ソロの弱み
前回に引き続き回想のようです。イルマの回想じゃないから癒し効果が30パーセント減!サツバツ!
どうする。ドラゴンを仕留めた、信憑性のある記録はどこにもない。
中世は倒す手立てが存在せず、近代に入っては敵対することも少なかったのだから当たり前だ。爬虫類のような見た目をしていることから考えれば冷気に弱そうな気もするが……。
「まずは肉を引き裂こう!曰く、『ハウツー?サバイバル!』出版社は……忘れた!」
バカげたことを言いながら、ドラゴンは爪を振り回した。野生動物がハウツー本を読むようになるなんて世も末だ。あともちろん当たれば致命傷どころか背中と腹が生き別れだ。
躱そうとしたが、意志に反して膝がかくんと折れた。
「くそがっ……!」
右脚が動かない。頭の奥がぼんやりと濃霧の兆候。麻痺剤が効きすぎたらしい――あの藪医者、何がこれでも少ないほうですよ、だ。がっつり効いているぞ。しかもよりによってこんな時に。
魔力が減っている今、あまりやりたくはないが盾の魔法を展開する。結界の応用版で、局所的に、しかも一方向からの攻撃にしか備えられないが防御力はトップクラス。設置した地点からも動かせなかったっけ?
だがおそらく、これでも防ぎきれない。洞窟の床を転がるようにして直撃を避ける。
肩を擦ったらしい。血が飛び散ったので気づいた。麻痺剤のせいかアドレナリンか、痛みが弱い。傷の深さもよくわからないが、出血量からして太い動脈は切っていないはずだ。
簡単に解毒と止血だけ施して、動く左脚と血染めの杖を使って立ち上がる。薬のせいなら右脚はもう数時間はまともに動かない。ヒットアンドアウェイもきかないわけだ。
「ぬー……優しくしてくれと言うたのに」
こういう相手にはちょろちょろ逃げ回りつつじわじわ削るのが定石だが……自分の発想に笑う。何だ、定石って。倒せると思っているのか、これを?死に体な上に有効な対策もないのに?倒せるわけがないじゃないか。
だが逃げようにも、体が言うことを聞かない。こことは別の出口まで這いずることはできるとして、逃げるのは無理か。
ここにいるままでじわじわ削るのは……魔力量的に無理がある。小技を連発するのと大技を一回ぶっぱするのなら、大技の方が燃費はいい。それに防御にも手を回さなければ。
だが大技をぶっぱしたところで倒せる相手ではないことは前提。しかもこの場合、三歩空けてついてくる良妻が崩落フラグ。
――消具なら?
ふと浮かんだ考えを首を振って打ち消す。駄目だ。あれは駄目だ。確かにあれならほとんど魔力を使わず連発できるし、崩落フラグとも離縁が可能だが、使いたくはない。自分の中の何かが欠けていくようなあの感触。
自然消滅を待つか、ひたすら削り続ける以外に対策のなかった悪霊に対しては一番有効だからと、軍にいた間は当たり前に使うことを命じられ、当たり前に使っていた魔法だ。
だが今は、どうしても耐えられない。
「なんか考えておるのう。怖いから燃やすわ」
ちょっと昔なら速攻で極大魔法認定を受けそうな規模の火属性のブレスが視界を埋め尽くす。とっさに水の魔法で相殺した。それでもマントの裾に火が付く。叩いて消火する。あーあ、一着お釈迦になってしまった。それよりも。
「なんて軽いノリで撃つんだ……!」
「一応竜族だからな。だが、とっさでこれを相殺できる魔法を放つおぬしも人間離れしておると思うよ。おまいうってやつ?」
「略すな腹が立つ」
落ち着け、イライラするな。考えろ……自然界で捕食される動物は、どうやって捕食者から身を守る。保護色、逃げる、毒をもつ、毒のある生き物のふりをする、硬くなる、それから……。
威嚇して追い払う。
考えとしては悪くない。今からでも取れる策だ。
しかし相手には知恵がある。間抜けでノリが軽い愚か者だがごく当たり前のように人語を操り、崩落フラグをいっぱい引き連れてきてくれたとはいえ獲物の行方を予想して先回りしてきたのだ。
威嚇と言って本当にただのこけおどしでは通用するはずもない。当てるにしろ外すにしろ、軽く手傷を負わせるくらいの威力は必要になるだろう。が、この威力と言うやつがまた曲者だ。
ドラゴンは全身を魔力耐性の高い、そして単純に硬い龍鱗で覆われ、防御にも隙がない。
龍鱗とはその名からも分かるようにドラゴンのみが持つ特殊な鱗である。ただし、サラマンダーやワイバーンの希少種などはまれに持つことがある。現代の科学的な分析では普通の爬虫類の鱗と変わらないそうだ。
つまり、何で硬いのかわからない。ゆえに有効打が何であるかいまだ知られていない。
極大魔法に近い威力のものを放てばなんとかなるだろうが、技術の進んだ現代だって極大魔法なんてものはほいほい使えるものではない。
カミュの直死魔法や消具みたいな特殊なケースならいざ知らず、膨大な魔力と集中力と、時間――時間が必要なのだ。
「えーと次は……そうだ!簡単に殺せないようなら、じっくり相手の体力を奪おう!」
そんな時間、今は用意できない。小技、いや大技もになるのか、ちょくちょく繰り出さなければならない。
技一つに集中し続けることができないのだ。本来、極大魔法に限らず威力の大きい魔法は一か所に立ち止まってじっくり魔力を練る必要がある。そもそも平凡なRPGに見るように魔導師なんて後衛だ。
魔導師しかいないときも一人が大技ぶっぱ用員として後ろに引っ込み、大技が放たれるまでは前にいる者が守る。必要なのは大体42秒ほどだろうか?42秒も何もせずにじっとしているなんて、まるで俎板に乗った鯛ではないか。
イルマを残らせておけばよかったのではないか、とも思われるが、イルマは幼すぎる。いくら素養があるとしてもまだまだ未熟、戦力としては頼めない。
それに、こんな三途の川がチラリズムするようなシチュエーションにいるのは辛うじて動く死体だけでいいだろう。
ソロの弱みって言ってるけど、こうなったのはソロだからじゃないと思ったりします。