黒いアレ
そろそろ日常パートから抜け出せるかもしれませんね。何かがおかしい?気のせいです。清く正しい王道ファンタジーです。あの世にいる謎の男はどこに向かっているのか?そもそもあいつは誰なんだ?別に、この回で明らかになったりはしないけどちょっと楽しみかもしれないですね。ところで挿絵はどういう形式のものをどこに入れたらいいんでしょうか。そもそも入れていいんでしょうか。
放置してます。
文明の進んだこの時代でも、魔法使いは丈の長い上着にブーツ、マントという時代がかった服装のままだった。別に個々人の趣味ではない。確実に規定する法律もない。
ではなぜこんな恰好のままなのか。何と言ってもわかりやすいのである。ぱっと見てああ、魔法使いだなと相手に思ってもらえると何かと助かる。
たとえばばったり強盗に出くわしても、こっそり手に入れた拳銃やナイフでは魔法使いに傷一つ与えられないどころか反撃されると恐ろしいので他の人はともかく自分は助かるわけだ。
昆虫の警告色と同じ理屈なのだ。
とは言うものの通勤ラッシュのスーツ姿の人込みにぽつんと混ざった魔法使いの姿は世にも奇妙、人気のデートスポットに佇むマント姿はもはや怪人、最近は普段は別の服を着るという行動様式の魔法使いたちも多数存在する。
「ああ、久しぶりだね黒字さん!」
月末に家計簿をつけていたイルマは感極まって万歳を三唱してワンと言った。預金残高、47カウロ。1ギデンにもならないはした金だが黒字は黒字だ。
なお、1カウロは日本円にして50円くらい、つまり47カウロは2350円だ。がちゃがちゃちーん。
5000カウロが1ギデン、つまり25万円である。コルヌタでは社会保障が充実しており、生活保護にその他国民が必ず入れられる保険を足して月々このくらいの金額が支給されたりする。
もうちょっと昔ならインフレで1ギデンももっとお手軽|(注・10万円前後)だったが、時代はデフレ、ちょっと高い。だからこの前生活保護を引き下げようという話も出ていた。
いちおうこの上にプロガというのがあるけれど、宝くじのキャリーオーバーな当選金か国家予算くらいでしか聞かない。5000ギデンだからだろうなあ。12億5千万円。
大昔は銅貨をカウロ、銀貨をギデン、金貨をプロガと言ったそうだが今はカウロにいくつか黄銅貨とアルミニウム貨があるだけであとは全部紙幣だ。半カウロが最小単位になっている。
そういう状況だったがやっぱり黒字は嬉しい。
「どうしようこんな黒字……47カウロ?古本屋に行けば23冊くらい漫画が買えちゃうよ」
一方ファンタジーさんは虫の息だった。そして依頼も来なかった。来たところで猫探しだった。魔法によるショートカットも考えたが幸運にしてその必要もなかった。
ファンタジーさんの心電図が電子音を垂れ流す頃に、試験の日はやってきた。
「行ってまいります、師匠!」
「その呼び方はやめて!そして頑張って!」
ユングはどすどすと会場へ大股で歩いて行った。
試験は魔法の歴史や世界史を一通り聞くペーパーテスト、必要な資格や技能を持つか見る書類選考、そして魔法を十種類以上完全に習得しているかを見る実技の三段構えになっている。
合格者は前にも説明したように評価によってさらに上から甲・乙・丙・丁という四つに分類されそれごとに着ける職が変わってくる。
たとえばイルマは乙種合格だから、国に仕えるなら後衛のサポート役と言ったところだろうか。それを蹴って事務所を継いだのに時々後悔を覚えるイルマだった。
甲種合格者は歴代で見てもあまりいない。乙種もまた守備範囲が広いのだ。甲種に求められるのは必殺技のような攻撃魔法の類である。
だがこの必殺技なるものが曲者なのだ。
それこそ300年前ならめっちゃ燃やしたりめっちゃ水出したりめっちゃ光ったりすればよかったのだが、産業革命がそこからちょっとの200年前。
燃やすくらい規模にもよるけど火炎放射機かICBMだ。水とかもはや水素と酸素の化合物なので科学技術で可能だ。
それどころかそれで発電できている。まだ実験段階だが車が走れるそうだ。
光るとか発明王さんが作ったガラス玉使えばできるし最近も青い光の発光ダイオードができたそうな。電気代が浮くからイルマの事務所も電球色のダイオードだ。
え、光ったら消し飛ばせって?先っぽにいけない加工したICBMがあるじゃん。ぽちっ。
だからこの時代の必殺技は、これを使えばこの辺一帯焦土になって半世紀は不毛の地だよとか、呪文を唱えれば問答無用で相手が死ぬよとか。
あとはオゾン層に直接に作用して致死量の紫外線を狙ったところにだけ照射できるよとか、どの魔法も目標さえとらえれば自動追尾で必ず当たるよとか、致死レベル防御不可の逆回復魔法だよとか。
さもなくば相手の存在自体を消去して、どこからもその痕跡は消えて人々もやがて忘れていくよとか。そんなのばっかりだ。多少オーバーキルな位では甲種にはしてもらえない。
「さて、ユングが帰ってくるまでサーフしとくか」
当然サーフィンなどしたこともないしする予定もない。これからするのは、ネットサーフィンだ。調べるテーマは今は特にない。二つ目のチャンネルやアニメ感想まとめをざっと流し読んでいく。
そうだ、50年前が何の年か調べてみよう。
ネットの検索で最初に出てきたのは中古車買い取りの記事とアンティークショップの広告と「革命」の二文字だった。どうもこの年王権が崩れ去ったらしい。
その結果今の民主制が取られるようになったとか周辺との国交も正常化して技術革新が訪れたとかそういうことが書いてあった。中古車とアンティークショップ強い。
革命を起こしたのは囚人で、彼らは一切の見返りを求めずどこかへ姿をくらましたそうである。英雄だが、持った師が師のイルマはただ国に私怨があっただけなんじゃないかとか失礼なことを考えただけだった。
ユングの祖父が魔導師だったとして現役だったころなのだろう。イルマはあの重い杖を思い出して、画像検索をかけてみた。
古い杖の写真やイラストがたくさん並んでいる。その中に各時代の杖について図解したものを見つけたので拡大する。
「へえ、初期の杖ってただ木を削っただけだったんだ」
それがやがて魔力を集めやすいようにだろう、パラボラアンテナのように先端が広がったり逆に細く針のように尖ったりと変化していく。
宝石やガラス玉を使うようになりひとまずパラボラアンテナは要らなくなり、このころ杖が「柄」と「ヘッド」に分かれるようになったらしい。金属が使われるようになったのもこの時代からだ。
つめ型と呼ばれていて、イルマの杖はこのころに近いデザインだが、それにしては柄が生き生きとした白木なので後世のレプリカなのだろう。
ユングの持っているような、ヘッド部分が籠のようになって宝玉を保護するタイプは60年前からちょうど50年前までのごく短い期間作られていたものだった。しかも、国家付きの魔導師に配られているだけで一般に出回ることは無かった。
これは独特な形からかご型と呼ばれる。どうも軍部の増長に従って杖をメイスのように振り回すことが多くなり、宝玉を保護しなければならなくなったのが最初らしい。
いや、今でもちょくちょくメイス代りになっているからそのころからということだ。
そして急速に衰えた。理由はいくつか挙げられている。国が倒れ軍部が崩壊したため注文が来なくなったから。革命によって一気に旧時代の遺物と化したから。当時の魔導師が軒並み首になったから。いくらなんでも重すぎるから。
魔力の集合と拡散をさせる宝玉が籠の中にあるために制御も利かず、結果性能がピーキーだから。
「うーん、どの説もありそうで怖いよ……」
しかしかご型は杖業界に大きな変化をもたらした。
柔らかい石では持ち歩くだけで破損するし、割れやすい石では満足に振ることもできない。とはいえ高い宝石は壊れた時の精神的・経済的ダメージが強すぎる。だから杖の宝玉に使える宝石はかなり限られたものだったが、宝玉自体を保護するという考え方はその幅も広げてくれたのだ。
現在一般的に出回る杖はピンホール型が主流である。ヘッド部分が金属の塊や陶器で、そこに開けた穴に宝玉を埋め込むのだ。
宝玉を遮らないから制御は利くし、このヘッドで物を殴ったとしても(陶器に関してはあまり無茶はできない)滅多なことでは宝石もダメにならない。保護と使い勝手を両立したスタイルである。
しかも、穴に埋め込むから従来はそれなりの大きさが必要とされた宝玉が今や正直小指の爪ぐらいの大きさで事足りてしまうというわけだ。
さて、どうしてユングはまだ扱いの難しいかご型を使っているのか……祖父の形見だから。いや、その祖父はなぜあの杖を残したのかという話である。
祖父とやらが一体いつ生まれた誰なのかはいいとして、彼も魔導師だったはずである。それも、国家付きの。自分が使う杖の性能くらいわかっていたはずだ。
ならば革命後もっといい杖が作られるであろうことも。にもかかわらずあえて孫に残すか?
修行用だとか、メイス代わりだとかならまだわかる。だがユングは一言もそんなことは言っていなかった。それどころか普通に使っていた。今朝も試験会場に真顔で背負って行った。
修行用なら杖は置いて行き、素手で魔法を発動するはずだ。その方が絶対うまくいくのだから。
「おじいちゃんっ子だったのかな……?」
それでも限度があるだろう。
「しあわせ。」
男の亡者があおむけに空を見上げていた。鬼が身をかがめて覗き込む。それじゃあ困るんですよと亡者の額を弾いた。少しむっとして亡者が言い返す。
「困らない。幸せなのはいいことだろう」
「あのね、ここはどこですか?」
「不喜処。」
悠々自適ですよねえ。鬼は少しだけ羨ましくなった。ここも一応刑場のはずだが幸せそうな亡者とは何なのか。
「喜びと幸福とは、イコールで結ばれないものだろう……何事も、喜びもない植物のような静かな生活をこそ幸福とする向きもある」
どこかで血しぶきがあがった。
「そうでしょうけども。……そんな態度だと、また移動ですよ?あなたは苦しむのが仕事ですから」
働いたら負けだと思う、と亡者が言った。また額を弾く。
「さまようのもいいんじゃないか、不毛な刑で。いっそ取り入れてみたらどうだ」
「でもそれ私の頭も不毛の地と化しますね。ていうかなんで幸せなんですか、こんなんで」
亡者は、獣たちに腕と言わず脚と言わず、ほぼ全身を現在進行形で食い荒らされていた。
「とげとげ成分の多い地獄で貴重なもふもふ成分だからだろう。それにな、可愛いぞ。えさやりもできるし」
「ああ、ふれあい広場の感覚なんですか。行く先々でありとあらゆる亡者やら獄卒やらと触れ合ってるのにまだ触れ合いますか」
「昔の上司が血の池地獄にいたから久々に魔法つかってピンポイントメテオクラッシャーしたのがそんなにいけないことだったか。賽の河原でバベル建てたのがそんなに?ちゃんと爆破したじゃないか」
バイトの域。確かに仕事としては助かった。大分他の亡者に絶望を与えてくれたから。
「だめです。それは獄卒の仕事です。ほら、もう行きますよ」
「せんせー、わんこがくっついてはなれませーん」
「気持ち悪いです。どうせ再生するのだから腕ごと置いてきなさい」
「仕方ないな……風よ」
鋭利な刃物でもなかなかと言うほどの切れ味で腕が取れて転がった。これじゃ刑罰にならない。次は放置してみるか。
「だからうだうだ言わずさっさと俺を阿鼻地獄にでも落とせばいいのだ」
亡者が笑い、ずるずると腕が再生した。
「その阿鼻へのあこがれはなんなんですか……お弟子さんが泣きますよ」
「ナケバイインジャナインデスカー。そう言えば、俺よりひどい亡者がいたらしいな」
いましたよ。鬼は遠い目をした。
「……責め苦を与えるとめちゃくちゃ喜ぶ奴が。それどころか生ぬるいもっとやれとか言ってくるんですよ。放置したらしたで放置プレイとか嬉しすぎるとか言って。余りにやばいので今はもう天国にいます」
そう言えば彼も魔導師でしたね、とこれは言わないことにした。そうかそういう楽しみ方がとか言いだされたら本当に禿げる。
なんだか他人の気がしないな、と恐ろしいことを口走る亡者をたしなめる。
「あまり不用心に言葉を発するとさだめが変わりますよ」
「じゃあ変わればいいんじゃないか?面白そうだ」
ユングは疲れ切って帰ってきた。魔力を使いきったらしい。首尾はどうよ、と聞いてみたらぐすっ、と涙目になった。
「魔法使ってたら……皆がじろじろ見てきて怖かったですうぅうぅ」
よしよしと背中を撫でる。緊張の糸が切れると一気に精神がすり減ったらしい。
「うん試験だからね、じろじろ見ないと評価できないからね。ところで会場でもその杖使ったの?」
もちろん、と言って軽々と杖を振り回して見せる。色々な筋肉がものすごいことになっていそうである。
魔術師も魔導師も基本の服装はゆったりしているが実はあの下には鋼の肉体があることもある。なんかこの間頭空っぽそうな女性誌がまとめていた。皆が皆そんな都合のよい細マッチョなわけもあるまいに。
イルマの知る魔導男子は筋肉ダルマと永遠の子供と脂肪の塊とやつれ果てた病人(故人)と中年太りである。なるほどこの面々も長い上着を着てマントを被れば大体皆同じような体型に見えるだろうか。ただし脂肪の塊を除く。
彼は素の状態で横幅がイルマ五人分あったからだ。
「そういえば試験官にもそんな杖で大丈夫か?って聞かれましたよ」
「ちなみになんて答えたの?」
「大丈夫だ、問・題・ない、と答えておきましたよ」
それじゃ死亡フラグだよユングくん。今日はまだ合格は発表されていない。合格は大体三日後にEメールか郵便か、それが無理なら世界大魔導協会の公式サイトを見ればわかる。
合否の定かでないユングはとりあえず筆記試験の自己採点を始めた。
「そういえば、ユングのおじいちゃんの話、まだ聞いてなかったね」
「ああ、確かに。……僕の祖父は昔、失業する前は国に使える魔導師だったそうです」
50年前の革命で職を失ったのだろうか、と思っていたら「上司ともめて辞めさせられたとか」とななめ上の答えが返ってきた。へえ、と言っておく。
革命には不参加だったのだろうか。
「で、自称魔導師の平の魔術師を40年は続けてたんですけど、僕らのいた村が魔物に襲撃されまして。祖父は住民たちに避難勧告を出したんですが……誰も聞いてくれなくて」
「そっか。それでも村を守ろうとして……」
ぶんぶん、とユングが首を左右に振った。
「避難を拒んだ住民みんなフルボッコにして隣村へ放り込んで魔物を村ごとじっくり焼き上げました。それが10年前、僕が6歳の頃の話です」
そしてユングの祖父は村を追い出されたという。
「……あらら」
自業自得。
「僕もその時祖父と二人暮らしで一緒について行きました」
「お父さんとお母さんは?」
「二人とも魔術師でしたが、僕が5歳の時に車の事故で死にました。ドライブレコーダーに残っていた画像を見るに夜道にハンドル操作を誤ってガードレールを突き抜け谷底へ落ちたようです」
魔法で回避できたのではなかろうか。
「そのあとは魔界にいました。祖母が魔族でして、そこに一緒に住んでたんです」
吹いた。
「大丈夫ですか?」
「えほ、えほ……。うん、ユングて」
「魔族の血が入ってますよ?」
見ますか?と左手から青い茨のようなものを伸ばす。触手のようにうねうねと動く……というより、触手だ。
「あまり外で言わないほうがいいと思うよ……見せるのも」
「そうなんですか?」きょとんと首をかしげ、でもイルマさんが言うならと触手を元通り引っ込める。
ちょっと待て。
「そうなんですか、てユング、もしかして試験場でもそれ使ったの!?」
「特技を披露しろと言われたのでやっときましたけど、駄目でしたか?」
いや駄目じゃないけど、と眉間を押さえてイルマは遠く思いをはせた。ぼーんぼーん。十二時の鐘ではなくイルマの頭痛だ。
これはまたややこしいことになったものだ。
魔族の血が入っているだけではこんな力は持たない。ヒトのある遺伝子があれば魔族のDNAは働きが抑えられる。
おそらく彼は何かの変異でその遺伝子がうまく働いていないかヒトより魔族の側が多少勝っているのだろう。魔族かヒトか、何とも微妙な立ち位置である。
が、この国のある地域は魔界とほど近い。知性のある魔物とヒトの混血は他の国と地域に比べて進んでいる。この国にそういう人間は所々でいるものだ。
基本は魔族としての登録をされるだけで済むが事と次第によっては『彼』に会わなければならないだろう。
「あー……やだなあ、あの人苦手なんだよなあ」
「……あの人?」
他ならぬ師の、元同僚。イルマと同じ、だが似て非なる魔導師だ。使う魔法の系統もさることながら、一番違うのはその実力だ。
「国家直属甲種魔導師……カミュさん。その場で適当に考えた呪文を唱えるだけで相手を死に追いやる、いわゆる直死魔法の使い手だよ」
二つ名を、とつけ足し、また嫌な汗が額に浮く。
「名を……不条理の魔導師。敵性魔族の駆逐および抹殺の……第一線で戦ってる人。こっちなら知ってる?」
「知ってます!不条理でしたら何度か祖母に聞いたことがあります!」
うわあすごい!僕ファンなんですよ!会えますかね?と妙にうれしそうな魔族A。純粋に喜んでいる姿に、君は狩られる立場だよとは指摘しづらい。
「私は会いたくないよ……できれば一生」
しかしそんなささやかな想いはどこへも届かず……イルマとユングは三日後、不条理の魔導師と邂逅するのだった。
試験の前って皆殺気立つというか、教室の中がまるで冷凍室ですよね。何となく怖いです。怖い。あまり自分がなったことがないから余計に怖いのかもしれない。ただ、参加はしたくないものですな。ボッチ根性乙。
……こいつらはそういうことを考えてみたことがあるんだろうか。