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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
魔神様の謹製スフレチーズケーキ
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真冬に二人、ぶらり旅

 回想編です。梅雨真っただ中の本編とは違い、冬本番であります。

「レンタカー、というのを知っているか?」

 北の方の町で初雪の予報が出た十日のちのことだった。この前髪をバッサリ切られたから首筋が寒い。

「お金を払って車を借りるんだよね。知ってるよ」

 イルマは今日も本を読んでいた。魔導書。ここに弟子入りして3か月、残念ながらまだまともに呪文の一つも教わっていない。

「それが?魔法、教えてくれる気になったの?」

 魔導師は首を振った。なんだーつまらない。

「そうか。……スキーは、しに行かなくていいのか」

「へ?何だって?ちょっ……待ってよししょー!」

 イルマは小1時間、荷物をまとめる男を追い回して問い詰めた。それでやっと、魔導師は自動車をレンタルしてスキーをしに行く計画を話したのだ。

 何でもっと早くに教えてくれなかったのだろう。憤慨しつつも取って返して自分の荷物をまとめて、事務所の出入り口前に置いた。

 置いたが、早速、出発である。思い立ったが吉日を言葉に忠実に実行できるのは自営業ならではのゼロGな尻がなせる業だ。

 まとめた荷物を外に持ち出したところで、師は「誠に勝手ながら数日旅に出ます」といった文句の紙をぺたっとビルの入り口に貼りつけた。

 当初の予定では、すぐに車を借りて、明日の朝に到着する見通しだったのが、レンタカーの手続きに手間を取ってかなり遅くなった。車中泊だな、と借りたての白い軽四駆を撫でながら師が呟く。

 車中泊。車中泊!まるで物語みたい。イルマは興奮して車の周りをくるくる回っていた。

「乗らないのか?行くぞ」

 そう言われて慌てて助手席に座る。シートベルトを締める。らしくなってきました。車独特の頭の芯の痺れるような不快なにおいすらすがすがしい。

 信号機のとおりゃんせとブレーキ音、コンクリートを擦るゴムの音を聴きながら一般道を走ること12分、首都高に上がる。

 高速道路などというものの、実は信号がないだけで速度自体の変化はさほどない。とおりゃんせが聴けなくなったから耳に届くのは低いエンジン音とベルトの鳴く高い音。

 ひゅんひゅん過ぎてゆく窓の外の景色は動きが単調すぎるからすぐに飽きた。窓を少し開けると冷たい風に乗って煙たさが鼻を撫でる。思わずくしゃみをしたし、鼻を持っていかれるぞ、と師に声をかけられて引っ込んだ。

 視線をもう少し手前に落として、ハンドルを神経質に握り直したり、こつこつ叩いたりする無気力で繊細な白い手指を淡い緑の瞳で眺めている。

「ししょー、運転慣れてないの?」

「うん」素直に頷いて、彼は目を少し伏せた。「だが心配するな。国家直属魔導師随一のペーパードライバーとは俺のことだ」

 あかんやんけ!ファンタジーさんがツッコむ。どこにいるんだろう。

 ほらな?俺を捨てるからこうなんねんて。今からでも遅ないんやで、ありんこ。ここまでの話全部夢落ちにしてほんまの正統ファンタジーに戻すんや。ほんならちょっとくらい力貸したったってええのんやで……。

 うるさいジャンル名だな。少し黙れ。そもそも、この話は正統ファンタジーなのだ。口出しされるいわれはない。

「それにしては意外とまともに運転出来てるね。すごいんじゃない?」

「どうだかな。……不安だったんじゃないのか?」

「ししょーと一緒なら二千年くらい火の中を落ち続けてもいいんだ。気にしない気にしない」

 少女の言葉にそこはかとない怖気を感じた。冷えて来たな、とだけ言って空調をいじる。

 変な子供と言えばそれまでだが、どうも引っかかる。つい先日の『変態仮面童女事件』もそうだが、単なる変人とは言えない何かがあるように思われる。

 たとえば……そう、変態とか。

「下ばかり見ていると酔うぞ。遠くを見ろ」

「んー……遠くなんか山しか見えないよー……つまんない」

 ミラーに映る顔は確かにつまらなさそうに見える。背後からクラクションを鳴らされて魔導師は慌てて前方に視線を移した。

「うげ」

 材木を積んだトラックが前を走っていた。こいつの後ろは嫌だな。ハンドルを切って隣の車線に一時避難する。それにしても何でトラックが追い越し車線を走っていたのだろう……。

 トラックの後ろではあのクラクションを鳴らしてきた車がまだ鳴らしている。一度隣に避ければいいのにわざわざ鳴らすか。この寒さにも関わらずオープンカーなどに乗っているガラと頭の悪い連中だから関わらないほうがよさそうだ。

「まったく、隣に甲種魔導師がいるとも知らずに馬鹿な奴らめが!ははっ!はははははっ!はははははははっ!」

 こうやって遠くから鼻で笑うのが無難な復讐というものだ。一人で勝ち誇っていたらイルマまでもが楽しそうに笑う。

「ししょー、ししょー!」

「ん?どうした?」

「窓開けといたよ!」

 弟子の笑顔を確認すると同時、反射的にアクセルを踏み込んだ。後ろの方で事故が起きている気配がしたが首都高とはそういうものだ。

 生還率は87パーセントである。あとの13パーセントはお察しなのだ。巻き込まれるわけにはいかない。

「いいか、俺が文句を垂れているときに窓を開けるな」

「え?うん」

「絶対だぞ」

「うん!」

 重体だったそうです、オープンカーの運転手。ニュースは後で聞いたけれど、特に何も思わなかった。運の悪い人だったんだなあ。

「ところで、下を見て何が面白いんだ」

「んふふー何がってそりゃあナニがですよーん」

「気持ち悪い」

「なぬ!?」

 しばらく走った後、サービスエリアで昼食ついでの休憩を取った。ラーメンおいしい。胃袋底なしとばかりイルマは食べるが、魔導師はさほど食べないで昼食を終える。

 とりあえず体を動かすのに必要だから口にするが、食欲はないので必要最小限に抑えたいのだ。鼻の粘膜を刺激するニンニクとこってりほかほかの湯気でお腹いっぱい。

 ぺきぺきと錠剤をアルミのシートから剥がして水で飲む。何の薬だったかよく覚えていない。どこかには効くのだろう。いや、効かないのか。苦痛を低減するための対症療法なのだから。

 どこがどうなっているのか、何度もきわめて抽象的な説明を受けたけれど、彼自身にもよくわかっていない。内臓を、ひいては体中をじわじわ蝕むそうだが詳しいことは話したくないという様子だった。

 治療法の一つもないのだからわからないでもない。しかし冥途の土産に聞いてみたかったのだが駄目らしいのが気に入らないと言えば入らない。複雑である。

 ぺきぺき。ぺきぺき。錠剤を剥がして飲むを繰り返していたら、少女が気味悪そうに箸を止め、唇を歪めて見ていた。

「……ししょー、いくつめ?」

「種類は8、個数なら12といったところだな……それにしても、喉に引っかかっていけない」

 処方箋をカバンに戻し、入れ替わりにサプリメントの入ったボトルを取り出す。うえ、と呻いてイルマの眉が歪む。カプセルを三つ、水で流し込む。喉仏が重たく上下するのを引き気味に見守る。

「ご飯食べればいいのに……」

「悪いが食欲がない。許せ」

 今回はファンタジー要素少なかったけど、その分本編では控えめなほのぼの成分がたっぷりでしたね。

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