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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
暗い部屋
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トリップしてきた異世界が大分イメージと違うんだが。

トリップ高校生の話です。

「い、いいのかよ!?置いてきちまったぞ!?」

 自分の手首を握って走るユングに呼びかけるが、答えはない。足元が滑る。もつれる脚を動かしてついて行かないと転びそうだ。

 ばしゃばしゃと水音がする。速い。こいつはイルマの助手なんじゃないのか?仲間だったんじゃないのか?何でこんな速度で、躊躇ったりもせずに逃げられるんだ。

「あの子、俺たちより年下じゃないかよ!あんなのの相手させちゃ……!」

 ユングは答えない。ただひたすら出口の光に向けて走り続ける。足音に驚いたのか飛びついてくる子犬くらいの大きさのばかでかい蜘蛛を、杖を振り回して払い落としながら、走る。

 ぐちゃっと中身が学校のカバンに飛び散った。中にあるのは教科書と問題集と筆箱と空の弁当箱なのに、何の役にも立ちやしないのに、後生大事に抱えているのだ。

「おい!聞こえてんのか!この冷血漢!」

 剛志自身、自分の運動神経がそこまで悪いと思ったことはないが、全体重をかけてみてもまるで抵抗できない。異世界人はゴリラか何かなのか?

 しばらくして眩しい光に視界が埋め尽くされて、しばらくして緑色が目に映る。今は晴れていた。外に出たのだ。目を擦る。初めて見る場所だ。

 遠くに青く霞む森。いくつか建物が見える。視線を手前に持ってくると壁が映った。石か何かだろうか。

 継ぎ目は見えないが、魔物の侵入を防ぐためのものなのだろう。雨が降った後なのか土がぬかるんでいる。見たこともない草が生えていた。

 ファンタジーを絵にかいて吊るしたような、美しい風景に息をのむ。それから今出て来た洞窟を、何の気なしに振り向いた。

 入り口が黄色と黒の縞々に塗られた四角い金属の枠で支えられていて、カーキのような緑のような迷彩服の人間が入り口の近くに、でかい銃を持って佇んでいた。

 洞窟の両脇には薄いカーキに塗られた巨大な箱型の建築物……本物のミリオタに言わせてみれば発想が異なるのかもしれないが、ドラマとかでたまに見る自衛隊とかの基地に似ている。

 違和感があってしかるべきなのに、違和感など覚えない。建物だけ真新しいとか、なじんでないとかそういうことが全くない。ずっとこれはここにあったのだ。俺が来るより前から。

 きっともっと前から、建物自体は建て替えられたり、装備が一新されたりはしたもののここにあったんだ。目の前の壁も壁じゃない。壁面ではあるけれど、基地の建物の一部だ。

 薄緑に色が塗られているが、現代日本で校舎に使われているのと同じ、鉄筋コンクリート造だ。よく見れば大型の機関銃が据え付けてある。鈍く黒光りする銃口がこちらを向いていて、ぞっとした。

 当たり前すぎて気づかなかった。小便を漏らしたズボンと下着を入れた袋は、スーパーの名前が書かれたビニールの袋だったこと。何度かタブレット型の端末を取り出して現在位置を確認していたこと。

 座らせてもらった折り畳みイスの脚がアルミだったこと。座面の布がナイロンだったこと。布に企業の名前がプリントされていたこと。

 前を歩く二人の靴底がゴム製で、溝が複雑に彫られていたこと。マントの背中にジッパーが通っていたこと。二人とも剛志の服装を見て、突然現れたこと以外に何の疑問も抱いていなかったこと。

 ファンタジーって、何で文明が現代レベルまで進んでいないって前提で考えていたんだろう。初めて見る異世界なんだから、このくらいなことはあるに決まっているじゃないか。

 やっと、手首をつかんでいた手が離れた。眼鏡の奥で空色の瞳が鋭く光っている。

「……何だよ、何見てんだよ……人でなし」

 ユングは反論しようともせず、カバンの中身をごちゃごちゃと引っ掻き回した。何か取り出す。手の中に納まるほどの丸い滑らかな石だ。

「これを持ってろ」ぐっと剛志の手に押し付けてくる。ひんやりとしていて、深い青が太陽光を吸収していた。

「口に入れるとか呑み込むとか何とかして、離すな。そうすれば僕にはお前がどこにいるかわかる。何かあったら石の上に手を置くとかして、魔力を流し込め。どこにいても一週間以内に助けに行くくらいのことはできる」

 カバンを閉めて、くるりと洞窟の方へ向き直った。どこ行くんだよ、とどうにか言った。

「決まってるだろ……頼まれた荷物を届けたから、先生のところへ戻るんだ」

「お、お前だって、お荷物って言われただろうが」

「荷物でも盾くらいにはなるさ。それにしても、変な奴だな。置いて行くなって言ったり、助けに行けって言ったり、助けに行くなって言ったり」

 押すな!絶対押すなよって言ったら思いっきり押してみたり。二ホンってどんな国なんだよ。ユングは屈託なく笑った。いっそ心配になるくらいだった。

「え……何、俺に気なんか遣ってんだよ。さっき人でなしって、その前も冷血漢って」

「気にしてない。人でなしの方は事実だから。それに、僕はプロだからね。アマチュアどころか、この世界を見るのも初めてって奴の言葉は響かない」

 頭に氷水をぶっかけられたようだった。意識が違う。自分と同い年なのにこんなにも違うものなのか。対応が大人のそれじゃないか。

「あ、でも、チキンのくせに先生を恐れ多くも子ども扱いしたり、自分は何にもできないくせに僕を冷血漢って言ったり、わざわざ安全圏まで逃がしたのに人でなし呼ばわりしてくれたり、自分のがよっぽどお荷物なのに僕が先生にお荷物って言われたことを持ち出したりしたことは裁判に使えるように録音したうえでその時感じたことも十全に記憶してるし司法関係の人間にも顔が利くから安心してくれ」

「そこの対応も大人か!」

 しかも方向性が絶妙に嫌だ!ユングは考える素振りのまま、てくてく洞窟に戻っていく。

「そうだな。まずは縛って吊るしてロウソクでも溶かして垂らそう。死ねないな、これは」

 薄情この上ないが、それでも白状すると、剛志はユングが帰ってこないことをちょっとだけ望んだ。もし帰ってこられようものなら一生このネタで強請られる。

「手に持っているものを地面に置いて、両手を首の後ろで組め!」

 だがその前に、銃を持ったごついおっさんたちに囲まれている現状がつらい。

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