人間錯覚
これを投稿した時点が1月1日なので、あけましておめでとうございますを言います。
「さあて、君の話を聞こうか」
イルマはユングと二人で、カバンから取り出した折り畳み式のベンチに座っていた。
目の前にはもう一つ折り畳み式の椅子があって、そこには洞窟内にいた謎の少年・ソウマタケシが座っている。あと彼の背後に霊体化したオニビが立っている。
「姓が相馬で、剛志が俺個人の名前。高校二年生、えっと……」
高校二年生がイルマに伝わらないことを危惧するかのようにもぐもぐと口元が動いた。わかるっちゅうの。人を何だと思ってやがる。しかし名字付とは。王侯貴族の端くれだったら後々面倒だぞ。ここまでのあれとかこれとか、いっぱい。
高校生が何かくらいわかるよー、という皮肉を込めて返答する。
「16歳か17歳ってところだね。じゃあタケシ、どこから来たの?」
「日本の、……」
次こそ聞いたこともない地名だった。念のため魔界育ちのユングに確認する。聞いたことはないらしい。もしやこれは、たまにライトノベルなんかで出てくる別世界からの闖入者なのではないか?
「あ、あんたらこそ何なんだよ」
「えっとね、まずこの世界には二ホンという地名は存在しないんだ」あえて質問を無視した。いきなり職業を言ったら混乱しそうだ。
「ここはコルヌタという国の領土内、アボリ迷宮っていう洞窟なんだけど」
それこそ聞いたことないよね?こくこくとタケシが頷く。駄目だこりゃ、本物だね。頭痛がする思いだった。
後で無礼打ちされる可能性は消えたわけだが、これはこれで面倒くさい。馬鹿丸出しな腑抜け切った表情を浮かべている少年は目も髪もこげ茶色で、肌は色黒に近い色をしている。
ユングと同年代のようだが、おどおどとした挙措にどうにもそれより幼い印象を受ける。
「ここは魔物が多いからちょっと危ないんだよね。地上よりだいぶ。ということで、私たちがここの外までタケシを保護します」
「……へ?」
嘘はついていない。嘘はな。このまま察してくれるとよいのだが……異世界の住人、タケシには通じなかった。
「あんたら……何者なんだ。マントに杖なんて……そんな、まるで魔法使いじゃないか」
この質問には応じずに席を立って、背を向けるまではその通り実行した。問題はそのあとだ。
「魔導師だよ。魔法使いが魔法を扱うすべての人間を指すのと違って一部の国家資格だ」しまった。つい反論してしまった。こうなったら腹をくくろう。
「私の名はイルマ。母はアンジュ、父はオリバー。こっちは助手のユング」
「入間?」
「発音が違うよ愚か者。じゃあ行こうか、まだ一つ反応が残っているけどそれも片づけて。ここを出たら君はいろいろ質問されると思うけど」
ひたひたと静かに後ろへ下がっていく足音はイルマの耳に届いていた。
「あとさ、生きる意志があるならの話だけど。私たちから離れようなんて思わないことだ、タケシ」
足音が止まった。そのまま逆方向へ足音が近づく。肩を落としたタケシが隣まで来ていた。彼の服装は学生服に似ている。たぶん向こうの学生服なのだろう。
今はもう一つの反応も気がかりだし、これもこれで気になる。厄介極まりない。いつもとは違う種類の頭痛に顔をしかめていると、ユングが口を耳元に寄せて来た。
「先生、ちょっとお耳に入れたいことが。そのままじっとしてください」
「何?手短に頼むよ」
温かな吐息が耳にかかって、耳が冷えていることが感じられた。ちょっと興奮する。惜しむらくは彼がまだまだ若いことだろうか。
な、何やって、とタケシがうろたえる。間違いない、場所は知らないし文化も分からないし気候も全く知らないが、間違いない。
二ホンとかいう国は平和ボケしまくっている。きっとスパイ天国だ。
「……もう一つの反応は、11時の方向ですよね」
「うん。より正確には、12時に限りなく近い11時。帰り道だね。っていうか、そこを通るようにルートを取ったんだけど。それがどうしたの?」
耳にかかる吐息が揺れる。
「そっちのほうから、死臭が色濃く漂っています。先生の鼻はここまでで麻痺してしまって、感知していないでしょうが、濃いです。明らかにここまで通った洞窟内と比べても異常です……多分、」
「次は当たりってことか。アンデッド系?」
かもしれません。イルマに伝え終わると彼は耳元から顔を離した。
アンデッドは魔物であって、魔物でない。元は死骸だが、魔力を帯びて動くものをいう。ゆえに生物に対する防御策の一切が通じない。
不思議パワーで動くものだから首を落としても、心臓を貫いても動き続ける。動かなくなるまで相手をしてやらなくてはならないのだ。
細心の注意を払いながら、お荷物のタケシを間に挟み、死臭の根源へと進んでいく。何が出てきても驚かない、と彼女は思っていた。
――だが。
「嘘だろおい……」
それを目にしたとき、イルマは思わず悪態をついた。視線の先、巨体。正式名称こそ覚えていないが、洞窟内に生息するドラゴンの一種なのは知っている。対処法も叩き込まれている。
しかし、それがアンデッドになった場合となれば話は別。ドラゴンの胸から腹にかけて大きな傷が見える。膿んでいる。おそらくあれから菌が入ったのが死因。
生息地から考えれば体色も黄土色から金のはずだが、くすんだ灰色を含んだ黄砂のような色に変わっている。おそらく鱗が荒れて乾燥しているのだろう。
ちらちらとうかがえる口の中も血の通う赤をしていない。長く水中に放置されていた水死体のように白っぽくぼってりとむくんでいる。
これはいわゆるドラゴンゾンビと言うやつである。ゲームにもよく出てくる。ただひとつゲームと違うのは、言うほど腐っていないことだろうか?死蝋とも違う。単に死んだのがごく最近で、今回魔力を帯びてしまった。
ひらりと躱して逃げたいが、厄介なことにビジネスとしても一身上の都合としても、これを突破しないと地上には戻れない。
だが、一番の問題はそこではない。
「先生?」
「間違いない……こいつは」
イルマはこのドラゴンを知っている。ドラゴンの方も、イルマを捉えた。やにが溜まって白濁した両目には唯一、生き生きとした意志の光が見て取れる。
咆哮とともに汚れた牙が腐った歯ぐきからボロリと抜けて、洞窟の床に落下音が響いた。
異世界トリップしてきた人間を、された側の世界の人間の視点で描く本末転倒ストーリーですね。せっかくファンタジーを現実にいる読者や作者に近い視点から描くことができるといううまみがあるってのに……ありんこは何をしてるんだ。と思ったかもしれませんが、これで正解です。だってトリップしてきたやつ、主人公じゃないもん。
色々なものが復活したところで、王道ファンタジー炸裂!