焼却炉の魔術師
焼却炉はロマンだ!というよくわからない着想のもと、書きました。王道ファンタジーだ!待ってた?待ってない?
だってさっきから聞こえてるんですよ。耳を打つ羽音に苦笑する。
「ハチェットビー……大群ですね。ずるいなあ。最初ッから、僕だけ帰らせる気なんてないんでしょう?」
まさか。イルマは首をすくめて見せた。そんな意図というか、発想はなかった。喧しい羽音に負けないように大きな声を出す。
「ユングがどうなったって構わないって思ってるだけだよーん。――オニビさん、来て!今すぐ!」
こーん、と杖の音がした。ユングがそっちを振り向くより早く、蜂に満ちた竪穴を高温の青い炎が埋め尽くして、こちらまで火柱が昇る。思わず顔面を手で庇う。肉の焼ける臭いが立ち上った。
もうちょっと覗き込んでいたら僕の頭頂部が焼け野原だ。いや、それどころか。うすら寒いものを感じて後ろにいるはずの少女を見る。
「せ……先生」
「蜂の子好きなんだ、私。タッパー持ってきてよかったよ。オニビさん、今日はよろしく」
――わーお通常運転ですか!
竪穴の底にぽつんと黒いコートの幽鬼が立っているのを見下ろして、イルマは頭を下げた。にっこりと微笑んで、オニビの方からも会釈を返してくる。
よいしょと竪穴の縁に手をかけてぶら下がり、フリーのロッククライミングの要領で壁を縦横無尽に動き回る。この技術も叩き込まれた。ビルの壁面でもこのくらいの動きを保証する。
「あったあった」
お目当てのハチの巣はけっこう低いところにあった。あまり大きくない。巣にナイフで亀裂を入れる。
予想通りというかなんというか、収穫はあまりなかった。香ばしい香りのするそれらをタッパーに押し込んで、ふたを閉じる。
薄い本でも読みながらおいしくつまもう。
「せんせー!どうやって降りたらいいですかー!?」
上から聞こえた叫び声に、イルマは冷ややかな視線を送った。っていうかまだ降りてなかったのかよ。
「……飛び降りればいいんじゃない」
助手という名のボルボックスが涙目になってさらに叫ぶ。
「無理!そんなの無理ですよう!助けて!先生助けてー!」
「ちぇー。わかったよ、待ってて」
イルマは来た時と同様にフリークライミングの要領で竪穴を登り、戻ってきた。涙目のユングのために仕方なくロープを取り出して、近くにあった結晶に結ぶ。引っ張る。ロープよし。
それを自分の胴体、帯の金具に括り付ける。命綱よし。ユングを片手で抱える。やっぱり重いな、こいつ。あとは開いてるほうの手でロープを握って調整しながら降りるだけだ。
「いひいいいいいい!こあい!こあい!」
「泣くな!うるさい!突き落すよ!」
「ゆっくり縦移動怖いよぉ~!」
「お前もう落とすぞ落とすからな落としていいんだな!?」
泣き叫ぶユングにイルマが切れそうになったところで下からオニビのストップがかかった。
「それは勘弁してよー、一応ソレ俺の孫なんだよね」
「え?そうなの?じゃあ死なない高さから初速ゼロで落とすね」
「老害のせいで身バレワロ……ふぎゃっ!?」
涙と鼻水でぐずぐずになった顔のまま悪態をついていたユングは受け身も取れずに腹側から洞窟の床に落ちた。加速度が9,8メートル毎秒。
ぐう、とうめいて伸びている。まあ死んではいないだろう。そんな高くなかったし。イルマは一度上まで戻って結び目をほどき、かさかさと黒いアレのような動きで降りてきた。
降りてみればオニビが、気が遠くなっているユングの介抱をしていた。酷くて打撲だ。何たって、ただ白目をむいて寝ているだけなのだ。しかしその手つきには慈愛が見える。
「孫だったんだ」
「うん。でも俺はユングが小さいころに死んだから、この子はちゃんと覚えてないだろう。老害呼ばわりも仕方ないよ……私のせいです、すべて私が悪いんです……ごめんねユング。何にも教えてあげられなくて。そう、トマトとか、トマトとかね」
トマト?なんで?トマト以外もいろいろ作ってたはずだけど。何かが引っかかったが、イルマは深く追求しないことにした。トマトでつながる絆があったっていいだろう。いいはずだ。
だってミートソースとパスタはトマトでつながっている。
魔導師の下位職、魔術師……のさらに下位職、魔法使い(自称)あらわる。