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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
梅雨前線
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ザクロは飛び散らない

ザクロは裂けるけど、言うほど飛び散らないですよ。今回は回想しません。あまり。

 後輩があんなこと(ショットガンを正当な理由なく民間人に向けて云々)になって、お年を召したほうの警部は土下座を超えて土下寝状態だった。……うん、逆に失礼。

 でも指摘すると今度は部屋の床にめり込みそうでどうにも何も言えない。

「いいか、マレー!この方はなあ!被害者含む死者の霊を喚び出して、数々の事件を解決してきた凄腕の死霊術師かつ探偵なんだ!」

 ああ、若いほうのひと、マレーって言うんだ。なんとなく得心が行く。なお、のちに聞いたところによると土下寝の警部はミュラーというらしい。

「そうなんですか!?」

「いやそんなことないよ」否定する。きっぱりと、ではない。

「探偵じゃないよ。私はただ死んだ人を喚び出して真相を聞いてるだけなんだから探偵なんかじゃないよ。ただのしがない、死霊術師さ」

 凄腕の死霊術師の方は肯定する!なぜなら事実だから!

 ただ思うのは、探偵とは頭脳を使って犯人を追い詰めていくものなわけで、そうなると被害者を喚び出したりして直接誰に殺されたのか聞いている自分は別物なんじゃないか?ということだ。

 被害者に直接聞きました、なんていかさまもいいところだし……。

 探偵なんて名乗れば、間違いなくブーイングの雨が横殴りだろう。ミステリーファンの怒りはブッダでも三回耐えてくれないくらいだ。コンマ一秒で明王になる。

「こ、今回も捜査にご協力いただければ……!」

「えー……暇だしいいけどさ」

 引き受けてしまった。


「……と、いうことが君の留守中にあったんだけどさ、ユング」

「ほう、命知らずな奴らですね。あとで二人とも奴隷人形にしましょう」

「だからもうそれやめろっていってんじゃん。馬鹿なの?死ぬの?」

 あはは、馬鹿だけど死にませんよー。その日の夜、イルマがユングに愚痴を垂れていたのは言うまでもない。セキショウはセキショウで黙って聞いている。昔から彼は黙って聞くのが仕事なのだ。

「いやあこれがまた、やめろと言われてやめられるものでもないのですよ。他人の不幸は蜜の味、百合の香りは血の匂い、ザクロの味は人肉の味。人肉よりザクロの方が百倍旨いですがね。まったくザクロの風評被害極まりない、ザクロに法的人格があれば名誉棄損で訴訟ものですよ」

 一息にそこまで言い終えてから、損害賠償いくらになるでしょうね?とユングのメガネが光った。本体自重しろ。民事かな、刑事かな?

「それは言えてるかな。生物って共食いをすると脳細胞が破壊されるようにできてるらしいから」

 一時流行った狂牛病は、おいしい肉を作るために牛に牛の骨の粉末を食べさせていたために起こったそうだ。二つ目のチャンネルで言ってた。眉唾じゃないか。

「えっ、そうだったんですか?」

「知らなかったの?私、てっきりユングが知ってて言ったんだと思ったんだけど」

「恐縮ながらその知識はありませんでしたよ。あくまで僕の経験に基づく意見です」

「経験?どういうこと?」

 しばらく妙な雰囲気が流れた。噛み合っていない。二人が同じ場所にいて、同じ話をしているはずなのに、話が噛み合っていない。

 集団下校の小学生、を先導する教員の怒鳴り声が何回か聞こえた。ちゃんと並んで歩け!広がるな!二列だって言ってるだろ!

 分かり合うことは必須条件ではない。そのことについてだけは分かり合えたところで閑話休題。

「で、先生は犯人、わかったんですか?」

「ううん。その場でインスタント死者召喚して聞いてみたけど喋りたくないみたい。だから犯人はまだわからないよ」

 安楽椅子探偵でもあるまいし。

「そうですか」ほうじ茶を啜った。

「まあ頑張ってくださいよ、あと二日あるんだし。次の仕事は遅れたらいけないから、僕が死んでも先生を連れだしますからね」

 小さなことで決死の覚悟をするユングにセキショウの鼻息がぶふっと乱れる。なんだこいつ面白い。さすがは奴らの孫だ。死後聞いた話とは微妙に食い違うが、あの頃の彼らの面影を多く残している。

 革命の英雄幻剣士には愛した女がいた。そのためなら何を犠牲にしてもかまわなかったし、彼女を守るためになら剣の誇りなど喜んで捨てた。

 女が振り向いてくれなくてもよかった。自分のことはただの剣かモブAとでも思ってくれていればよかった。

 その感情に劣情が多少なりとも混じっていたことは否定しないが、彼はある理由から『そういう関係』になることを最初から諦めていた。

 彼女はヒトではなかったのだ。異質な生き物、魔物である。普段は人に似た姿をしていたが、本来その体は水で構成され、スライムにも似ていた。もちろん彼にスライムっ娘を愛でる趣味はなかった。

 中身を知っていれば愛することはできたが、同様に彼女の方も人間を愛でる趣味がないことくらい普通に考えれば普通に分かった。その時点で彼には身を引く以外の選択肢はない。

「でね、目撃証言は私以外ほとんどないんだけど」

「うわーやばいこれ警察の資料じゃないですかー先生、さては既に奴隷人形を?」

「いないよ?一緒にするんじゃないよ?私を使って自分の異常性癖を普遍化しようとするのやめよう?」

 しかしオニビは違った。彼自身も半魔だったから、お互いに遠慮などなかったのだろう。

 だからあの二人でくっついたわけだ。親友だったから笑って祝福した。それから、オニビを一刀両断しそうな自分がいたので本国へ戻った。彼の英雄ライフはそれで終わりだ。しばらくして人生も終わった。

 終わったが、世界は終わらずに続いていて、こういうのと会ったりもするわけだ。

「……あのー先生、僕もうわかっちゃいました」

「え?何が?」

 しかつめらしい顔で一応考えていたイルマが弾かれたように顔を上げる。ユングがにやりと笑った。

「犯人ですけど」

 イルマは思わずほうじ茶を吹いた。セキショウは飲んでもないほうじ茶を吹いた。どこから出て来たんだこの茶は。違う、いきなり何を言い出したんだこの子は。

「えっと、鍵は閉まっていて、開けるのにフロントの合鍵か、中から開けないと開かないんですよね?」

「うん、密室だね」

「催眠ガスを中から外へ流したんですよね?」

「被害者は吸ってなかったけどね」

 たぶん目撃者を減らすための工作だったのだろう。

「殺害現場のベランダには血痕があまりなかったんですよね?」

「うん、あったけど、竹槍で刺しただけって感じの。抜いた感じではない」

 ユングがほうじ茶をまともに浴びた眼鏡を外してハンカチで拭った。顔は拭かないのが美徳。

 拭ったハンカチをクンカクンカする。お茶の香りと唾液の匂い。ああなんて芳しい。彼らの業界ではご褒美だ。セキショウはかつての仲間をまた一人思い出した。そうかあいつか。

「じゃあ犯人は彼女自身ですよ」

「へ?」

 だったら自殺?イルマはさっきの奇行を目にしていたがあえてスルーした。何だか拍子抜けだなあ。殺人っぽかったのに。

「単に衝撃的な死に方をしたかっただけでしょ。オスが手に入らないとかそういう理由で。変死体になれば標的のオスにある程度衝撃を与えられるでしょ?」

 オス……。言い方ってものがあるだろうに。

「え、ちょっと待ってよ。どうやって竹槍で自分を貫いたのさ。無理でしょ、普通に考えて」

「まあまあ。……確か、そのひとのさらに上の階も別の人に借りられてましたよね」

「うん、この二つ上だね。まだ借りてる人が出てきてないけど」

「その人が被害者自身ならどうでしょうか?」

 イルマの中で何かがかちりとはまった。そうだ、何も一人で一つの部屋しか借りられないわけではないんだ。

「眠くなる素敵なスモークを焚いて、部屋の中は適当に荒らして、あとは死ぬだけです」

 死ぬのも難しいわけじゃないと思いますよ、とユングは頷いた。

「竹槍を口に含んで、あとは飛び降りるだけですよね。地面まで落ちればぶすっと刺さりますよね」

「うわ……うわ……そんな前時代の武人みたいな。でも、だったら部屋を二つ借りたのって」

「だから、地面まで落ちずに下の階のベランダでぶすっとなりたかったんでしょ?他殺死体っぽくなるから。頸椎はその時折れたと思われます」

 うーんわかるようなわからんような。

「確かに司法解剖すれば自殺なのはわかるし、ちょっと勘のいいやつがいたら終わりです。でもすぐには解剖できないから当座の新聞には変死体とかになりますよね。そんなとき自分の周辺でいなくなったメスがいればオスの方は何か感じるとでも思ったんでしょう」

 浅はかな生き物です、と探偵役は言った。こいつを見る限り男の方ではあまり気にされていない気もするが別にいいだろう。

 死人に口なしというやつだ。耳もないとなおよい。

謎はすべて解けた話です。

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