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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
夏の硝子
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無垢の罪

 お久しぶりです。この頃忙しくて毎日更新も難しい状態です。シリアスなタイトルも久々ですかね。地獄ソロになります。

 見下ろせば血の海と火の海。見上げれば針の山。足元にはなんかよくわからないひたすら気持ち悪い造形の虫。間を縫うように赤茶けた色の流れ。それすら干上がらせようとする、異常に高い気温。

 それらを見渡して、彼女は勝鬨のように歓声を上げる。

「ひゃああっほおおおおおお!私は帰ってきたぞおおお!!」

「うるさい」

 後頭部に鋭い手刀が落ちて来た。

「あぼ~ん」

 変な声を上げて頽れるジールを片手で支えて、ニーチェは同じ景色を一通り見回した。冷たく澄んだ瞳には感情じみたものは浮かんでいない。まるで冬の湖のようだ。

 変わらないな、とわかるかわからないかくらいの笑みを零して、せっかく支えたジールを地面にポイする。重たい音がした。

 気持ち悪い造形の虫は亡者を食うそうで、まれにぐったり気絶している鬼ですら食うとか聞いたこともあるが大丈夫だろう。食っても食えないまずい女だ、食わされる虫が哀れで仕方ない。

 あの後上官とあれこれ話し、結果ニーチェは『社会見学』という名目で母親という肩書のジールとともにやってきたのである。

 実態は彼自身もよくわかっていない。一昔前のロボットアニメが好きな上官の腹は真っ黒黒であることは少なくとも話したために露見しているのだが、それゆえに予想もつかない。

 ろくでもないことを考えているのか、それとも回り回ってためになるのか?疑問符が舞い踊るが、どうせわかりもしないこと。

 ならば今はまだ手のひらの上で舞い踊ってやろう。

「いい眺めだろう?」

「ああ。最悪の気分だな」声の聞こえた背後を、体を捻って振り向く。戸惑いを面に出さないよう気を遣う。気配がしなかった。「上官殿。いや、大天使か?」

 上官は目を細めた。中性的で端正なつくりの顔や、肉体労働を視野に入れていないであろうほっそりした体つきは、確かにあの大天使とよく似ている。性別も同じ、男性。

 違いはこちらに角があり、大天使に翼があることだけだろう。

「俺は世界を作った天帝から見れば、矛盾の穴埋め要因なのさ。天使たちを統率するのが大天使、大天使と言えど、天使である以上寿命がある。今いるあいつだって35412……下二ケタは忘れちまったが、そのくらいの代だ。代替わりだってするのよォ。しかし、天使には魔物同様記憶の引継ぎがないと来た。天の使いって言うくらいだから、そこにはとんでもない権限がある。言葉を伝えるってのは恐ろしいぜ。そいつを制限するためのものだったんだが……」

 じれったいのか、ニーチェは暗い声で口をはさんだ。

「再度仕込みをするのが面倒くさいのだな?」

「お、その通りその通り。やっぱエリートは違うねえ。性格悪いだろ?天帝。統率は向いてないとかほざいてたが、冗談きついぜ。……で、天帝はこの欠陥に何と初代大天使を作った直後気づいた。慌てて同型で、種族を寿命青天井の鬼として記録装置みたいなものを作った……それが俺だ」

 お前なら気づいていたろうがな、と顔を近づけられたが、ニーチェは何も言わなかった。虚ろな表情を生臭い風が撫でる。

「こういう姿になった理由だが、何のことはない。使いまわしだ。多分天帝は俺の姿をパッと思いつかなかったんだろう。あと奴は俺の名前もパッと思いつかなかった。おかげで役職も上官なら名前も上官だ。……確認になったか?」

「……それは知らなかった。苦労しているな、上官殿」

 小学生並みの感想を端的に述べるニーチェの表情は相変わらず虚ろなままだ。澄み切った瞳には何の濁りも陰もなく、逆に心の奥を覗かせない。墨で引いたような弧を描く眉は動かない。

 それにしても淡白な反応だ。もしかしたらこの辺も知らなかっただけでわかっていたのかもしれない。

 何たってほぼ無菌栽培である。知らないというのはある意味本当なのだろう。だが論理だけでここまでたどり着いていたとしたら、何とも末恐ろしい子供だ。

 ニーチェの方ではぐにぐにときまり悪そうに、地面で伸びているジールを踏みつける。何できまりが悪いと義理の母親を踏みつけるのかとか、どうして顔中心に踏んでいるのかとか疑問は尽きないが、きまり悪そうに踏みつける。

「俺は、上官殿の名前の適当さも見た目の理由も大天使専用の記録装置だということも天帝の性格に難があるということも天使の記憶に引き継ぎがないということも知らなかった。いやもちろん天使には寿命が設定されているということはここに横たわっている足拭きマットから聞いて知っていたのだが、まさか7ケタも代替わりしていたなんて知らなかった」

 わが耳を疑った。どういう意味だ、と言ったかどうか。ただ滔々と、よくとおる声が言葉を連ねる。不思議に聞きたくないような気がする内容である。

「あとあの偉そうな奴が統率しているらしいことはなんとなく予想していたが、あとは全く知らなかったし予想だにしなかった。ついでに言うと最初に大天使かと聞いたのは実は顔が似ていたからちょっとおちょくってやろう位のお茶目心であって、こんな大きな話になるとは思わなかった」

「そ、そうなのか?」

 笑みが引き攣る。結論がそろそろ出そうだ。だが喉に引っかかる小骨のように通らない。

「正直、上官殿がペラペラ喋りだしたとき、どうしたんだこのおっさんはと思ったし、何で身の上話が出たんだろうと思ったし、途中からは眠気まで襲ってきた。うん、頼んでないし期待もしてない説明ありがとうございました、上官殿」

 結論が出た。

「俺道化すぎる!?」

 虚ろな表情は眠かったためらしい。話に衝撃などは受けておらず、いや受けていたのだが、彼の中ではそんなことよりどうして上官殿がこんなに喋っているのだろうという疑問が先に立っていた。

 ピエロにもほどがある自分の所業にばたばたと手足を動かして暴れる上官をちょっと申し訳なさそうな目で眺めている。

 逆に恥ずかしさがマックス。5パーセントから8パーセントへ登り竜タックス。天地開闢絡みつく粒子ヒッグス。もう思いつかないよポイしてボックス。

 ラップの歌詞とか書いている職業の人って、書いていて恥ずかしくなったりはしないのだろうか……。

「心が痛い!痛すぎる!」

「すまなかった。せめて途中で俺が無理やり割って入っていればこんな悲劇は……」

「いやそれはそれで恥ずかしいからな!?気を使っているつもりでお前は圧倒的に俺へ精神攻撃を試みているぞ!自覚なき悪こそが真の悪!こら!申し訳なさそうな顔をするな!視線をそっと逸らすな!にも拘らず淡々と足元の義母を踏むな!」

「でも……」

「目に涙を浮かべるな!罪悪感が半端ないだろうがっ!踵でぐりぐりするんじゃない!それはお前の母親だ!」

「だからなおさらなのだが……疲れた……座っていいか?」

「え?いいけど……っておい!そいつに座るなあああ!!」

 上官は今日、ジールがニーチェをかわいくないという理由を知った。ニーチェは上官の腹黒さに一点の白星を見た。頭脳派というのは何か抜けているものである。

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