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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
梅雨前線
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家出童女と公園おじさん

回想です。「あるはれたひに。」の続きです。題名がまたおかしなことになっていますが内容はいたってまともです。

 車が止まると、前のドアが開いて運転席から信じられないくらい太った男が出て来た。というかイルマにはそれが男であること、人間であることがすぐにはわからなかった。場数を踏んでいないのだ。

 この車、彼が運転していたらしいが、あの体形でハンドルが握れるのだろうか?ともあれ男は公園のおじさんと何事か話して、イルマに微笑みかけて、二人を車に乗せた。道中男は自分について説明した。

「僕はメンゲレ。国家直属の魔導師だ。君の話はそこの彼から聞いたよ……もっとましな施設を」

「あのさ、それなんだけど」イルマはメンゲレの言葉を遮った。

「今思い出したんだけど、お母さんから何か手紙をもらってたんだよね。困ったときに開けろって」

 中身はイルマだって知らない。ただ施設には懲りた。そう何度もあんな曲芸できっこない。やがて車は夜道を走り、メンゲレの家に着いた。

「あ、父さんお帰り」

「お帰りー」

 畳の居間にはちゃぶ台を子供が囲んでいた。

 子供たちはイルマを一瞥して「いつものこと」みたいな反応でテレビに戻った。イルマは目を瞬く。皆顔が似ている。しかも同じ顔の子が二人ずつ。話に聞く双子とはこれのことか。思った以上に似ている。

 応接間の方でイルマはメンゲレと一緒に母の手紙を読んだ。公園にいたおじさんは興味なさげに宙に視線をやっている。たぶんコルヌタ語が全く分からないのだろう。何でこの国にいるんだ。

 内容は恐るべきものだった。簡単に言えば少女の出生の秘密である。それをぐだぐだとまとまらない文章でのたのたと続けているのだ。ゆえに便箋は五枚にも及んだが、要約すると大体こんなものだ。

 ひとつ、イルマは父オリバーの子ではない。

 ふたつ、浮気でできた子供だ。

 みっつ、イルマの本当の父親は国家直属魔導師、実存。

 三行で片付く内容だった。

「今日はここに泊まりなさい」衝撃の事実に首をかしげるイルマにメンゲレはそう言った。「明日、あの野郎に直接問いただしてやる」

「知り合いなの?」

「同僚……だったのさ」

 苦々しい顔で、メンゲレは、死の天使はうめくように言った。

 その夜イルマは来客用の布団を敷いてもらって、泥のように眠った。まだ見ぬ父親に多少の思いははせたかもしれないが、何分寝る直前だからよくわからない。

 朝起きたら恩人の一人・公園おじさんは姿を消していた。代わりにピンク髪の若い男の人が酔いつぶれて寝ていた。誰この人。メンゲレさんの家族かな?

 朝食は甘くないシリアル。牛乳がおいしかった。

 本格的に思いをはせたのは、車に乗ってからである。実存の魔導師。新聞なんかでは読んだことがあるようなないような内容はなんだったか。まあいいや。

 父オリバーはどこかの会社に勤めていたらしい。らしい、というのはイルマが見たことのある父の姿がスーツを着て帰ってくるときのものだけだったからだ。

 何の特徴もないスーツだった。確かに、あまりイルマとは似ていなかったような気がする。

――本当のお父さんは、どんな人かな?

 イルマによく似ていたりするものだろうか。栗色の髪や淡い緑の瞳。これは両親のどちらにもなかった特徴なのだが、本当の父親と言うくらいだから彼はそうなのだろうか?

「ねえ、実存の魔導師ってどんな人?」

「こういうことは言いたくないんだが、正直に言うな。……今のあれはエゴイストで、どうしようもないクズだ。それどころか頭がイってやがる。どうしてあんな性格に……」

 ともかく性格に関してはまったく信用できそうにない。その一点は理解した。公務員なら家計に余裕はあるだろうか?少女一人養えるくらいの経済的余裕があると嬉しいのだが。

「いや、今は公務員じゃないよ」信号を待ちながら運転手が言った。「二年前に辞めて、今は自営業だ」

 とおりゃんせのメロディが止まる。信号が青になって、車が動き出した。

 状況は絶望的と言うほかない。まあいい当たって砕けろだ。そうやって車に揺られること3時間。これは途中のコンビニでトイレを借りたり水を買ってもらったりしたのも込みだ。電車の音がした。

 駅前の有料駐車場に車は停められた。少し歩いた。薄汚れた古い、四階建ての小さなビルにやってきた。上の方には緑色の何かが絡みついている。看板が掛けられているが、角度的に読めない。ここに入るらしい。

 入り口の横に古びたプレートがかかっていて、「朝顔ビルヂング」と大げさに跳ねた古臭いフォントが埃をかぶって踊っていた。

 入ってすぐのところはタイルの貼られた土間で、バイクが一台止まっている。その奥には倉庫なのだろう、クリーム色に塗装された鉄の扉が見えた。

 メンゲレは隣の階段を上がっていく。慌てて後を追った。階段を一階分上がると、右側に「事務所」と書かれたドアがあった。薄く埃の積もったすりガラスがはまっている。それを少々無遠慮にメンゲレが押し開けた。

「よう。お前、今なんて名前だ」

「何、だろうな」雑音の少ない、透き通った男の声が響いた。「この近辺ではヤミ魔法使い、と呼ばれていると言っておこう」

 やみ……闇、だろうか。メンゲレの背中で相手の顔は見えないから何とも言えない。

「妥当なあだ名だな」

「ああ、死の天使とは大違いだ」

 のしのしと重量を感じさせる歩みでメンゲレは歩いて、来客用と思しきソファに腰を下ろした。ぎしっとスプリングが軋む。座っていいのだろうか。

 イルマはさっさとその隣に座る。なんとなく気が引けて顔を伏せていたことに我ながらはっとして、目を上げた。

 カウンターの向こうに、ソレは座っていた。マントこそ着ていないものの魔導師らしく袖の広がったぞろりと長い上着を着ている。色の抜けた金髪を両肩に流し、左側のひと房には飴色の髪飾りが光っていた。

 繊細そうな細い手指を柔らかに組んで、あまり興味がなさそうな顔でこちらを眺めている。

「……何の話だ?貴様が持ってきた時点で面倒ごとの匂いしかしないが、話だけは聞いてやる」

 透けそうな白い肌。透き通った藤色の瞳。研ぎ澄まされた刃物の切っ先を思わせる容貌はイルマには似ていない。

「態度がでかいな、ケチな自営業が」

「うん?公僕が何か言っているようだ。……いまだにアポイントメントの一つも取れんのか、貴様は」

 メンゲレの丸い顔の広い額に青筋が浮かんだ。

「アポでも取ろうものなら来るなと言うだろうが!」

 相手の表情は変わらない。伏し目がちなままだ。

「よくわかっているではないか。帰れ。とっとと金を置いて帰れ」

「金だけは要求するのか!?何も頼んでないのに!」

「俺と話しただろうが。手間賃をよこせ」

 軟化を見せない態度に、お前というやつは、とメンゲレが絶句する。しばらく口をもごもご動かして、それから「お前こそ客が来たのに飲み物の一つも出せないのか」とまったく関係のないことを言った。

 ふ、と実存は鼻で笑って、重々しい動作で椅子を立った。スリムな体形だが背は高いほうではない。

 すぐそこの小さな食器棚からコップを三つ取り出して、またこれをすぐそこの水道で水を注いで、持ってきた。カウンターに並べる。

 注ぎたての水道水はちょっと泡が見えた。

「……これで文句はあるまい?」

「僕初めて見た客に水道水出すやつ……!」

 頭を抱えるメンゲレを珍獣を見るような目で一瞥し、彼は疲れ切ったように椅子に戻った。ふ……と息を吐く。

「さっさと話をしろ……今日は具合がよくない」

「頭のか?」

「頭もだ」

 ごくごくと出された水道水を一気飲みして、メンゲレは話し出した。イルマのことだ。意外にも男は黙っておとなしく聞いていた。

「ちょっと待て、そいつが俺の娘だとでも言うつもりか?つもりっていうか、もうそうとしか聞こえない残念なコルヌタ語で言ったようだが誤解を招くぞ」

 口をはさんだのはメンゲレが一通り話し終えたころだった。

「そうだよ!蒸発した母親がこう書いて残してるんだ。責任をもって引き取れ」

「……」

 男は黙り込んで口元に手を当てている。その間にメンゲレがまくし立てた。

「ここでお前が悔い改めてこの子を引き取ってまっとうに育てるって言うなら、お前がかつて人妻と関係を持ったことには触れないでおいてやるよ!どうだ!いい取引だろ!?おい聞いてるのか!」

 怒鳴られたが、男は微動だにせず口元に手を当てたままだ。切れ長の目の長い睫毛を伏せてどこか違うところを見ている。こうしているとそういう形の彫像のようだ。

「おい!聞いてるのかって聞いてるんだよ!」

「聞いているがどうもなあ」何の反応もなかった相手がいきなり応じたものだから、詰め寄っていたほうがびくっと身を引いた。

「心当たりがまるでない。人妻なんて面倒なものに手を出すものか。大体途中からは貴様の勝手な妄想だろうが違うか?もうそうとしか聞こえんのだが、妄想だけに」

 寒かった。

「も、妄想とは何だ」

「もうそうちく。」

 二重に滑って、それをまったく意に介さず、実存はイルマの顔を覗き込んだ。金の髪が頬のあたりに落ちかかって、何とも言えずいい匂いがした。

「……いいだろう。物的証拠が出たらそうしてやる」顔を離されて、自分が息をしていなかったことに気付いた。

「採血でも何でも応じてやる。DNAが一致したら引き取ってやらんこともない。一致しなかったらどうあっても突っ返す。いいな」

「最初ッからそういえばいいんだよ……DNA鑑定の間、お前のところに預けていいなら飲んでやってもいいぜ、その条件」

「おう、受けてやろうじゃないか。ただし一致しなかったらラーメン一杯奢れ」

「お前こそ」

 なんか私を使って賭け事が始まった。イルマは早くも嫌な予感を全身に感じていた。

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