駅前の魔法使い 6
「お兄さん、何してるの?」
「見ればわかるだろう……石を積んでいる」
ただ茫洋と広がる灰色の河原に、大きな石塔が出来上がっていた。男の亡者がただ淡々と、拾っては積み上げを繰り返している。隣で少女の亡者が座り込みそれを見上げていた。
「どうして?」
「知っているだろう、ここは賽の河原だ。そして俺は亡者だ。……なら石を積もう」
そうじゃないんだけど、と少女はぼやいた。男が振り返る。額の白い三角形の布がひらりと動いた。亡者の制服である。
「何が違う、亡者A」
「亡者Aじゃない」娘はすっと視線をそらした。「ラナ」
石を積もうとしない少女から目を離して男は石を積む作業へ戻った。上部が崩れた。傷だらけになった手で落ちた石を拾い上げて……積む。積む。崩れる――そして、拾う。
「ラナ、か。お前には名前があるんだな」少しだけ高くなった塔を前に、さすがに手が痛くなったのか流れに手を突っ込んで冷やす。「違う、とは?」
「こんなのやったって意味ないよ。……だって積んでも積んでも、崩されるんだよ」
しばらく、静かに川の水だけが流れた。
「そう来たか」手を川から引き抜き、また拾い、積む。「俺は結構好きなんだが……この刑。めちゃくちゃ不毛で」
「意味わかんない……」
呆れて眺めるラナの目の前で、不意に男が膝を折った。背を丸めて身を縮め、胸元に手を当てる。
「……大丈夫?」
「いや、気のせいだ。もう死んでるんだから気にすることはないのだが……悲しい癖だな」
「ますます大丈夫?」
どうせ死にはせんと開き直り、腰をおろして空を仰ぐ。
「やっても意味ない、か。そういう刑だからな。しかし考えてもみろ、論理的にだ」
「論理的?」
そうだ、とうなずき先ほどまで自分が積んでいた塔を見上げる。
「こんなただ石積んだだけの塔に何の利用価値がある?これが何になる?」
「……何にも、ならない」
そうだ何にもならんと高らかに宣言して立ち上がり、さっき冷やしたばかりの傷だらけの拳を強く握り締め、渾身の力で振り抜いた――石の塔を、殴った。
さっきまで必死に積んでいた塔が血しぶきとともに崩れ落ちる。
「う、うわああああああああ」「こ、こいつ自分でやりやがった!」「頭おかしいのかよ!?」
ラナは言葉もなく変な声を口から垂れ流し、崩すタイミングを見計らっていた鬼たちが悲鳴を上げて立ち上がる。
「うむ、腕は落ちていないようだ」満足そうに拳を引く。何事もなかったかのような挙措である。「しかし……さすが不揃いな河原の石ころ、肉が削げて骨が見える。困ったな……このエリアは怪我をすることも少ないが再生も遅いんだ」
――このエリア?
その言葉に引っかかりを覚えつつも少女は放心から立ち直って違う質問を放った。
「な、なんで崩しちゃったの!?頑張って積んだんでしょ!?」
「また積めばいいだろう、このくらい。どうせ時間はたっぷりある――要は鬼に崩されずに石の塔を作ればいいんだろう?」
絶句するラナに背を向けて、わざとらしくちちんぷいぷいなどと唱えてみせる。変化はその直後に起こった。
ぼこっと河原が盛り上がったのだ。
そうやって浮き上がった河原の石という石がある一点に集中し、それはまるでタケノコのように上へ上へと積み上がっていく。それどころか石の一つ一つが切られ、研磨されて建物に適した形となり、一部の隙もなく重なる。
気付くと、そこには堅牢な砦にありそうな塔が建っていた。
「何、初級の魔法だ……ちなみにこれ、住めるぞ。耐震してないから建築基準法はたぶん通れないと思うが」
「え……魔術師、だったの?」
塔の向こう側では、鬼たちが「これ崩せるのかな……」「いやさすがに無理だろこれ……」などと呆然自失の体で呟いている。
男は心外そうに首をすくめ、塔の外壁をぺしぺしと叩きながら言った。
「言ってくれるな……俺はれっきとした資格を持った魔導師だしこれからもそうだ。一緒にするな」
「ごめん」
少し胸をそらして魔導師は塔を見上げ――「ノリで建てたが、邪魔だな」と恐ろしいことを言い出した。まさかまた拳で……とその場の誰もが思ったその瞬間に彼はその手の中にダイナマイトを具現化した。
「この魔法は使える人間がそうはいない、眼福だぞ」そして砲丸投げの要領で塔の上へと投げ上げる――空気との摩擦で火がついたようだ。まるで打ち上げ花火だった。「……届きそうだな。しばらく待て」
「逆に待つ以外に何ができるのよ、この状況」
あーあ、聞こえんなと彼が言った瞬間だった。
タロットで塔のカードは崩壊を示すといい、かつて人が神に至らんとしたバベルの塔は崩壊するついでに人間の言語をばらばらにしたという。
不吉ないわれの通りに塔が爆発した。
「きゃああああああ!」
「ち……汚い花火だな」
遠くから「もうお前転生しろよ!」と声が聞こえた。
「それは無理な相談だ」
彼の言葉は、嘲笑のようにも啜り泣きにも聞こえた。