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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
夏の硝子
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客は招かれる

 お久しぶりです。

「歯、四本しかないんですか!?」

「ないよ。見る?他のところは歯ぐきもないから歯磨きに手間がかからないよ。いいだろ?君もこっちの住人にならないかい。そのひどい顔も一つ二つ傷が増えればどういう顔だったかわからなくなるくらいには改善されるから」

「えっ……じゃあやめときますけど……」

 剛志がブラムにしょうもないことを話しているがそんなことは気にもせず、四人はコツコツと誰もいない大学の廊下を歩く。

 月明りもない曇った夜だが、廊下の電灯がついているおかげで歩きにくくも何ともない。もちろん暗い程度ではイルマやユングを止めることなどできもしないのだが、ついているのといないのとでは気分的にだいぶ違う。

 赤い目と血の気のない白い額の上で短く切りそろえた銀色の、跳ねたものも撫でつけられたものもやわらかい毛の一つ一つに蛍光灯のうすら青い光線が当たって、くたびれきった白衣が灰色に沈んだ。

 吸血鬼と呼んで誰も疑わない、そういう空気をまとっている。無色透明な空気だから、よく見れば白衣としわしわのスーツ、履き古した合皮の靴が擦り切れているのがわかってしまうのが、少し残念でもあった。

 クリーム色のざらついた壁と床に四方を囲まれて歩くこと、何分だろうか。かなり遠かった。研究室の札は積もった埃の影が落ちてろくに字が読み取れない。主はガチャガチャ音を立てて鍵を開け、二人と一人を招き入れた。

 明滅する切れかけの蛍光灯が照らすのは大きな瓶の群れである。

 埃じみた棚の中でそこだけ埃を被っていない分厚くて透明な瓶には、褐色で透明な液体が満ちていて、同じく透明に白っぽく霞んだ生物の死骸が色のついた不透明な眼球をあちこちに向けて物憂げに沈んでいるのだった。

 その先にベッドとして使用していたらしい合皮のソファが小さなガラステーブルの前に、若干斜めになって置かれている。テレビの角度に合わせているのだろうか?埃をかぶったブラウン管……。

 古びたソファをベッドとして使っていたらしいことは、そこに転がっているクッションと毛玉のついた毛布で何となく察せる。

 テーブルの上にも水差しと耳栓、角のめくれた科学系の雑誌が置かれている。何より部屋に薬品臭とランデブーする皮脂と汗の臭い。生活感がやばい。

 あと食べさしのカップ麺でもあれば完璧なのだが、残念ながら吸血鬼のブラムは血が主食なのでないのが当たり前。代わりに空の輸血パックが転がっているのは諦めるしかない。さだめじゃ。錯乱はしていない。

「ブラムさん、ここで一週間もいるの?」

「いるよー」急いでソファの上を片付けながらすねたように唇を尖らせる。声の方は静かで甘い、まさに貴公子といった様相だ。

「スイートなマイホームが文化財保存のためとかでいじくられる羽目になっちゃってさ、ここに寝泊まりしてるの。だってこの部屋、唯一窓がないでしょう?廊下のおかげでそこのドア開けても直射日光入ってこない、きっと吾輩のために用意された部屋なのだそうなのだ」

 日光との溝は深かった。工事中のため大学内の一室を一時的に占拠しているらしい。テレビがついているが、どこのチャンネルだろう。まだ夜は深くないのに砂嵐。番組がよほど充実していないのだろう。

「よかったじゃん、市がやるなら工事費かからないし。あのお城でしょ?自腹で工事したらプロガくらいいっちゃうんじゃないの?」

 言いながら勧められていないが、ソファに座る。ずっとこの部屋にあったものを使っているのだろう、ブラム本人の趣味とは異なる。赤黒い合皮はところどころが裂けていて、黄色い詰め物が見えていた。

 これを見たユングはそっと棚の陰からパイプいすを取り出して座ったが、この程度座る分には問題あるまい。潔癖症、生きるのが辛いわよ、なんて思ってみる。

「めっ!古城って言いなさいっ。お城って言ったらなんかメルヘンじゃん。こんな根暗の未婚がじめじめ暮らしてるような想像ができないじゃん。知らず知らずのうちに見知らぬキッズを裏切る羽目になるじゃん、吾輩」

 ただでさえ口調頑張って作ってるのに……何か今、聞くべきでない言葉を聞いた。頑張ってこれかと言うべきか、頑張る方向間違ってると言うべきか。ツッコむ方向性をしばらく考え、そして聞かなかったことにする。

 彼はパイプいすをすでに取られていることに気付き、イルマの隣にちょこなんと腰を下ろした。熱を含んだ瞳で、それでも品よくにこにことこちらを見てくるので気をそらしてやろうと別な話題を振る。

「ブラムさん、自分の肖像画とか大学内に貼っちゃうのやめようよ。どこかに預けるとかさ、ないの?」

 今さっき入ってきたドアの隣あたりに幼い頃のブラムの肖像があるのだ。真偽のほどはたぶんそうだろう、に過ぎないのだが、銀髪で牙が見えていて血の気のない幼児が二人も三人もいるとは思えない。

 肖像の中の少年はまだ、緑の瞳をしている。

「最初は預けるつもりだったんだけど、それ、もうあと一枚しかないからさ。壊してしまうにしても、手元で壊してしまった方が忘れないと思ったんだ」

「他のは?」

「不法侵入の愚か者に燃やされたのが一つ、引っ越しの時にどこかへ行ってしまったのが二つ。管理がまずくてボロボロになっちゃったのが三つ、あちこちの博物館や美術館に二束三文でプレゼントしないといけなかったのが四つ……だからもうそれだけ」

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