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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
梅雨前線
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危険なトリップ

通常回です。主人公が違うけどね!

 普通の高校生は妹もいないし幼馴染の少女もいない。ツンデレクラスメイトも眼鏡美人な委員長もいない。モテない。そういうのはファッション普通だ。俺は普通の高校生!そう言って普通だったことがあるか。相馬は思う。

 普通っていう言葉はまるで空気のような奴に与えられるべきだろう。

――姓は相馬、名は剛志。16歳、高校二年。性別男。趣味読書。得意教科、現代文。国籍日本。

 彼はあらゆる意味で教室内の空気と同じ存在だった。友達がいないわけではない。喋らないわけではない。にも拘らず、存在感が空気と同レベルだ。

 遅刻を時々やらかすが、担任はそれに気づかず、まさかの皆勤賞を手に入れた。腹痛で休んだら次の日クラスの人間に休んでいたことに驚かれた。

 そんな彼は読書好きが高じてネット上の作品に手を出した。とある小説投稿サイトがお気に入りである。

 素人が好きに書いているため質はピンキリだが探せば必ずいいものがある。そういう掘り出し物を見つけては悦に入るのが彼の習慣でもあった。

 ただ相馬にも一つ、最近思うことがある。

 最近、ファンタジー系の異世界にトリップして、チート能力を手に入れて無双する話多すぎだろ。

 しかも、主人公のいじめられっ子引きこもりニート設定は何だ?いじめられっ子っていう部分は変な性格の奴が少ない異世界ならどうにかなるだろうが、引きこもりニート?

 現実で何もできないやつが異世界に行ったところで何かできるわけないだろうが。チート能力の出どころはどこだ。そんな都合のいい話があるか。大体、普通の高校生は美男美女じゃないと思うぜ。

 現実サイドの人間からファンタジー世界を描けばいい分、書く側は楽かもしれないがね。俺が見たいのは主人公=自分の活躍じゃなくて、主人公の次の対応だ。

 ふと黒板から目をそらして窓の方を見た。女子が寝ている向こう、窓を驟雨が濡らしている。おかげで窓の向こうの風景は滲んで歪んで、なんとなく灰色や緑や茶色や灰色だけが見える。結露も凄い。

 こりゃ降ってるな。さすがモンスーン型気候。さすが梅雨。まだ五月末だが細かいことは指摘するまい。

 授業が終わって、掃除、終礼。毎日この繰り返しだ。起きて、飯食って、学校に行って、勉強して、ずっとそうだ。日常なんていいもんじゃない。

 変わり映えしない、特徴もない、色気の一つもない、窓の外と同じくすんだ色の毎日。これが終わっても次は大学受験。

(電車、逃しちまったな)

 靴箱の錆びた蓋を開けて、湿ったスニーカーに履き替えて、傘をさして、のこのこと学校を出ていく。ばっばっと雨が傘を打つ。

 蒸し暑いのに、手足の先から体温が奪われていく不思議な感触。顔をしかめる。また腹が痛くなりそうな天気だ。暗いからかヘッドライトをつけたまま車が止まっている。

 駅に向かって歩いて、ふと異変に気付いて立ち止まる。何かがおかしい。暗すぎる。いくら空が雨雲で埋まっていたって、今は昼だ。こんなに暗いはずがない。車がヘッドライトなんてつけるわけがない。

 雨音がしない。雨が止んだか?そっと傘を閉じ――相馬は驚愕した。

「な、何だここ」

 知らない天井どころではなかった。

 一言でいうなら、洞窟。昔テレビでやっていたものによく似ている。床が濡れているところも。だが、あちこちで光っているクリスタルの類とかさかさ壁を這っていく見慣れない虫が圧倒的に違和を伝えてくる。

 ゲームに出てくるダンジョンに近い。どうやらここは長い洞窟の途中らしいが、何しろ太陽光がないものでどっちが地上なのか判然としない。

 しばらく傘を片手に呆然と立ちすくんでいたら、何か地響きが聞こえた。

 まず見えたのは肢、巨大で、毛が生えた、カニに似た肢。蜘蛛だ。だが巨大すぎる。それは相馬に一切の興味関心を示さず通り過ぎて行った。あんな生き物、見たことがない。

「う、臭……」

 さらに洞窟内と思しきその空間には、カビ臭い臭いに交じり強烈な死臭が漂っていた。巨大なキノコが突き出た天井。

 まさか異世界に来てしまったとでもいうのか?ありえないが、他に考えられない。だってさっきまで駅前にいたはずだ。

 超自然的な力が働いているとしか思えない。それか本体は路上で昏倒して病院で植物状態とか……ええい異世界トリップだ、そう思うことにしよう。

 異世界トリップだということは、チート能力が手に入っているのか?ぶんぶん手を振ってみたり、飛んだり跳ねたりしてみる。足元の水がびちょびちょ跳ねただけだった。何もないらしい。

 落胆。首筋にぴちょんと水滴が落ちて変な声が出る。落胆。

 ……まあそんなこともあるさ。えっと、何だっけ。チート能力がない時はトリップした先の異世界で現代日本の科学とかを教えて、気づいたら美少女に囲まれるんだっけ。

 知らず表情が緩む。煩悩の数は108個以上絶対ある。そうだその方針で行こう。

「それにしても誰もいないけどな、フハッ」

 鼻で笑った瞬間だった。

――ズドン!

 足元を揺らして爆音が響く。焦げ臭い臭い。火?人がいるのか?行ってみよう。相馬は三歩進んで戻ってきた。無理。謎の鳴き声とか聞こえるし、無理。

 そんな不用心に近寄れるかあんなところ。ここだって安全とは限らないが、まあその。うん、この場合はこれが一番安全なはずだ。

 チキン思考に一応の合理的な理由をくっつけて、立ちすくむ。

みんな大好き異世界トリップ!でも、本当に普通の人ならどうでしょうな。

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