今も夢は夢のまま
本編ですがあまり話は進みません。
あははははと二人が笑っている間に剛志はじりじりとカーテンに近づいていた。よし今だ!ずさあと少々無遠慮に開けてみる。
「馬鹿な……早すぎる」
カーテンの向こうの美少女はもう服を着ていた。この世界にはラッキースケベもないのか。いや、今のは故意にやったからラッキーが発動しなかったのか?くそ、次は何とかして……。
「何とかして、何だい?」
「ふ、ふひゅっ!?」
イルマが急にそんなことを言ったものだから変な声が出た。
「馬鹿な、早すぎる。次は何とかして、……ここまで君は口に出したけど」
誰も彼もがゴミを見る目をしている中、彼女はなぜか通常運転である。そこだけなら嬉しいのだが、状況が状況、どうしたものか。素直に答えないとあとで悶々とする羽目になり、素直に答えると唯一のオアシスが消え去るだろう。
「え、えっと」
「どうでもいいけどね。大体予想はつくから」やんわりと恐ろしいことを言って少女は首をすくめた。
「現実は小説より奇なり、とは言うけど、現実と虚構の区別くらいはつけたほうがいいと思うよ」
読まれていた。また一度、室温が下がる。どうしてだろう。
どうしてテンプレ展開を求めれば求めるほど、俺は追いつめられているんだ。おかしくないか?ファンタジー世界で、異世界トリップして、美少女がいて、……なんでだ?なんでゴミ以下の扱いを受けてるんだ?
呆然自失としながらもこの日はそのままシャワーを浴びて一泊することになった。明日、イルマとユングとともに帝都の某施設に行く、護送されるということらしい。
犯人扱いか。まだ何もしてないぞ。軽犯罪が未遂だけど。行った先でもう一度精密検査と尋問。人を何だと思ってるんだ。
珍獣だろうなあ……。
「うっ……冷て」
シャワーの温度が思ったより低かった。ひねりを逆に回していたらしい。必死で回すと今度は熱湯が降り注いだ。もういいや。シャワーを止めて振り向く。
軍の施設なのだが、予想と違い大きな湯舟がある。浸かる文化はここにもあるらしい。
朦々と上がる湯気の中に人影が映って、先客がいるのに気付いた。湯舟につけないためだろう、髪を高い位置で結っている。豪華に湯の中を揺蕩う長い髪を想像していたが、これはこれで清潔感があって乙なものだ。
波紋の一つも出ていないのではないか。身じろぎもせず、湯の中に座っている。深めに作られているらしく、肩まで湯につかった状態だ。淡い桜色のうなじが見える。彼女は長くここに座っているらしい。
黒い髪が耳の後ろのあたりにほつれかかって何とも淫靡だった。それを見ながら鼻の下を伸ばしながら湯舟に、そっと入ったつもりだった。
沈黙が破られる。剛志の存在に気付いて彼女が立ち上がりながら振り向いた。伏し目がちの空色の瞳。
その下の首は太くて、のどぼとけがあって、胸板は意外に厚くて……彼女じゃなかった。どう見ても男です束の間の夢をありがとうございました。しかも顔見知りだ。
「不潔な奴だな」眼鏡がないからよく見えないため伏し目になっているらしい。ユングはさらに眉間にしわを寄せて剛志を見た。
「体を洗ってから湯舟に入れよ、常識だぞ」
「お、お前かああああ」
ばしゃばしゃ浮足立ちながら湯舟から上がる。相手の陣地から消える。確かにユングは髪が長かった!長かったけども!
「お前かー、とは何だ。何を言いたいのか、大体予想はつくけどね。残念ながら女湯は別にあるぞ、お前らと違って慎み深いんでね」
どんどん日本人の心証が悪くなっている気がする。テンプレを求めているだけなのに。寝室も一人だけ別室だったことは言うまでもない。おとなしく眠る。
――ただな、さすがに外から鍵までかけられるとは思わなかったぜ。