った。

「CDに替えようか。イルマ、足元のカバンに何枚か入っているから適当に選べ」

「はーい」

 でもししょーが聴くようなのって、どれもこれも大昔のやつじゃんか。言ってやりたいところだったが、流行りのポップスとやらも気に入らないので黙ってカバンにあったCDを一枚選んで入れた。

 しばらく機械が考えている音がして、演奏はそれから流れる。ピアノの練習曲らしかった。ピアノ一台でさほどテンポの速くないクラシックを弾いている。

 フレンチトーストの作り方がわからなくてググっていた一人暮らしのおっさんが持つのは違和感だが、事務所兼住居のビルには箱型のピアノがあった。イルマの家にあったような黒いお化けみたいなグランドピアノではない。

 白くて氷細工みたいな、あれを弾くのかもしれない。

「ししょー、今度一曲弾いて見せてよ」

「ああ、機会があればな」

「機械?あるじゃん、事務所の上に」

 魔導師は何を言っているのかわからないという顔でしばらくものも言わずに前方へ目をやっていたが、気付いたらしい。きかい、ああ、機械な。何度もうなずく。

「確かにあれも、機械か。……だが、ああいったものは普通楽器と言って機械とは言わん」

「そうなんだ。じゃあ、チャンスがあればってこと?それでもあるじゃん」

 笑う時のように唇を曲げて眉をひそめ、鼻の横にしわを寄せて、そんなおかしな表情になって魔導師が、そうだなと言った。

 ほどなくしてトンネルを抜けた。一曲が終わるより早かった。眩しいくらいの朝の光に反射的にぎゅっと瞼を閉じた。見ないのか?と意外そうな男の声にもう一度こわごわ開ける。

 最初、何を見ないのかと言われたのかわからなかった。目の前にはただ、脆い白い霜が降りたのを車のわだちが2本線で削って黒いところが露出したコンクリートの道。

 あとはトンネルの時から前を走っていた無駄にでかいワンボックスカーのお尻があるばかりだ。灰色の鉄板がどこかにぶつけたのか凹んでいる。

 空は曇っているのだろうか、白い。全身の熱が空高く吸い上げられていくような冷たい白の中に、チャコールグレイの雲が一つだけ千切れて浮いていたのを、無意識に眼球が追う。

「あっ」

 中央分離帯に、うずたかく白く雪が積もって、ところどころ泥の色になって、融けかけては凍り、シャーベットのように見えた。

「国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国であった」中央分離帯の雪のちょっと手前の運転手が少し得意げにそらんじた。「まさにそんなところか?」

「うん!ホントなんだね!すごい!」

「さっきのトンネルが貫いている山の影響で、あっち側は雪が積もらないだけなのだが……さて、もうすぐ高速を降りるぞ」

「はーい!」

 無垢な子供の夢に対地ミサイルでもぶっぱなすような失言が聞こえたようだが、そんなことで目くじらを立てたりはしない。

 またもうひとつ料金所でいくらか払い、白の軽四駆は一般道へ降りる。積もった雪のせいか歩道を行きかう人はあまりいない。車道からは雪が撤去されているが、どうにかこうにかという雰囲気が目に見えて愉しい。

 ソロピアノの演奏が、何だか雪の降る音みたいに聞こえた。

 一般道を白と黒に染まる山に向けて走ってゆく。山道に入る前にコンビニによってトイレを借りた。師は新発売のコーヒーに手を伸ばしかけて、案の定やめて、乳酸菌飲料を二本買った。

 山道は酔いやすいから朝食はついてから!無意味にきりっとした顔で言う師に笑わされる。

 しばらく山を登ってゆくと、白い世界の中に黒と灰色の細い線状の構造物を見た。リフトである。

 目当てのホテルはそのすぐ近くにあった。駐車場に車を止めて、荷物を担いでてくてく少しの距離を建物まで歩く。師は道中ずっと、変な角度で止めてしまったらしく後悔していた。

 日々の生活に車がある人には非日常の演出に車が近くにないというのが効果的なのだろう。車が近くにあったことがないイルマにとっては理解しかねる感覚だが、感覚の元くらいは理解した気がする。

 ホテルの方から歩いてきた品のいい老婦人に「一人で来たの?」と声をかけられた。

「ううん、ししょーと二人で……あれ?」

 すわ迷子かと視界の中を捜したが、何のことはない、ちょっと後ろの方で凍りかけた古い木の電柱に手をついて黄色いものを吐いているだけだった。

 潰れたカエルのような声がその喉の奥から漏れてくるのを聞いて、人のこと言えた義理じゃないよ、と言ってやりたくなった。

「とにかく一人じゃないよ。おばちゃんは?」

「私も、夫と二人で来たわよ」

 そうなんだ。気を付けてね!と元気に夫人と別れ、ししょー先に行ってるよ!とまだ吐いている魔導師に声をかけててくてくホテルへ歩いていく。

 魔導師は喉に吐瀉物でも引っかかったのか、しばらくその場で湿った咳をしていたが、酸っぱいような変なにおいを漂わせながら小走りで追いついてきた。鼻の頭にしわが寄る。

「ししょー臭い」

「そうだな、部屋についたら歯を磨かないと」

 チェックインを早々に済ませると部屋へはロボットが案内してくれた。ハイテクだ。

 師が部屋に備え付けの歯ブラシでしゃこしゃこ口腔を洗う間、イルマは二段ベッドの上段でごろごろしていた。初めて見るからテンションはダダ上がりである。

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