少女in地獄
相変わらず王道ファンタジーです。まだバトルが入りません。とある駅前の四階建てのビルを舞台にした日常パートです。主人公とその師匠は、けっこう凄い?らしかった。常識人は結構いるはずなのに、まだキャラも多くありません。投稿時点でのレビューも多くありません。というよりゼロです。一つもありません。王道はもう流行らないのかね。
17年前、第一次世界大戦、第二次世界大戦と続いてきっと次もあるだろうと言われていた第三次世界戦がとうとう勃発した。
二度あることは三度ある、よく言ったものである。『不幸なことに』大戦に発展することはなかった。一か月で終了したため三十日戦争ともいわれる。
そもそも第二次世界大戦では毒ガス、核兵器など新たな武器が台頭し、魔法の限界と魔導師を多く抱える国がそのまま軍事力の高い国とは限らないこととを全世界に知らしめる結果となったのだが、三次ではこの逆が起こった。
代わりに魔法が頭を出してきたのだ。
半月はどこの国も条約で禁止された武器を極力使わないようにしながら比較的まともに戦争していた。技術者は使える武器を模索し魔法使いは魔法を使いそれはもう当たり前の状態だった。
戦局が動いたのは開戦から数えて16日目、何ともいい月の出る季節のことだ。
手始めに、ある国の軍隊が半分消滅した。その軍と交戦中だった別の国の軍隊でも指揮官が身元不明死体になって発見された。
次に同様の手順でまた別の国の軍隊が何割か消滅した。あまりに衝撃的なニュースに世界が反応を遅らせたところで、戦争に参加する国々では最高指導者や軍の司令官が次々に血だまりへ消えた。
メディアは大規模なテロとして取り上げ、愛国青年は憤慨、一部民衆は新世界の神と崇めたようだが下手人は、沈黙のままだった。予告も、声明もない。ただ上層部と軍人が次々に消えた。
警備を強化しようものなら警備に割いた人員と建てたシェルターがまとめて消えた。
もちろんこんなことになって戦争が続けられるはずがない。だから30日目にしてなし崩し的に平和が戻ってきたのである。
受験日も一か月前に近づいたある日、とうとう話題が尽きてきた。
よくよく考えてみれば受験を控えた必死に勉強しているお兄さんに話しかける勝ち組少女と言うのはどこの悪鬼かという残酷さだがそんなことはイルマは思っていない。基本、ぴゅあぴゅあはーとの天使なのだ。
だから話題が尽きたなら話しかける必要はないのに、眼を皿のようにして彼女は話題を探していた。だがそういうことはあると思う、二人でいて会話がないのは気まずすぎる。
「ユングの杖って古いよねー。これ、いつの?触っていい?」
傘立てに無造作に突っ込まれた杖を眺めてそんなことを言う。さあ、祖父の形見というだけでと答えてユングは手元の書物から目を離した。彼も少し気まずかったらしい。
眼鏡がきらりと光る。
「触ってもいいけど重いから気を付けてくださいよ」
わあいと歓声を挙げてイルマはそれを持ち上げ――戻した。重いでしょ、と気持ち得意そうにユングが言う。
「重いね……!ししょーの杖より重いや」
「柄がタガヤサン、ヘッドの部分が重金属イリジウムを仕込んだ金メッキの鋼鉄製ですからね。しかも保護魔法をかけてあるからメッキは滅多な事じゃはがれませんよ。……ていうか実存さん、どんな重い杖を使ってたんですか」
「さあ?でも魔物をぼっこぼこにしてたよ。私でもそれができるくらい」
杖には確か宝玉を保護する腕の部分の裏側に製造年月日が記されているはずなのでイルマはそっと覗きこんだ。
「……何も書いてないや。あ、そっか」そういえば製造年月日を書くようになったのはこの50年くらいからである。
「じゃあ少なくとも50年以上は前なんだね。あとでネット使って調べよっかな」
でもネットが普及したのもこの50年だっけ?50年前はどうも何かの節目であるらしい。
「50年前って微妙な数字だよね」
「そうですか?僕には慣れ親しんだ数字ですけど。ところで折り入ってお願いがあります」
ユングが急に居住まいを正した。どうしたの、私とユングの仲じゃないかとふざけて言ったらちょっと脱力した。眉がハの字になっている。
「魔導師になったら、ここで働かせてくれませんか」
空気が固体になった。何を言っているかわからない。わかるけどわからない。そんなイルマをよそにユングは話を進める。イルマにも止める気はないが少し複雑な気分である。
「実は僕は、……その、田舎の生まれで世間知らずなんですよ。今日の一件で思い知りました。ここに置いてくれませんか」
「……もうししょーはいないよ」
でもいいんです、と食い下がった。
「ここにその弟子だった人がいるじゃないですか。それに古い本にも先人を追うのではなくその人が求めたところを追えとあります。祖父も鞭を欲するより先に鞭の良さを考えろと常々言ってましたし」
焦らしと放置の違いを知れとも、とユングはまっすぐな瞳でわけのわからないことを言った。なるほど世間知らずかもしれない。いろいろとやばすぎる。
それに彼を引き込めば、これまで受けられなかった依頼がこなせるようになるのではないか?イルマの中で天秤が過不足なくつりあった。
「わ、わかったよ!でもちゃんと合格するんだよ!あとおじいちゃんが何者かちゃんと説明してもらうよ!?」
「はい!」
この日、ユングの就職先と事務所の従業員が決まった。ユングが帰った後夕飯、風呂はシャワーで済ませてベッドに倒れ込む。主に精神的に疲れ切っていたから目を閉じればもう、そこは夢の世界だった。
久しぶりに師の夢を見た。初めて会った頃の、まだ元気な姿である。窓の外はとっくに闇なのに、部屋には夕暮れの光が映っていた。夢だからしょうがない。
師匠はいつものように少し遅くまで起きて理論物理学だかなんだか、数字だらけの本を眠そうに眺めている。
この本は今も書架にあるが、文系脳のイルマが読むと頭が痛くなる。物音に気付いてか、師が本から目を離した。こちらへ振り向く。
読書の時だけかけている眼鏡型のルーペ。前髪をヘアクリップでサイドアップみたいにしているのが印象的だった。彼はイルマを覗き込むようにしてどうかしたのかと訊いた。変な夢でも見たのか、と。
途端に今までの記憶が皆ただの夢だったような気がしてきた。
「うん、怖い夢を見たんだ。ししょー、ぎゅってして?」
仕方のないやつだ。そう言って彼はすいと両手を伸べてイルマの肩に置いた。病のせいであまり力の入っていない手。にもかかわらずぐいと引き寄せられる。温かい。いい匂い……母との記憶がほとんどないか希薄な彼女にとって、師との思い出は何より勝る精神安定剤だった。
ずっとこのままならいいのに、と思ったその時イルマはこちらこそが夢であることを思い出した。
「ああ、ししょー。何で死んじゃったの」
目が覚めた。瞼に溜まった涙を指で拭う。時刻は5時過ぎ。どうして今さらこんな夢を見たのだろう。心が弱っているのだろうか。あ、朝ごはん作らなきゃ。
何で死んだのかって、それももう分かっている。病気だったのだ。見つかった時にはもう全身がやられていて、手術をしようものなら体がほとんど荼毘に付されるような。定期健診はサボってはいけない。
シリアルに牛乳を注いでニュースを見ながら食べる。不明女性、死体で発見。あらそう。婚約者が関与か。だから何。
三分くらい事件のあらましが説明されてそこからどこかの教授らしいおじさんが現代社会の闇がどうとか説教をしばらく垂れていた。別に興味はなかった。
次のニュースは長い名前の法案が通っていて、政治家が拍手していた。確かこの法案は数日前に出てきたと思うが、本当に審議したのだろうか。そして中身は街頭インタビューでもわかる人がほとんどいない、と。
それじゃ民主主義って何だろうね。こちらは街頭インタビューと専門家のありがたいお言葉を含めて二分で終わった。その辺で女の人の変死体が上がるよりこっちの方が重大なニュースなのではないだろうか?
えらい人の考えることはわからない。
今の政権は去年、前の政権が内閣不信任案でなくなって、細かいことはよく知らないけど投票率たったの30パーセントという状況下で選ばれた何とか党の何とかかんとかいう首相だ。
30パーセント以外の皆さんは一体何をなさっておいでだったのか。
「あの長い名前のやつはよくわからないけど、投票年齢をもう少し下げようかって案が出てるみたいですね」
今日も魔導書を読みに来たユングに話を振ってみたらそう言った。
「今は21歳からだけど、16歳からどうだろうって。もし通ったら、僕も選挙に参加ですねえ」
「少子高齢化の今、若年層の意見がどうたらってやつ?意味ないと思うけどなあ」
何度か、うちは図書館じゃないよと言ってみたが図書館でも勉強してますと言われて黙りこんだ。しかもこの事務所、魔導書の数が図書館より充実していた。図書館仕事しろ。
「若年層の意見って、あのおじさん、考えたのかな?自分が16,7のときそんなに政治に興味あったかっていう。悪ふざけで変な党に投票するか、投票をサボって投票率が20パーセントを切るかってとこだよ」
「逆にそれこそが狙いだったりして。主権者が主権を放棄したからこれからは独裁にしますねー、みたいなことを裏で進めていたりして、どうでしょう?」
「え、何、陰謀論?だけどそっちの方がまだありそうだよね。今年の夏は冷房要らずだ」
「ねえ、あなたってどういう人だったの」
賽の河原は今日もけっこう騒がしい。塔が崩れる音と子供の悲鳴があちこちで響いている。相変わらず石を積んでは崩す亡者が一人、それを少女が座り込んで見上げている。
「大量殺人犯だ。撲殺ジャックと呼んでもいいぞ」
「それは切り裂く人よね。まあいいわ、どんな心境の変化があったの?ずいぶん模範囚してるじゃない」
がらら、と塔を崩してから、変化などないと返す。
「俺はいつだって、自分の存在の意味を実行してきたにすぎないのだから。今は……そう、これがここにいる意味、それだけだ」
「……何言ってるのかわかんない」
あ、そう。ちょっとだけさびしそうに亡者は言った。少女は話題を変えることにした。
「趣味とか、あったの?」
「これといった趣味はなかった。切手集めとかしてみたが三日坊主に終わった。一番続いたのは、プラモデルだな」
「プラモデル……私のお父さんもたまに組んでたような。それで、雑誌とかに載った?」
「一体組んで飽きたから、所要時間も一週間だったし知り合いにくれてやった。後のことは知らん」
飽き性なのか。
「読書は趣味と言うより睡眠導入か逃避行動だったしな……」
「睡眠導入、って?」
「……逆に逃避行動は、わかったのか?」
わからないわよという答えにそうか、そうだよなと安堵の息をつく。分かったらどうしようとちょっとだけ思ったのだ。
「睡眠導入というのは、あれだ。気分よく眠るために寝る前に読書をしていたのだ」
なんだか知識人っぽいと思った。眼鏡をかけていたりして、肩まである髪は前髪と一緒にしてまとめていたのだろうか。よく見れば美形だしけっこうかっこいいかも?
「生前の俺は病んでいてな。なかなか眠れなかった」
「今は病んでないつもり?ヤンデレどころの話じゃなさそうなんだけど」
ヤンデレ?塔を積む手を止めて男はラナのほうを見た。
澄んだ藤色の瞳に少女の顔が映る。唖然としているからか、狂気を匂わす表情が消えて女のような柔らかな顔立ちが現れた。
「今は体がないからどこも痛くないが……あの頃は鎮痛剤を何錠飲んでもあちこち痛んで眠れなかったのだ」
「病むってそっち?」
「何だと思ったんだ……いや、何だと思われているんだ、なのか?」がしゃんと塔を崩す。だるそうに空を仰いだ。「お前にも経験があるだろう。わけのわからない話を面白くもないのに延々と続けられて眠くなる経験が……」
「ああ、あるわね」
週明けの風物詩、全校集会。校長先生の長話。母音が必ず挟まる。眠くなる。とっても眠くなる。そう、おなかが痛くても。
「それと同じ原理を、本でやる。理論物理学とか量子物理学とか内容が薄っぺらいライトノベルとか我が闘争とか古典の随筆とか、あくびが出るほどつまらなければなんだっていい。眠くなるまで読むのだ」
ページをめくって読んではいるもののどう考えても本の使い方ではなかった。ラナの目が暗くなる。
「……あなた最低ね」
「だって睡眠薬は飲むなって言われたから。だがな、何回も読むといくらつまらなくても内容は頭に入るものだぞ。物理学の分野に関してはもはや博士を名乗っても誰にも咎められん。独裁者の思考回路も大体わかった。あの本に書いてあるのが本当ならな。昔嫌いだった古典も文法が分かるようになった。ライトノベルは……まあ、異世界に転生して自分が強くてヒロインがちょろくて異能バトルで無双すれば売れるってことはほぼわかったかな?」
「そうなの?私読まないから知らないわ……最近の人って小説を読むというより自分が感情移入する主人公の活躍を見に来ているのかしらね」
「生前チートとかリアルで言われていた俺がどうこう言えるものではないのだがな。うん、流行って怖い」
自分のことを棚に上げて何を言っているのだろうか、元魔導師。魔法も拡大解釈すれば異能だろうに。転生の必要なしで異世界なのが違うと言えば違うのか。
「で、逃避行動のほうは?」
男は新たな塔を、もう自分の腰辺りまで積み上げていた。積んでは崩す動きがどんどん洗練されている。もはや達人だ。博士になるより早かった。
「考えたくないことがある時に、それを考えないために他のことをすることだな、この場合」
「やっぱ最低ね。本を書いてる人みんなに頭下げて来なさい」
あの世とこの世をまたいで進む電波ストーリーは仕様です。