失われたテンプレートを求めて
人間ドックを受けた。基地内に病院があったのだ。
鼻からカメラを入れられたり、変な機械に通されたり、視力を測定されたり、血液を採取されたり、頭に変な機械をつけられた状態で質問に答えさせられたり、尋問されたり、終わるころには剛志の精神は半分くらいすり減っていた。
夢のないファンタジー世界って、何があるんだ。悪夢があるんだ。
いや、と逆に考える。もしかしたら転生者とかトリッパーとかが過去にたくさん来ていて、それでここまで発展したと考えるんだ。もしそうなら神様ポジションも狙える。うへへ。
妄想にニヤニヤしながら近くにいた女医に聞いてみる。
「あのう、俺みたいな事例って他にもあるんですか?」
彼女も美人である。長いまっすぐなブロンドに緑色の瞳がエルフを思わせる凛とした風貌。それでいて巨乳。眼鏡!巨乳に眼鏡、大正義コンボだ。
この世界に来てまだ一日もたっていないが、どう考えても美男美女が多い。美男美女でなくとも、不細工はまるで見ない。
「ありませんが、あるといえばございますね」
ゴミを見る目で返された。ツンデレとか女王様とかそういうのではない。もっと絶望的な何かを感じ取ったぜ。
「500年前に見慣れない服装のミイラを発見したという記録があり、保存状態が良いため現在もボルキイの国立博物館に展示されています。解剖の結果死因は餓死でした。100年前には白骨が人気のない森から出て、解析の結果このどちらもこの世界の人間とは異なると判断されました。80年前魔物の胃の中に入っていた人間の腕らしきものも同様です」
「……えーと、つまり?」
女医は「まだわからないのか」とでも言いたそうな表情を浮かべた。冷たい視線もいいねとか言えるものではない。マゾヒストでもない人間には苦痛でしかない……それ以前の問題だ。
「あなたのように生きた状態での例はありません」
「……そうでしたか」
発展させろよ!現代科学とかそういうのを使ってさあ!何死んでんだよ!餓死って何だよ!異世界トリップの何たるかをわかってないだろ!もうやだ帰りたい!剛志が頭を抱えていると、またしても美人のナースが入ってきた。
今度は貧乳だ。髪型もウェーブのかかったショートボブ。軍の基地だからか女医も看護婦もパンツスタイル。こちらも愛いのう。
「先生、魔導師とその助手が帰ってきました!治療が必要です!」
「でしょうね。ドラゴンゾンビと来ては……すぐ行きます」
魔導師とその助手。背筋が粟立つ。まさかあいつらか。まさかも何も他にいないだろう。治療が必要って、どういう……。さあっと青ざめたのを、女医は見逃さなかった。
「あなたも来ますか」
「は、はい!」
剛志はいい返事をした。女医の方では、それにしても不細工な奴だな、と思った。しばらく歩いて診察室のようなところに来ると、イルマを抱えたユングが立っていた。
お姫様抱っこである。ちょっと照れくさそうにイルマが微笑んだ。
「やあ、タケシ。ただいまー。あ、ジンガ先生、久しぶりい」
女医の名前はジンガというらしい。重々しい名前だな。
「ど、どうしたんだよ……まさか、脚を」
ううん。イルマが首を振る。ジンガ女医はイルマを椅子に座らせるようにユングへ指示を出す。指示通りイルマが座った。
「どうなさいました?」
「肋骨やっちゃった。あと、ユングも私もあちこちひっかき傷があるんだ」
「ええっ!?」剛志の大声にばっとその場にいた四人が振り向く。ちょっと気圧されて声が尻つぼみになる。
「ろ、肋骨とひっかき傷って……魔法でちょちょいと回復できるだろー……」
しいんと部屋が静かになった。廊下を行き来する靴音が聞こえる。貧乳のナースも巨乳のジンガ女医も怪我人イルマもユングも無表情になってこっちを見ている。表情こそないが剛志の発言の意味が分からないようだ。
ユングが最初に口を開いた。
「……先生、こいつ殴っていいです?」
「ダメダメ。私たちプロなんだよ?アマチュアどころかこの世界を見たのも初めてって奴の言葉が響いたらおかしいよ?丁寧に説明してあげよう?……いててて」
あれ?今のイルマの言葉、別の口から聞いたことがあるぞ。別っていうかユングの口から。しばらくしてイルマがゆっくり説明してくれた。
「あのね。肋骨ってさ、どこにあるか知ってる?」
「えっと……胸に」
「うん、胸には肺があるよね。だから肋骨はさ、折れたとき肺をひっかくことがある。ここまでいいね?」
「……でもひっかいてないんだろ?」
「まあまあ続きを聞けって。もし魔法でちょちょいと治したとして、この肋骨の骨片が突き出た状態で残ってたらどうなると思う?」
次はただ殴られただけで肺に穴をあけて死ねる。剛志もやっと気づいた。
「治してもいいんだけど、その前に骨片がないかどうか検査をして、それから変な形に再生しないように慎重にやらないといけないんだ。ひっかき傷にしても相手が腐った死体だったからちょっと……わかる?」
「わかった……すまん」
深々と頭を下げたところで、ジンガが咳払いをした。
「剛志さん、治療を始めるので、カーテンの向こうに行ってくれませんか?」
ちょっと鼻の下を伸ばしたのが気づかれていないことを願い、カーテンの向こうへ引っ込む。だが甘いな!隙間を見つければ色々とみえ、
「駄目に決まってるだろうが」
襟首をつかまれて逆方向を向かせられる。目の前には黒縁眼鏡の――ユングの顔。推定だが、イルマの彼氏だ。
「な、そそそそそんなこと考えてないって」
「黙れ犯罪者予備軍。二ホンではどうか知らないが覗きは立派な犯罪だぞ」
日本でも犯罪ですすいません!半泣きで謝る。ユングの後ろにはあの貧乳のナースもいた。ゴミを見る目で彼を見ていた。なんかもう慣れて来た。何でこの人もこっちにいるんだろうと思った。野郎どもの見張りか?
「あ、あの、何で看護婦のあなたまでこっちに?」
「失礼な。私は研修医だし男だ」どうも彼も野郎どもに数えられていたらしい。「こっちにはユングの方の治療をするためにいる。そのほうが効率がいいからね」
ショートボブじゃなくて髪が伸びすぎただけだった。貧乳も何も、あったら怖い。
彼は傷口の血や組織片を少しずつ採取して何かの機械にかけた。消毒を一通り済ませるころに電子音が鳴る。機械の横に置かれた液晶ディスプレイに数字と記号の羅列が大量に表示されたのをざっと読んで、ユングに向き直った。
「うん、妙な菌はもらってないね。普通に治療して良いだろう」
「よかったー……あ、診察料って経費で落ちますよね?」
「落ちる落ちる。こっちも食いっぱぐれがなくて安心だよ」
やっぱりお決まりの展開は、狙っては起こせないようで。