お仕事楽しいな(白目)
今度も現実回です。もーまんたい。
次の仕事先はアボリ迷宮と呼ばれるその筋では有名な洞窟だ。ファンタジーにはつき物の魔物が多い危険な場所なのだが、入り口までは普通の観光地として人々が訪れる。
奥は危険なので出入り禁止にはなっているが、探査され尽くして詳細な地図はおろか魔物の生息場所、予想される移動ルートなどまでもが割り出される始末。
一端が魔界につながっていて、魔物が無限に送り込まれてきているのが怖いと言えば怖いか?
そんな場所、コルヌタ全土だと思うけど。
この迷宮に、異変が起きたのである。魔物が変異したとか、増えたとかではない。そんなことは日常茶飯事であり、むしろ変異もせず増えてもなかったら逆に異変なのである。
しかしその程度なら軍が独自にやることで、乙種が必要になるほどの異変はまた別だ。というのも、迷宮がゆっくり振動しているのだ。中で何か起きているのだろうという予想に基づき、乙種を二人送り込むことになったのだ。
その任務は探索ではない。探索「も」あるが、探索ではない。
「全く無茶な話だよなあ……探索して、ついでに魔物が大量発生しすぎているようなら間引いて、原因がわかったら調査して、コース内に新種の魔物がいたら捕獲して来いなんて」
目的地に近づくにつれ、どんどん人が減っていく。最終的にこの車両には肩をすぼめたおじいさんが独り優先席に座っているだけになった。誠に勝手ながら座らせていただこう。
「ねー、ユングってひいおじいちゃんにあったことある?あ、ひいおばあちゃんでもいいけど」
「ありますよ。母方の方だけね。まだ生きてますし火を吹きますよ」
「……どんなのが出てくるんだい。空を飛んだりはするまいね」
しませんよう。けたけたとユングは笑う。
「翼の皮膜を切ってあるから飛べはしません。跳ぶけどね」
「それ人間?」
「どうでしょうね」
笑みがどこか不可思議な様相を呈していた。
アボリ迷宮のすぐ近くには軍の基地があり、イルマのように国から仕事を斡旋された魔導師であれば配給を受けることができる。手榴弾、銃、弾薬、その他消耗品、果ては衣服に携帯食料まで上限こそあるものの無料で手に入る。
もちろんこんなうまい話をイルマが見過ごすわけもない。
「着替えってどのくらいいると思います?」
基地内のクリーニング店にマントを出してきたユングが訊いてきた。今は替えのマントを着ている。
「迷宮って言うくらいだから、そう簡単には出てこられないですよね?」
「一応予備に一着ずつ、それ以上はいらないよ。迷宮って言っても地図があるからすぐ出られるし、地上部から最下層まで全部歩き回ったとしても三日かからないらしいし。当然最下層までなんて行きませーん」
「でも、どこで異変が起きたかなんてわかっちゃいないでしょ」
それがわかってるんだなあ。基地で渡されたタブレット端末を指さしてイルマはニヒルに笑った。
「見たまえ、これが科学の力だ」
タブレットに表示されているのは地図。赤くなっているのが現在高エネルギー反応のあるエリアだ。地上部から中層まで、三つほどある。
また最下層にも反応はあるものの、以前からある反応なのでこれは無視するようにと書かれている。
「私の試算によると、特にこれといってトラブルがなければ全部回って半日で帰ってこられるよ」
「うわあ。……ダンジョンって何でしたっけ?」
「仕事場さ。それ以上でもそれ以下でもないね」
プロフェッショナルは伊達じゃない。この仕事は開始時間厳守だが、それは安全のためだ。
アボリ迷宮は地上部・中層・下層・最下層とあり、そのほとんどが海抜マイナスの領域なのだ。雨のよく降る梅雨の時期になると、年にもよるが半ばごろには中層までが完全に水没してしまうのだ。
だから、本来こんな時期には探索したくない。させたくない。しかし迷宮はごうごうと揺れている。こうなった以上探索しないわけにはいくまい。ゆえにこその開始時間厳守だ。水没するまでが勝負である。
「携帯食料どうします?」
お腹は膨れるし日持ちしますけど、まずいんですよねーあれ。ごつい兵隊さんが強面なままうんうんと頷く。共通認識だった。
「そんなにまずいかなあ。まあおいしくこそないけどさ、そこまで言う?」
「言いますよ。食感がまるで食べられる消しゴムじゃあありませんか。味だって名状しがたい何かの味がするし」
「栄養はたっぷりだよ?カロリーも。収入が一時的にゼロの時とかご飯の代わりにちまちまやって、一本で10日くらいは耐久できるし」
太るための食材としては最高峰、軍の携帯食料。神聖大陸では家畜の肉や野菜から作られているものだが、牧畜の盛んでないコルヌタでは魔物の肉や魔界の草を使って作られている。味が名状しがたくなるわけだ。
「もらえるだけもらおうよ、ね」
ごつい兵隊さんは満面の笑みで携帯食料を段ボールの箱ごと突き出してきた。箱ごと?いいの?ほんと?喜ぶイルマの隣でユングが吐きそうな顔をしていた。