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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
夏の硝子
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瓶の底は有色透明

 砂嵐を背景にぽりぽりと頭を掻きむしりながら、吸血教授がぐちぐち文句を垂れる。

「大体ね、吾輩の家どう改装するのって聞いたらあいつら何て答えたと思う?外壁を修復して撮影スポットにする、まではいいと思うよ?でもね、次にモダンとゴシックを調和させた天窓と大量の吹き抜けで外の光を取り入れ、明るくて爽やかな住まいに、だってさ。吾輩に死ねと言っているの?」

「ああ、外の光、死に至る病だったね」

「そうそう。明るくて爽やかなら住人が焼け死んでもいいの?押しつけがましいんだよ。TV番組で数々のおうちの問題を解決してきた匠だからって調子に乗るなっての……ビンタものだよ、ほんとにやると彼の首から上が吹き飛ぶからできないけどね。延々文句垂れて、内装はいじらないってことを了解させたけど、あの時の何言ってんだこいつと言わんばかりの顔!手加減して原型がなくなるまで殴りたいっ!」

 前にもこんなこと言ってたな、とイルマはぼんやり思った。あの時はパワースポットが流行った。

 流行に乗りたい地元民が「むかし、この城にはうんぬんかんぬん、そこへ吸血鬼が来てうんぬんかんぬん」とありがちなやっすい伝説を作って、この城を訪れたカップルにはご利益があると宣伝したのだ。

「あ、駄目だ。やったら暴行罪か傷害罪で捕まっちゃう」

 それに関してTVの生放送でインタビューされ、ブラムは「この城は先祖代々ストーカー一族の所有だし、そんなに恋とか愛とかなかったけど何でこんなことになってんの?」とど直球に駄目出しして夕食の団欒を凍えさせた。

 思うにここでインタビュアーが「そうだったんですかあ」と引き下がっていれば、事態はこじれなかったろう。

 しかし、意識高い系女子アナは憤慨してこう言ったのである――「あなただってお金もらってるんでしょ?もっと他の言い方はなかったの?」と。

 これが引き金となり、とうとうブラムは「まったくないよ?吾輩の玄関前でカップルが記念撮影したり夜中とかわざわざインターホン鳴らしてシャッターを頼んできたり関連グッズが売られているけど、吾輩の懐には一切のお金が入っていないよ?大学教授の収入でやりくりしてるけど?」と怒涛の勢いでここまでに溜まっていた鬱憤を公共電波に流した。

 おかげでパワースポットはあっという間になくなった。そのあとはもう泥沼である。まず地元の住民団体が悪質なネタばらしによる損害賠償で城主の吸血鬼を訴え、それを受けてブラムは名誉棄損で住民団体を訴えた。

 控訴と示談が繰り返され、別の意味でパワースポットという単語が朝のニュースで飛び交った。

 ……城と民の間に消えない溝を刻んでからのことになるが、示談で解決できたそうである。

「ああ、触っちゃダメだよ!」唐突にブラムが叫んだ。びくっと剛志が震えて慌てて棚に瓶を戻す。相変わらず鋭敏な感覚。

「ホルマリンだからね、臭いんだよ。割らないようにね。絶対だよ。吾輩は一度呼吸困難に陥ったからね」

「は、はひぃっ」

 触る、イコール割るという論理は納得できないが、剛志だから仕方ない。割ってそうだから。うんうんと頷いていると、肩に手を回された。そのまま抱き寄せられる。吸血鬼は体温が低い。

「ちょっと、ブラムさん。今の時代、それやるとセクハラだよ」

 剛志は見てないよ!と目を覆っているが、中指と薬指の間が大きく開いてこっちからも目が見えている。

「いいのいいの。どうせ吾輩たちにとっては吸血は栄養の摂取の他に性的な意味合いもあるわけだから」わけのわからないことを言いながら顔を近づけてくる。今は血の臭いがしない。多分相当腹が減っているのだろう。

「ね、ちょうだい」

 返事をすることもなかった。黄色っぽい首筋の皮膚に二本の牙が突き立てられる。正しくは四本当たっているのだが、下あごの牙は当て方が違う。優しく添える感じだ。

 ふーっ、と荒い息が顎と首の境目を撫でてゆく。確かに興奮している。性的な意味合いというのもまあまあ頷ける話だ。しかし、何だろうこの、お腹の空いたにゃんこに煮干し付きのねこじゃらしを向けてみましたみたいな感じ。

 まさかの輸血パックを医学部の学生からもらって血を獲得している彼などは年中欲求不満に近いのだろうが、小動物感半端ない。

「いいよね?」

「……はいはい」

 ぶつっ、と皮膚を突き破って牙の先が血管を破った。頸動脈ではない。確かに近いところにはあるけど、そっちに噛みつくと血圧で鼻から血を噴く。

 牙が静かに抜かれる。血が零れないように吸い付いて、あとは流れ出してくる勢いに任せて飲む。

 唾液に血の凝固を防ぐ化学物質が含まれているため、すぐに血は止まらない。あとこの化学物質、吸血される側の苦痛も誤魔化す素敵仕様である。快楽物質に酷似した構造をしているとか何とか、偉い人の考えることはわからない。

「先生、それ実際に気持ちいいですか?」

「うーん」ユングの問いに、首に吸い付かれているから傾げることはできないのだが、眉を寄せる。

「少なくとも痛くはないかな。気持ちいいっていうより、ぞぞっとする感じ。血に快楽物質みたいなのが溶けるって言ってもその血が減っていくんだよねー」

 ふーん、と頷く。「もしかして、ユングは血を吸われたことないの?」

「ええ。だって吸血鬼って、男の方も女の方もほとんど貴族出身ですから」

 なぜ貴族出身だとユングの血を吸わないのか、イルマにはわからなかった。わからなかったし、どうでもよかった。

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