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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
夏の硝子
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ティッシュで縛る

 地獄ソロです。

「んふふふ」

 今日のジールは幸せなまどろみの中だった。昨日の夕方、ニーチェの熱が下がったのである。通販でもう一つベッドを頼んでおいたから、今日からは自分のベッドで寝られるのだ!

 そして今、幸せな二度寝の真っ最中。あのニーチェも悪夢でうなされたり前向きなことを言ってみたり、年齢相応に子供っぽくって可愛いところもあったものだ。

 もしかすると今日あたり、『お母さん』なんて呼んでくれたりして!

「えへへーお母さんでちゅよーむふふ」

「気持ち悪い!起きろクソ年増ぁ!休日出勤が貴様を待っている!」

 斜め上だった!しかも休日出勤ってどういうこと!?弾かれたように身を起こす。例によって寝るときは何かの五番だけを身にまとっている。胸元を必死で隠す。

「ふぇ!?きゅ、休日ですよ!?今日は!」

「だから今朝、上官殿に一報入れたのだ。そろそろ働いてこないと給料泥棒だぞ。働け豚」

「鬼だ!鬼がいる!皆鬼だけど!」

 元気になると罵倒の嵐。ただそれは、本調子ということでもあって、喜ばしくもあり……いや、複雑な気分だった。ひたすら複雑でしかなかった。

 喜ばしくもあるのはどこのどいつだ。熱を出して人格が変わればよかったのに。

「服を着ろ!飯はテーブルの上だ!あと今日から掃除と洗濯はやってもらうからな。俺は寝る。また睡眠不足なんて理由で熱を出したら目も当てられんだろう」

 相変わらず俺様というより暴君だ。そっぽを向いてのそのそと服を着る。静かになった部屋に雨の音がした。中身は零歳児だと知っているが、見た目が見た目なものでなかなか羞恥心が許さない。

「料理くらい教えてくれたら自分で……」

 ずさ、と何かが床を這う音がした。何だろう?振り向くと、ニーチェが土下座の姿勢になっている。お手本通りに左側にスリッパが揃えて置いてある。何が起きているんだろう。

「えっと……料理くらい教えてくれたら私がやりますけど、って言ったんですけど」

「頼む……それだけはやめてくれ。この通りだ」

「な、何でですか?」

「死ぬ」はっきりと間違えようがなく、そう発音した。ざわざわと周囲の空気が擦れる。「粉ミルクですらまともに扱えないんだぞ、貴様は」

 いつもは彼自身が仕込んでいることだから、つまりはニーチェが寝込んでいる間の話だ。

「ちょっと煮詰めただけですけど」

「あれのせいで俺は黒・灰・白の三層になった鍋底の付着物を擦り続ける羽目になった……硬かった……そして取れなかった」

 鍋が一つ無駄になった……。口にこそ出していないものの、土下座の背中からそんな感じのオーラが立ち昇っている。ニーチェはやっと顔を上げた。じっとジールを見た。

「……申し訳ありませんでした!」

 こぉん!と頭蓋を床に落とした音が響く。そこにプライドはあるのかないのか。土下座のフォームは一種の美術品にも似ていた。何を言っているんだ。今一つ理解できないまま頭を抱き起す。

「ちょ、ちょおっ、ちょっと!あなたが謝ることじゃないでしょ!?特に鍋は!だって私の失敗じゃないですか!おでこ赤くなってますよ……う」

 抱き起したニーチェの顔には、先行きが不安になるようなどす黒い笑みが浮かんでいた。そのままゆっくりと床につけていた右手を裏返す。手のひらには何もない。それは床に置かれていた。赤や青の銅線がそのままの、黒い機械。

 大体何なのか、予想はつく。

「ほう……上の口の管理が雑なのは変わらんな……」

 三日月形の口元に、吊り上がった細い目。キリキリと音がしそうな動作でニーチェが首を巡らせた。思わず部屋の隅まで逃げる。

 陽炎のようにゆらゆらニーチェが立ち上がる。その手には機械――手作り感満載のレコーダー。いつ作ったんだ。どうやって作ったんだ。そもそも何で作り方を知っている。

 上の口?そんな下にもあるとでも言わんばかりに。セクハラですよそれ、なんてとぼける気力すら吸い取られている。

「好きに喋ればいいとも……経歴に傷が増えるけどな」

「まああああああ!!」光の速さで手作りレコーダーを奪い取り、真っ二つに折る。「ああああああああ!!」

「壊せばいい……代わりはいくらでもあるのだから……データもワイヤレスで他の場所に……はは。ははははは。はははははははは」

 何かが壊れたように虚ろに笑う養子から逃げるように、ジールは出勤した。いや、逃げたのだ。逃げるしかないこんなもの。

 だけど、雨が降っていたから傘を取りに一旦戻った。

 それにしても演技なのだろうが土下座は迫真だった。土下座して嫌がられる料理って何だ?何もおかしなことはしていないのに。

 さらにそこからあんなふうに豹変されたのでは……スプラウトもマシンガンぶっぱしてダッシュで逃げるに違いない。

 まるで別人だった。偉そうではあれど、少なくとも壊れたような感じはなかったはずだ。あの感じは、また別の。

 別の……何だろう?

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