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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
夏の硝子
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育ちすぎた男の娘

「ど、どうしたんだ!?……うっ!?」

 悲鳴に驚いたペットこと剛志が走ってきたが、彼も同様に足を止める。だがイルマの感じたような嫌悪は比較的少ない。

 彼から見ればこの世界の人間はほとんどが美しいのだ。長い舌を出している硬質な美貌の少年。人間離れした姿には陶酔に近い感情までもがあった。

 この期に及んで自分の行動が原因であることを悟ったユングはしばし逡巡し、ちゅるる、と舌を口の中に回収した。虫をごっくんする。

「えーと……駄目ですか?食虫」

 童顔寄りの顔立ちで、瞼の間に涙を溜めて聞かれると、イルマにも少しどきっとするものがあった。さっき蠅を飲んでいたが一瞬忘れかける。

「だ、駄目じゃない、その行為自体は駄目じゃないんだよユング。でもね、えと、何て言うのかな。それ、目の前でやられるとめちゃくちゃ怖いんだ、びっくりするっていうか、普通やらないから」

「嘘だ……だって、人間には食虫文化もあるって海外のサイトが……」

 空色の瞳が湖面に映る月のように揺れる。軽い不整脈が通り過ぎる。

「あるよ?あるけどね?でもその場合は料理してから食べるんだよ。ザザムシバーガーとかそういうのは、料理した状態で口に運ぶんだ。いきなり舌を伸ばしてその場で食べるわけじゃないんだよ。ね?」

「そんなあ……なんれ早く言ってくれないんれすかあ……」

 とうとう泣き出した。剛志の目からも明らかにイルマが動揺する。

「い、いや、悪気があったわけじゃないんだ。その、さすがに……さすがにここまでは予想してなかったっていうか。せいぜい光合成してるだけだと思ってたっていうか」

 食虫も植物のすることではあるが、こういう形で行われるとは思わなかったのだ。どうどう。どうどうどう。

 剛志は衝撃を受けた。もしかしたら人間扱いされていないのは自分だけなのかもしれない。

「……ちなみに、今のってどっちの遺伝?」

「サラマンダーの方です」

「変異種かぁ。ロマンチックでいいと思うよ。あまり人前ではしないようにね、食虫」

「承知しました。以後、気を付けますので捨てないでください!」

 それは約束できない。沈黙で返したところで、イルマはユングを探していた理由を思い出した。

「あのさ、剛志の服を買いにデパートに行こうと思うんだ。それが済むまで待つから、一緒に行こうよ」

 工事が大幅にスピードアップした。おかげですぐに出発できたが当の剛志は納得できなかった。立ち位置の低さもそうだが、普通に考えたらヒロインであろうイルマがどう考えてもとっくに売れている。おかしい。

 じつのところは剛志は一メインキャラでしかなく、イルマはヒロインではなく主人公、この話のヒロインは別にいるのだが、そんなメタ的な知識は彼にはない。

 誰だって異世界にトリップしたら自分が主人公だと思ってしまう。そこは同情に値する。彼の問題点は諦めが悪すぎることだ。

 デパートまでは少し遠いので、市営のバスを利用する。乗ること8駅、時間にして60分。いつもならイルマたちは自転車なのだが、雨なのでバスだ。

 剛志?あいつの分の自転車はないけど走ればいいのではないかな?バス代くらいなら迷惑料……じゃない、補助金で何とかなるし。

 剛志はこの世界では不細工極まりなく、その上悪人面でもあるためマスクをして顔の下半分を隠している。

 怪しかったのだろう、デパートの前で警備員に声をかけられ、イルマから渡された身分証明書を読んでもらう羽目になった。入った服屋の店員に半笑いで美容整形を進められた。

 馬子にも衣裳って言うじゃないか、探してあげてくれたまえ。初めてフォローしてくれたらしいが、イルマよ、フォローになっていない。

 結局無難な感じの、良くも悪くも目立たない灰色系の服を買ってもらったが、昨日の今日で心の傷が増えに増えたような気がする。

「ユングー、この服どうかな?」

 とっくにイルマは興味をなくし、白い夏用のワンピースを服の上から当てて見せていた。

 どうもこうも、前衛芸術しか受け付けない体質の人にも似合うとしか言えないかわいらしさだが、そこはユングである。反応が斜め上だった。

「それを、僕に着せようというんですね……先生」

「えっ!?」

「構いませんよ、それがあなたの望んだことならば。僕は着こなして見せますとも!」

 イルマの手元にあるのと同じ、だがサイズの大きい清楚なワンピースがひとつ消え、灰色の分厚いカーテンが引かれた。ユングが試着室に消える。がさごそ、中で音がする。

 イルマはぽかんと口を開けて何も言えずに灰色の分厚いカーテンを凝視している。

 今の発言で、彼は何をどう勘違いしたのだろう。勘違いする余地はあったのだろうか。どうしてそれを自分が着るという選択肢があったのだろう。なぜそんなことを言ったと思われたのだろう。

「できましたよ、先生!みてみて!」

 黒髪の少年が白いワンピースを着ている……似合っていた。胸元がだぼだぼになりそうなものだが、詰め物でも入れているのかぴったりと着こなしている。

 筋肉質でがっちりした肩が少々違和感だが、すらりと脚が長いため大きめの女の子に見える。見事な黒髪は解いて、扇を広げたような繊細で柔らかな毛先が肩のあたりをさまよう。童顔寄りの顔が今は何とも愛らしい。

 ただ!致命的に!脛毛が濃ゆい!腋毛も濃ゆい!さすがは男性ホルモン!

「似合うよ……脛毛と腋毛がなければ……っていうか一言も着ろなんて言ってないよね、私……」

 ユングはそれを聞くとぶつぶつと口の中で何かの呪文を唱えた。何なのかよくわからないが、わかりたくもないが、とりあえず脛毛と腋毛が消える。

「これで完璧ですね。脛毛と腋毛は永遠に消し去りましたから」

「今までで一番悲しい魔法の使い道だよ……しかも何か女装に慣れてない?」

 趣味なの?そう聞くとへなっとしおらしくシナを作る。動作が見事だが筋肉質だから気持ち悪い。

「僕ではなく、おじいちゃんの趣味です。そう、あれは忘れもしない……」

 ふっと彼は遠い目をした。思い出をたどっているようだ。様になってしかるべきだろうが、女装の時点でちょっと受け付けない。

「9歳の頃の思い出」

 ひらりとワンピースの裾を空調の風に泳がせて、頬を薄紅に染める。

「おじいちゃんは僕に女の子の服を着せて、それから言うんです……お前、そんな趣味が、と」

「それを世間様一般では性的虐待というんだよ!なにそれ!?着せといて言うことがそれ!?児相に駆け込んでいいやつだよ!」

「何でですか!?楽しいのに!」

 楽しめた君がおかしいんだよ!ユングの性癖の出どころはわかったとはいえ、相変わらず予測できない動きをする。それと他のワンピースを買おうと心に決めた。

「もう!早くそれ脱いで!……全裸に成れってことじゃないよ!元の服装に戻るの!っていうか何でいまだにノーパンなんだ!穿けよ!たまにだからいいんだろそういうのは!うちに露出狂はいらないよ!」

「ええっ!?どこにも何も露出してませんけど!?」

 目立たない服を着て小さくなっている剛志は今やモブ以下の存在感である。実はここまでに「何で女装なんだよ!?」とか「祖父はどうしたんだ!?」とか言っているが無視されている。

 いる意味あんのかと言われても仕方がないくらいのモブっぷりだが、それでもイルマは一応その存在を覚えていた。

 何で来てるの?着てるの?みたいな。剛志が足手まといすぎてバトルシーンがご無沙汰です。巻き込まれなくても、遠くから見てるだけで死ねる子なので。

 ……でもチート能力になんか目覚めないんだぜ?

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